H
a
p
p
y
B
i
r
t
h
D
a
y
,
H
I
N
A
T
A
!
会えない時間が想いをはぐくむなんて、遠距離したことない人のファンタジーだ。
会いたくて、会いたくて、でも会えない。
海の向こう、知らない異国の街。
先の見えない挑戦。
たった2年、それでも2年。
がんばれって送り出した気持ちは、ほんとうだ。
それでも、ふとした瞬間にひそむ思い出が、奥底にしまい込んだ感情を引っ張り出す。
自分の感情なのに、制御できない。
物語のキャラクターが強すぎる力を抑えきれないシーンが浮かぶ。
あふれて、あふれた感情は、どこに向かうんだろう。
行き先がなくて、時に苦しい。
このまま待つつもりだった。
待てると思った。
ただ、どうせ一度きりの“この時”ならば、と切り出した。
「ねえ、すごく……
無理なこと、聞いていい?」
『なに? 言って』
「あのね。
翔陽の時間、もらえない?」
Day Drama
人間、行動すればなんでもやれるようだ。
ただいまの時刻、朝の7時すぎ。ブラジル。
日本だったら6月20日の夜7時、飛行機にずっと乗りっぱなしでまだ地面が揺れてるみたい。
時差ボケはあるけど、ホテルに向かう内に気分が高揚してきた。ここが翔陽の住んでいる場所。
1人の海外、ブラジル、個人旅行。
初心者にはなかなかレベルが高い。
そもそも休みやすい時期でもない。
いろんなことを強引に片づけ、いや片づけたことにして、お金と時間にけりをつけ、その他色んなものを準備して出発すれば、あとは勝手に目的地までひとっとび。
ホテルの人が優しくて、荷物だけ預けるつもりがチェックインOKだったのはラッキーだ。
ありがたく甘えて、ベッドにごろん。
安全と清潔感と会いやすさだけを考えたわりに、素敵な部屋だ。
部屋は小さいけれど、窓から街が見える。
小花柄の壁紙は日焼けして少し色が飛んでいるところも愛らしい。
ベッドの足は金色、クローゼットはすごく開けづらいけどアンティークみたいで味がある。
バスタブはスペースを思い切り食っている分、足を伸ばせるし、端っこが欠けていたってぴかぴかの鏡はオシャレに欠かせない。
ワインレッドのタイルが一面に貼られているのも映画のセットみたいだ。
あーこのまま寝たい。
けど、本番はこれから。
さあ、あと少し。
ずいぶんと大それた計画がもうすぐ完遂されようとしていた。
「あっ! ……っと、はい、ぁ、hello?」
フロントからの電話。到着を告げる英語。
鏡の前で最終チェック。
シャワーは浴びた。
服も着替えた。
予定は何度も確認した。
絶対に、嫌われることはない。
でも、だからって、緊張はする。
Wifiに繋げたスマホを見れば、アプリからも通知が届いていた。
荷物が届きました
階段を使ってロビーに急ぐ。
1年、よりもっと久しぶりの翔陽は帽子にサングラス、それに日焼けをしていた。
「Obrigado!」
「待って!」
予想してなかった。
荷物を渡し終えるや、颯爽と立ち去ろうとする翔陽に思わず日本語で話しかけていた。
感動の再会どころじゃない。
「……あの、なにか問題ありました?」
「はい、とても」
日本語で話しかけられたのに合わせて、翔陽も少しだけ迷ってから日本語で話しかけてくれた。
完全に他人と話しているつもりらしい。気づいてない。
翔陽はサングラスを外して服の襟に引っかけた。
「頼まれたものはぜんぶ……、えぇっと」
一つずつ挙げられていく商品、それは全部合っている。正しい。
じれったくなって、スマホを見つめる翔陽に身を寄せた。
半そで同士、素肌が触れ合って、翔陽が少しだけ身構えたのはわかった。より一層、スマホ画面に集中しようとしているのも。
