ハニーチ






とある高2のエイプリルフール






春休み真っ最中、4月1日。

この春、高校2年生になる私たち。

大人に言わせればとてもめでたいこと、だそうだけど、進級するにはそれ相応のことを求められる訳で、つまりは……










「日向くん、補講おわった? ねえってば」


成績がよくなければ、学生の本分=勉強をしっかり課せられる。

他の人が残っていない教室の、一番教卓に近く、黒板を間近で見られる特等席。
そこに突っ伏している男子生徒は、紛れもなく私が会う約束をした日向翔陽の姿があった。



「日向くん、日向くん」


呼びかけても、揺すっても、ぜんぜん起きてくれない。

疲れたのかな、……補講疲れ。

日向くんは体育館のコートの中じゃあ縦横無尽に動き回れるのだが、体力を一切使わない教室でじっとしていることこそ、一番疲弊するように思われる。

ここに来る途中、同じ補講だった人にも、今日は一段ときつかったらしいことを聞いていたので、すぐとなりの席の机に腰掛け、起きてくれるのを待つことにした。

でも、めずらしいな。
これだけ呼んでも反応がないなんて。

……もしかして。

ふと、閃いた。





「しょーよー」「なに!?」



やっぱりすぐ起きた。寝てなかった。


と約束したとおり、補講ぜんぶ聞いてた! えらい!?」


待ちくたびれた様子で、翔陽は手持ちぶさたに膝上に置いていた私の手をにぎる。


「えらいけどさ、私のこと無視した」

がおれのこと呼んでくんないからだろ!?」

「ずーっと呼んでたよ」


と言いつつ、学校だから、と言う理由で“日向くん”と呼ぶとき、時たま、こうやって下の名前で呼ぶように仕向けられることは少なくなかった。





「ねえねえ、翔陽」

「ん?」

「翔陽が補講中にね、先生に言われたんだけど」

「なに?」









今日はエイプリルフール。











「私、飛び級で高校3年生になるんだ」











堂々と嘘をついていい日。










「3年っ!? な、なんで」

「成績優秀者は、先生の推薦で一つ飛ばしで学年上がれるんだよ」


知らなかったでしょ?

ポーズ付きで説明してみると、翔陽が難しい問題を解くみたく眉を寄せてこっちを見た。


「だ、だから、なんだよ」

「わたし、翔陽の先輩になる」

「せんぱい!?」

先輩って呼んでいいよ」


からかうように微笑みかけると、せんぱい……と翔陽は言葉を噛みしめた。

先輩。

わるくない響きだ。


というのに、後輩の翔陽はどこか不機嫌そうだ。




「おれはって呼びたいっ」

「いいけど」

「いいのかよ!」




拍子抜けした様子の翔陽。

でも、呼ばれ方にこだわる気もないし、ほんとうに翔陽の先輩だったとしても、先輩としてやりたいことも思いつかない。


しいて言うのであれば。




「翔陽がして欲しいことがあるならやるよ?」

「してほしいこと?」

「ほら、先輩に教えて欲しいこととかさ」




先輩と言えば、後輩を助ける存在。


とまで口にしたところで、しばし思考停止した。







なぜって、


 翔陽に抱きしめられたから。







「しっ、しょうよっ!?」

「俺っ、今日、香水つけてる!」

「へっ」

「なんの匂いか、、当ててみて!!」


こんなに強く抱きしめられれば、口元が自然と肩にくっついてしまう。
すぐ横を向けば首筋、耳元、くすぐったく翔陽の髪の毛の先が肌にふれてくる。

こ、香水……なんの、におい、……って言われても、いつもとあんまり変わらない、ような。

そこまで考えて気づいた。

翔陽の制服のすそをぐい、と引っ張る。


ねえ、翔陽。


察したらしい翔陽が身体を離して、こちらを見つめる。


「今日ってウソつく日だろ」

「知って、「香水なんかつけてないっ」


翔陽がおでこをくっつけ種明かししたとき、昼の時間を告げるチャイムが鳴った。

昼いこうって、翔陽が楽しそうに笑った。


end. and happy April Fool's Day!!