ハニーチ







12月25日、0時。






ベッドから身体を起こす。


日付が切り替わる。

今日はクリスマス当日だ。


ベッドの中、二人。
それはいつもの夜と変わらない。

翔陽はこれまでの1ヶ月と変わらず、すやすやと眠りについている。
こっちの気も知らないで、なんだったら、楽しそうな夢でも見てそうだ。

ためしに髪の毛をいじってみたけど、むにゃむにゃと寝返りを打つだけだ。


「……特別なキスって、相手が寝ててもいいのかな」


小さくちいさく呟いてみる。

反応はない。

そんなのわかってて言葉にしてみた。


本当はこれまでの1ヶ月、翔陽にキスするチャンスはいっぱいあった。
眠ってる隙にしてしまえばいい。

そのたびに、約束だし、とがまんした。

もうクリスマス当日だし、してもいいかなって気もしてくる。

それに、今キスしたって、翔陽は気づかないだろうし。


……気づく、のかな。

いや、気づいてほしいんだ、私が。

だって、してみたらきっと、私ばっかり意識することになる。


それもなあ……。


考えている内に、翔陽がまたごろんと寝返りを打った。
なにかを探してるみたい。

抱き枕みたいなものだと想像はつく。

正確には、私を探してる。


「……」


いたずら心が芽生えて、枕を近くに置いた。

ぎゅうっと抱きしめられる、私の枕。


いっそ、このまま違う部屋で寝ようかとも考えたけど、自分がされて嫌なことはやめておいた。
一人で眠るにはこの季節は寒い。

も、いっか。
気を取り直して布団にもぐり直した。

枕は翔陽に渡してしまったから、自分の腕を枕代わりにする。

ついでに翔陽を背にした。

それくらいの意地悪は自分に許そう。

キス、1ヶ月もがまんさせられたんだし。


あくび、一つ。

眠気が舞い戻ってきた。



おやすみ、翔陽。


明日、キスしてね。




そう思った時、何かが床に落ちる音がした。





「キス、してくんないの?」



覚醒した声だった。



「してくれんの、待ってたのに」


翔陽は私を引き寄せて覆いかぶさった。

どこか挑戦的な眼差しで、それでいて、きらきらと訴えかけてくる感じ。


「ごめん、起こした?」

「起きてた」


翔陽はきっぱり答えた。

いつから起きてたか。
私が起きる前から、だそうで。


「寝付けなかったの?」

とキスするって思ったら待ちきれなかった」


遠足前の小学生みたく、翔陽はわくわくと瞳を輝かせた。

つられて顔がほころんでしまう。


翔陽の唇を人差し指でなぞった。


「それ、ほんとう?」

「ほんとっ」


迷いない肯定が心地いい。


「ふーーん」


わざと余裕があるそぶりをする。

本当はうれしくてたまらない。


もしたかった?」

「そりゃあ……」


そう答えると翔陽の吐息がかかった。唇に。


「もう、いいよな?」


すでにしそうな距離だった。

答える代わりに少しだけ頭を浮かせた。

すぐまたベッドに押しつけられた。
角度を変え、浅く、深く、何度も、ついばんだ。

はぁ、熱がまじった呼吸を漏らして酸素を取り込んだとき、翔陽がうごかないことに気づいた。

私と違って真顔……、いや、自分の表情は知らないけど、たぶん、とろんとしているはずで、翔陽もきっと同じだと思ったのに、そうじゃなかった。


「翔陽?」


不安を覚えたのは、やっぱりちょっと前に危惧したことがよぎったから。


“おれたち、もうキスしなくてもいいな”


そう言われるんだろうか。


私をまっすぐ見下ろす翔陽が口を開いた。



「やっぱり、ずるはダメだよな」

「……?」

「キスのこと」


キスのこと?

ずるって、なんだ?


翔陽はいつもとかわらずに続けた。



「俺、クリスマスまでキスしないってに言ったけど、しててさ」


……。


しないって言ったけど、してて、さ。


一体、いつ?