「ぜ、全部ちゃんと持ってきましたけど、なにが問題ですか」
「大問題です」
これが邪魔してる。
翔陽のスポーツ帽のつばをつまんで、そのまま自分の頭にかぶってみせた、
「彼女に気づかないって、ほんと大問題」
「……、……?」
やっと気づいた。
目をぱちくりして、固まっていた。
その間に、帽子を元に戻してあげよう。
「来たよ」
ロビーの床に翔陽のスマホが落ちてすべった。
*
元気よく下った階段は、二人で登るともっとギシギシ音がした。
「なあ、本当に、ほんとうにだよ、な?」
「違うよ?」
「へっ!?」
「うそ」
昔ながらのアナログな部屋の鍵をドアに差し込んで、ぐっと押しながら回した。
「翔陽、何回も同じ質問するから。そんなに本人か心配ならパスポートみせようか?」
ドアの閉まる音がしないから、振り返ると、廊下に翔陽が立ったままだった。
「なにしてるの、入って。
あ、お土産あるよ!」
日本を思い出させる馴染みの品を取り出していると、やっとドアの閉まる音がした。
注文した品は、翔陽の荷物といっしょに、気持ちばかりのワークデスクに置いてもらった。ベッドに座ってと付け加える。
全部二人分、最初から翔陽と食べるつもりだった。先に食べてと告げると、って呼ばれた。
つい、振り返る。
目線の高さだけじゃない。
見上げる翔陽は、以前より凛々しくなっていた。
「、おみやげは、いいよ。こっち」
「こっち?」
「こっち!」
翔陽がベッドをバシバシ叩くと、スプリングの音が大きく響いた。
寝心地は悪くなかったけど、はねやすいみたい。
向かい合って正座するの、なんだか不思議な気分だ。
「、なんでここに」
「翔陽に、会いたくて」
途端にびしっと背を伸ばす翔陽をじっと見つめる。
「めいわ、「そんなわけない!」
なら、よかった。
きっとそう言ってくれると思っていても、本人から聞けると、心から安心できる。
「い、いまも、俺、夢見てんじゃないかって」
自分から、抱きついてみた。
ぎゅっと、ここにいるって体を押し付ける。
翔陽の緊張につられそうだ。
そばで息を吸うと、なつかしくて知らないにおいがした。
「どう? ……実感した?」
「ま、まだっ、もうちょっと待って」
「時間かかるね」
「そりゃ!」
「いいよ、ゆっくりで」
身体を離して見つめて、自分なりに可愛くみえるように微笑む。
さあ、荷物整理の続きと行こう。時間はまだある。
突発的とはいえ、今回の訪問は、入念に練りに練った計画だった。
翔陽は修行でブラジルに来ているから、あくまでふらりとやってきた私が邪魔しちゃいけない。
休むことも覚えた翔陽のオフの日をきちんと調べた。
今日の昼から明日の午前、前もって本人の予定も押さえていた。こっちに来るとは言ってなかったけど。
ベッドの上にお土産を敷き詰めていくと、翔陽も徐々に、私が本当に日本からやってきたと飲み込めてきたようだった。
もっと飛び上がるほど喜んでくれると思っていたけど、予想よりはずっと落ちついていた。
調子に乗ってベッドに並べすぎたお煎餅の袋が落下した時だった。
「、いつこっち来た?」
翔陽がベッドから身を乗り出した。
さらに動くと、また別のお土産が落ちかけたから、翔陽がナイスキャッチしてくれた。
渡されるお菓子を受け取りながら答えた。
「今日の朝」
「きょう!?」
「朝、空港に着いて、そのままこっちに」
ホテルの人のご厚意で早めに部屋に入れたことや、本当は海辺に呼ぶつもりだったことを一つずつ説明していくと、気づけば翔陽が私を見つめていた。
「、こっち」
来て
そう言われてないのに、言われたような気がした。
ほんとうに?って聞かれるけど、私も同じだった。
本当に、ほんとうの、日向翔陽?
私の大切な、翔陽で、合ってる?
