「さん、ありがとうっ!!」
日向くんの興奮が伝わってくる。
たった一回のトスだけど、それだけバレーは特別なんだろう。
間近で聞くお礼は、感謝以上のものが伝わってくる。
一人意識してしまう。
腕の中で身じろぎすると、日向くんは腕の力を抜き、顔を見合わせる形になった。
伝えるなら、いま。
思うだけで、言葉は出てこない。
ちがうことを口にした。
「な、なんでここに」
「だれかに見られないように注意した! 今日なら資料室に来る人いないし」
日向くんは前より物が増えている室内を見渡し、ふと黙り込んで言った。
「おれ、ここでさんに告白したんだよな」
いつもと変わらない流れだったから、日向くんの口から“告白”という単語が出されたのにすぐ気づけなかった。
日向くんは同じ調子で続けた。
「すきって言った後、先生が入ってきて、手伝い頼まれた。
終わったら、資料室出たところでさんすぐ呼ばれて」
「よく、おぼえてるね」
気恥ずかしくなって口を挟んだ。
「覚えてる。 さんとのことだから」
日向くんは、私が知る限りでもトップ3に入るくらい、優しい声色で告げた。
「その後のことも、前も、ぜんぶ……
よく、思い出してた、夢じゃないよなって」
夢じゃなかった。
「さんはここにいて、そばにいてくれた。
いつも、元気くれて……そうだっ」
日向くんが私の両腕をつかんで、深呼吸した。
何かと思った。
長く息つくと、ストレートな眼差しが届けられた。
「さんっ」
改めて、向き合う。
日向くんは、いつもと同じかそれ以上に輝いていた。
「おれ、さんのこと、すきっ。
だいすきだ!」
私も。
そう伝えようと覚悟した。
でも、まただ。
抱きしめられていた。ぎゅっと、強く。
日向くんは返事も待たずに、慣れた様子で、私を抱きしめた。
だいすきだよ。
もう一度、囁きが聞こえる。
一度じゃない。
すき、すげぇ、すき。
だいすき。
聞いてるだけでこそばゆくなる。
しあわせが降り積もる。
薄雪のように、みえないはずの想いが重なっていき、積もっていく。
覚悟も、気合いも、いらなかった。
「すき」
ただ、あふれる。
「私も、日向くんのことがすき」
気持ちを込めた。
こぼれてもいいくらい、大事に告げた。
日向くんが好きだ。
一人でも立ち向かうその姿に、
ずっと心奪われていた。
「日向くんがいてくれて、よかった。
ありがとう、日向くん」
日向くんは腕を引いて視線を合わせて笑った。
「それはおれの台詞!
さんがいてくれたから、おれ」
チャイムが鳴った。
「行かないと!! たぶん、おめでとう会、おれたちが最後だ! お、おれのせいだけどっ」
「急ごうっ」
「おうっ」
日向くんが勢いよく資料室の扉を開けた。
後に続いて、きちんと扉を閉めた。
歩きながら向かう先に悩む。
卒業おめでとう会って結局どこでやるんだろう。
文化センターの方だっけ。
なんとか会館ってプリントでみた気もするし、よく覚えてない。
「ねえ、日向くん、場所わかる?」
あれっ。
「日向くん?」
隣にいると思っていた日向くんの姿がなかった。
ずっと後ろの方に立っている、資料室前。
小走りで駆け寄ると、日向くんは少し後ずさった。
なんだろ。
そんな疑問はすぐさま消し飛んだ。
私たちの距離はなくなった。
日向くんが私の腕をしっかりと掴んでいた。
ここ、廊下。
内心、飛び跳ねるほど驚き、同時にどこか冷静にこの状況を見守っていた。
他人事のように感じられた。
日向くんの言葉に合わせるなら、映画みたいだ。
それも、徹底的なクライマックス。
「さん」
当事者なんだって、日向くんに呼びかけられて自覚した。
どこにも行けない強さがあった。
「さん、……いま、なんて言った?」
向き合う覚悟を飲み込んだ。
「な、なにが? えっと」
卒業おめでとう会はどこでやるか、そんな話をしていた。
「その前!」
日向くんはごまかされなかった。
資料室で伝えたことが、正確によぎった。
“すき”
急にバクバクと鼓動が早くなる。
日向くん、ちゃんと聞いててくれたはずだ。
そんな簡単に、……口にできない。
日向くんを避けようとしてみたけど、日向くんは許してくれなかった。
どこまでも真剣だった。
穴が開きそうなほど私を見つめ続けた。
視線が形になるのなら、それは楔になって私に突き刺さっていた。
どこまでも心の奥深くを探っていた。
「さん、
おれのこと、
すき って言った?」
やっぱり、ちゃんと聞こえてた。
「……そう、
言った、
つもり」
!?