が寝てるときに、こう、ちゅっ て!」


翔陽は実演してみせた。

唇の感覚を辿る。

まるで記憶にない。
というか、された覚えはない。

伝えると、翔陽はうんうんと頷いた。


「だよな! 、一回寝るとなかなか起きないし、わかってて俺もした」

「いつ……したの? 昨日?」

「毎日」

「まいにち!?」


気づかない自分もそうだし、毎日する方もするほうだ。


「しばらくしないって俺から言ったから起きてる内はやめたけど、しないって決めた日の夜、なんか眠れなくて」

「うそ!」


翔陽はどの日もずっとベッドの中で気持ちよさそうに寝てたはずだ。


「俺の演技力、レベルアップしたんだな」

「いや、演技力……それより、私がベッドに入ったとき、翔陽起きてたの?」

「ずっと起きてたわけじゃないけど、こう、ふわふわっ?ってして、すぐ起きれた!」


翔陽曰く、私がベッドに入ったと同時に目が覚めて、一度起きてしまうともう眠れなくなったそうだ。


いる!!って思ったらもうさっ」


翔陽は話の途中でキスをした。前みたく。


「こうしたかった!!」


してくれていいのに。

クリスマスなんて待たずに、したいと思ったその時に。


「したかったけど、に特別なキスしたかったのも本当だ。

 今日、どうだった? 特別だった?」


「わかんない」


そう答えると翔陽はピシッと緊張した面持ちになった。

ちょっと前の私みたいだと思った。
不安がよぎったんだろう。

翔陽の緊張を解くべくリップ音を立てると、肩の力を抜いたようだった。

とびきり優しい声色を心がけた。


「いつも、特別だったから。

 ……違い、よくわかんないよ」


かわいいって言葉が降ってきた。
私たちはキスをした。

何度も、なんども、もういいかなって思う瞬間、すぐまた隙間を埋めるようにくりかえし。

息苦しくなって翔陽の服を引っ張ったとき、ほんの少し、残滓がつながっていて、ぷつん、と途切れた。


翔陽が物足りなそうに私を見つめている。

なだめるように首筋をなでた。


「ずっと……したかったよ、私も、翔陽と」

「本当に?」

「疑ってる?」

「わけじゃないけど、からキス、してくんなかった」


不満をかき消すように、いま、してみせると、翔陽の機嫌がすぐ直ったこともわかった。
レベルアップした演技力でうれしさを隠そうとしていることも。


「なんでもっと早くしてくんなかったんだよ」

「早くって?」

、キスしたそうだった、ずっと」


ドキッとしつつ、素知らぬ顔で尋ねた。


「いつのこと?」

「唇光らせてた」


キスしたくなるリップ、ちゃんとわかってたらしい。


「服も、……わざと、さわりたくなるようにしてたよな」

「少しはわかってたんだ」

「なんでわかんないって思うんだよ」

「翔陽、ずっといつも通りだったし」


私だけかと思ってた。


そう訴えるつもりが、唇をがぶり、ふさがれて言えなかった。

翔陽が眉を寄せた。


「そういうことされると、がまん、できなくなるだろ。

 ……元から、その、してなかったけど、もっと」

「そんな、だったんだ」


ぜんぜん……、気づかなかった。

鼻先どうし、くっついた。


翔陽のまなざしが、あたたかい。



「にぶいところも、かわいい。は、ぜんぶかわいいな」

「翔陽……」

「照れてんのもかわいい」

「翔陽」

「起きてるに、ずっと、こう、したかった」


しゃべるのとキスするの、どっちかにしたらいいのに、翔陽はどっちもした。



「もっとしたい。

 は? 俺だけじゃ、ないよな?」



少しだけかすれた声に切なさを覚えて、翔陽を抱き寄せた。

そんなことないってわからせたかった。



「私も……夢に見るくらい、したかったよ」

「どんな夢?」


耳元でささやかれるとくすぐったいのに、逃げさせてくれない。
そこ、掘り下げなくていいのに。


、どんな夢?」

「翔陽と……キスする夢」

「それだけ?」


翔陽の声がうわずったのが気になった。



「なんで、そんなこと聞くの?」



まさかな。

そうよぎりつつ、予感は当たっているような気がした。


翔陽は私の質問に答える代わりに、舌を絡めた。


熱に浮かされた口づけ、まどろみ。

どっから夢だったか確かめようって、翔陽の手のひらが服の隙間に滑り込んだ。




end. and sweet time goes on...