夢と現実が入り混じる感覚のなか、私はゆっくりと翔陽の肩をふれ、そのままベッドに押し倒した。
確かめるように見つめあった。じっくりと。翔陽もまた、きっと同じだ。
翔陽の手のひらは、ボールに触れてきた分だけ強くなっていた。
その手が、大切なものに触れるみたく、やさしく頬を撫でるから、自分の手を添えて目を閉じ、感じた。
「翔陽だ」
いま、ほんとうに、翔陽がいる。
ふたたび目を開けると、さっきと変わらず熱い眼差しを送ってくれる翔陽が真下にいた。
何か言ってほしい気もしたし、翔陽のペースでここにいることを実感してほしいとも思った。
腕が疲れたのもあって、遠慮がちに身体を重ねると、ほんの少しべたついた肌が引っ付きあった。
この瞬間を大事にしたくて、小さくささやいた。
会いたかった。会いたかったの。
おれも……、会うと、やっぱり会いたい。
翔陽の指が、触れられることを待ち望んでいた髪を通り抜けていく。
髪ひとすじだって、全神経が通って、気持ちが沸き立つみたいだった。
「だ」
窓から風が吹いたかと思った。
心地よかった。
「やっと、わかってくれた」
「夢かと思う。は、日本だ」
「そうだよね。私も、そう思う」
身体を起こすと、片腕ですぐ引き戻された。
胸板に押し付けられると、翔陽の鼓動が伝わった。
「俺、ドキドキしてる」
「してるね」
「が、いるからだ」
そのセリフがなんだかおかしくて、じゃれるようにおでこを押し付けて笑った。
「翔陽はね、バレーしてるときはいっつもこうなってる」
「そっ、れとは別のドキドキだ」
「そんなことない」
離れようとしたらすぐ抱きしめられる。
磁石かな。
S極とN極かな。
「もうちょっと、このまま」
余裕のない、かすれた声。
久しぶりに聞いた。
本当に、久しぶり。
背中を這う指先に、いっそ強引に奪ってくれてもいいのにとも思う。
瞬間、服越しに肩ひもをなぞられた。
鼓動にもっと耳をすませる。
機会を伺う。
同時に、このままでいたいとも思う。
私の鼓動も一緒に聞いてもらえたらいいのに。
ぜんぶ、すきって言ってる。
鼓動は、生きてる証拠だ。
みなぎる感情、人はみんな生きている時に打ち鳴らす回数は定まっていると聞いた。
全部をあなたに、なんて夢みたいなことはできないけど、今だけは、この瞬間だけは翔陽に捧げられたらいい。
叶うなら、翔陽も。
「」
やっと解放してくれたから、両腕を付いて、もう一度、翔陽を見下ろした。
そうだ、忘れてた。
「私ね、19歳の翔陽にキスしにきたの。
していい?」
ダメなんて言うはずない。
確信より早く、翔陽が行動していた。
ひとくちで食べられた気分だ。
開けっぱなしの窓から入り込んだ、どこかのサイレンが、私たちのリップ音をかき消した。
部屋に備え付けられた時計を見ようとベッドに座った。
ひどく時刻がずれていたことを思い出す。
「この時計さ、見かけ普通なのに時間直すの、すごく難しいんだよ」
手に取って時計の裏側を見せようとしたけど、それより12時になろうとする針に気を取られた。
20歳の翔陽にもうすぐ会える。
「しょ、」
言葉は喉から舌に絡んで、翔陽に飲み込まれ溶けていった。
待ち望んでいた気もするし、自意識過剰にも思われたけど、そうでもないらしい。
唇をくちびるで拭われて、ぼんやりとした頭で、やっと自覚した。
重なっている。
意識、してくれている。欲してくれている。
でも、せっかくここまできたんだから、カウントダウンしたかった。
誕生日当日、生まれてきてくれてありがとうって。
「ねえ、翔陽」
「いいよ、……」
我慢しきれない。
翔陽も、自分も含めて我慢が足らない。
日本は、もうすぐ6月21日を迎える。
あと少しだけ待って、そう訴えかけようにも本気になれず、求められるままに求めて、感情が猛るままについばんで、次に時計を見た時は、ワープでもしたんじゃないかってくらい時間が過ぎていた。
肩で息をしていた。
翔陽も少しだけ呼吸が乱れていて、ほんの少しだけ頬が染まっていた。
足りてないって、そんな目だ。
「誕生日「プレゼントがだよな?」
おめでとうくらい言わせてほしかったけど、いたずらっぽく瞳を輝かせる翔陽は待ちきれない様子だった。
「わかってる、くせに」
ほどけかけたリボンは、誰のせいだ。
*
「翔陽、ケーキ食べる?」
日本じゃ見たことのない派手なバースデーケーキは、存在感がすごい。
チキンをまだしゃぶっている翔陽がもたれかかってきた。
「、食わないの?」
「飛行機で嫌って言うほど食べたから。いまは眠たい」
こつん、と、同じくもたれかかった。
「俺、枕にして寝ていいよ」
「やだ、せっかく翔陽いるのに」
それに、まだ15時だ。
いろいろ見て回りたい。