もっかいぎゅっとくっつき、すぐまた離れて、目と目を合わせる。
パッと花開くようだった。
「おれも、さんがすき。だいすき!!!」
日向くんの瞳のキラキラが増す。
照明がまたたいたからじゃない。
うれしさがあふれ、期待があふれていた。
わかっていながら顔を背けた。
「な、なに?」
「もっかい!
さん、もう一回聞きたいっ」
日向くんははずかしがらずに繰り返した。
やっぱり。
この流れで言えば、“それ”しかない。
さっき、ちゃんと伝えた。
そんな何回も言うものじゃない、と思う。
「おれは何回でも言いたいし、聞きたい」
「そ、そういうのは人それぞれで」
「さんはおれがすきじゃないの?」
なんでそうなるの。そんなわけない。
にらんでも、日向くんはうれしそうに口元を緩めるだけだった。
離して欲しくて腕を揺り動かしても、日向くんはその手を離しはしなかった。
「……私たち、はやく、行かないと」
「さんが言ってくれるまで動かないっ」
日向くんは明るい調子で、悪びれる様子もなく、きっぱり言い切った。
「おめでとう会行ったら皆いるし、そのあとはたぶん一緒に帰れないし」
「日向くん……遅刻、よくない」
「ん、よくない! さん、早くっ」
はやく、早く。
日向くんは全身で私の気持ちを期待していた。
答えなんてとっくに知ってるはずなのに、なんでまた。
けど、背に腹はかえられない。
どうせ、気持ち、バレてる。
「……耳、貸して」
「わかった!」
即答する日向くん。
ワクワクとした横顔。
はずかしくてくすぐったくて、なかったことにしたいけど、できるはずない、大きくておおきな『すき』って気持ち。
どんな顔して好きと言うべきか……高校受験のどんな難問より難問だった。
日向くんは、私からの告白を待っていた。
その様子を見つめていたら、すきがこみ上げた。
想いがあふれる。
ずっと、すきだったんだ。
本当に、ずっと、
日向くんが知らないくらい、すごく。
すきだよ その代わりに勇気をもってふれることにした。
意を決して近づき、すぐ離れた。
“ほっぺたなら、いいかなって”
あの時の日向くんがよぎりつつ、口元を押さえて早歩きした。
足音が私のだけだった。
日向くんが立ち尽くしていた。
「ひっ、日向くんっ、ねえ。
行かないと、卒業おめでとう会!」
突風みたいだった。
実際は、日向くんだった。
物凄い勢いで日向くんが走ってきて、ぶつかるその瞬間、日向くんは器用にも私の真ん前でぴたりと立ち止まった。
日向くんが風を巻き起こしたのか、髪もスカートもなびいた。
どんな風より私を揺れ動かした。
日向くんは口を真一文字に結び、頬を片手で押さえ、どぎまぎと顔も身体を動かしたのち、言った。
「い、今、顔にキ「はっ早く行かないとっ」
「さん、待って!!」
「だから私たち」
「おれ、我慢できない。 いい!?」
「な、なにが?」
「いいって、ことだっ」
日向くんは私の手を取って、上に掲げた。
「おれたち、付き合ってる!!!」
日向くんの宣言はどこまでも廊下に響き渡る。
誰もいないのに何で。
ここでようやく、向こうの人影に気づいた。
友人たちの姿が遠くにみえる。
「さん、おれの彼女だっ」
状況を飲み込めずに固まる私をよそに、日向くんは私の手を取って走り出した。
早くて足が追いつかない。
日向くん、早すぎる。
「すっっげー、自慢したい!」
「待って、日向くん、ねえ!」
ねえってばっ。
勢いのまま、私も廊下を走ってしまった。日向くんと、ずっと。
先を走る日向くんの背中。
繋がったままの手と手。
ぎゅっと握り返す。
日向くんが振り向いて、笑った。
「さん、だいすきだ!!!」
わたしも すき。
大きく一歩、日向くんの隣に並んだ。
ここにいたいって切に願う。
end.
and their days go on...