そう訴えると、いっそう優しい声色で翔陽がくっついた。
「、眠たい時は甘えてくれるよな」
「そ、……かな」
「自覚ない?」
「あ、あたまが回んないからで、そのシャキッとするよ、もっと、ちゃんと」
「甘えてくれて俺はうれしいっ」
手を洗いに行く背中をべしっとはたくと、鏡越しに翔陽と目が合った。うれしそうだった。
どこに行きたいか聞かれたから、スマホを手にして、前に送ってもらった画像を取り出した。
「ここと、ここと、ここ。それと、こっちも」
「いいけど、今から?」
「予定ある?」
「いや、けっこう離れてるから全部回れるかなって」
「全部じゃなくてもいいよ、残りは一人でも」
「ひとり!?」
元々、そのつもりだった。
翔陽の時間を邪魔しないのが、今回の絶対的なルールだ。
そう言い切ると、翔陽が首を横に振った。
「せっかくこっちいんのに。
俺と回ろう、決まり!」
早速行こうとすると、この部屋にドライヤーはあるか聞かれた。
暗記するほどチェックした口コミ情報を参考に、海外用のドライヤーは持ってきた。
「貸して」
「翔陽の髪、もう乾いてるよ」
「俺じゃなくてっ。こっち座って」
言われるがままにそばによると、翔陽がドライヤーを当ててくれた。
ふわふわとあったかくなる。
心地よい眠気がすぐそばで手招きしているけど、小さくノーを突きつけた。まだ、翔陽といるんだからだめ。
目を覚まそうと口を動かした。とくに意味はなかった。
「私、今日で2回目のシャワー」
「なんで?」
「翔陽が来る前に1回、飛行機乗りっぱなしだったから。少しでもちゃんとしたかった」
ドライヤーの電源がオフになって、翔陽の腕がうしろから回ってきた。あったかい。
「すごく、ちゃんとしてた」
「私だって気づかなかったもんね。オブリガードって」
「まさか来てると思わないだろっ」
「近づいた時もすぐわかってくれなかった」
「あっあれは!」
「あれは?」
言い訳を聞こう。
そっと振り返ると、翔陽が首筋に顔をうずめた。ぞくりと走る感覚に内心慌てたけど、静観してみた。
「あれは、なに?」
ドキドキが伝わらないように、それでいて、今を大事にしていると伝わるように。
「きれいな、ひとだって、おもった」
「浮気だ」
「ちがう!」
「よそ見したってことでしょ?」
「が浮かんだっ。
のこと、つい思い出した」
なにみても、浮かぶ。
独り言みたいな今の言葉を、翔陽はどんな顔で漏らしたんだろう。
こんな風に抱きしめられたら、顔が見えない。
知らないままの方がいいか、みせてと強請るべきかわからなかった。
翔陽の膝に手を置いた。
ここにいるんだ。
「夢見てるみたい」
「も?」
「さっき、実感したはずなのにな」
上から下まで知り尽くした気になっても、元来、人は欲張りなものらしい。
「たぶん、帰るまで」
いや、
「帰っても、今日のこと、夢みたいだって思う」
唇がもう恋しい。
伝えてないはずなのに、もうふれるだけの口づけを贈られていた。
ぽかん、とまるでロビーで会ったときの翔陽みたく、今度は私の方が固まっていた。
余裕そうにみえる翔陽。
完敗した気分だ。
「翔陽、なんか、海外に染まったね」
「かっこよくなったっ?」
「すぐ、キスした」
「!!」
「もしかして違う誰かにしてるんじゃ」
「す、するわけないだろっ」
「証拠がないもん」
絶対にそんなことはないんだろうとわかっているからこそ、からかってみたら、スイッチを入れてしまったらしい。
真剣な表情、惹かれる、けど。
背中でベッドのスプリングを感じた。
さっきと全部、立場が逆転だ。
「ご、ごめん、ふざけすぎたっ」
「正直言うと、俺はに触り足りない」
あんなに?
しておいて?
顔に出てたらしい。
翔陽は口端を上げて、もっとが欲しいと続けた。
起き上がろうと翔陽を押してみても、びくともしない。
「わ、私たちはこれから観光するのっ」
「、俺に時間ほしいって言ったの、今日の午後と明日の午前だろ?」
よく、覚えている。
嘘は付けないから渋々頷いた。
「……そうだけど」
「だったらさ、明日ぜんぶ回ろう!」
「えっ」
「まだこの時間だし、行けそうなところは夜行っても楽しいと思う」
「い、今から行けばいいじゃん」
ずるい。
はやい。
唇を舐める所作が流れるようで、奪われていた。ずるい。
最後の抵抗だった。
「あ、あんまそういうことすると……」
「すると?」
「あっ、飽きられたら困るっ」
さっきと何の変化もない私。
差し出せるものなんてこの身一つだ。
「に飽きるってこと?俺が?」
「可能性はっ、ゼロじゃないから」
翔陽の手が伸びた。
「まず、飽きるほどくれ
飽きないけど な」
ベッドのスプリングが大げさなほど揺れてまた始まった。
end. and happy birthday!!