ハニーチ

透明な引力




孤爪研磨が彼女を意識したのは、一人になれる場所を探している時だった。

花壇がよく見える階段の隙間から、ちょうど彼女がよく見えた。
昼ご飯を短く終えて校内の喧騒から逃れようとしたときにたまたま見つけたその場所は、ちょうど木陰になっていて、人目も気にならず、風も程よく心地が良かった。

階段の隙間から見た彼女は、日差しを片手で遮って空を見上げていた。
いつも同じ時間に決まって彼女は花壇にやってくる。
その花壇で、かなり歳を取った理科の先生が植物を育てていた。彼女はその手伝いをしているらしかった。時々先生と楽しそうに会話しているのを見かけた。
あの先生はしゃべり方に特徴があり怒っている印象を受けるから、苦手ではあった。実際、他の生徒からも毛嫌いされている類のタイプだった。けれど、小さいことでは怒らないところもあって(例えばゲームを見逃してくれたりだとか)、嫌いじゃなかった。
その先生はさんと話していると笑顔になるから、なんとなく記憶に残っていた。

ある日、最近で一番強い風が吹いた日のことだった。
まさか、こんなところにまで彼女のプリントが舞い上がってくるとは思わなかった。

ジョウロを片手に持った彼女が、もう一方にプリントを持っていて、そのプリントはこの階段まで飛んできた。
やばい、見つかる。
すぐにこの場を離れようと思ったけれど、さんが探しに来る紙は今にも飛んでいきそうだった。
仕方ないから、その紙を拾った。
下から足音が聞こえてきた。


「あ」


見下ろした先に、いつも見つめていた彼女の姿があった。
彼女の声をきちんと初めて聞いた。。

彼女はおずおずと一歩一歩階段を踏みしめた。


「あの、そのプリント」

「これ?」

「私ので」

「…はい」

「あ、ありがとう」


すとん、一つ階段を下りる音がした。
涼しい風が吹いて、視界を狭める前髪が揺れて、ほんの少し広がる世界に彼女がいた。


「あの」


まだ何かあるのだろうか。
ゲーム画面に戻した視線を数段下がった彼女に向けた。


「孤爪くん、バレーがんばってね」


それだけ言うと、彼女はリズミカルに階段を下りて行った。
また強い風が吹いてもプリントを飛ばされないように、両手でしっかりと握っていた。


*


どうして彼女は自分の名前を知っていたのか。
しばらくして廊下を歩いている時に理解した。そういえばバレー部のことで校内新聞に載った気がする。
壁に貼られた新聞を見つけて、憂鬱になった。

一方で自分もの名前を知ったのは、同じくこの校内新聞だった。
委員会紹介で笑顔で映る彼女は、確かにいつも見かける彼女だった。

特別な触れ合いがあった訳でもこれ以上の接触もあった訳ではない。ただ、気づくと同じあの場所に向かった。
彼女が理由であそこに行くわけじゃないけれど、視界の先にいる彼女を眺めるのも自然と習慣化した。
花が花壇から消えると自然と彼女もあの場所に来なくなった。どうやら、あの花壇は校舎の工事で場所を変えることになったらしい。
徐々に土だけになる花壇を眺め、ゲームに没頭した。



「あ!」

「!!」


まさか、こんなところで会うなんて。

新作ゲームの発売日、部活が休みだったから掃除をさっさと片してゲーム屋に並んだ。
学校帰りに買えるように発売時間が放課後に設定されていたから、列に並ぶ必要があった。
彼女は制服じゃなかった。おかげですぐに気づけなかった。ゲームに気を取られていたのもある。


「孤爪くんもこのゲーム好きなんだ」

「…、あ、…うん」

「私の周りでやってる人いないから嬉しい」

「……」

「ね、1と2両方持ってる?」

「う、うん…」

「どっちがすき?」

「いや、別に…どっちでも」

「私は1が好きなんだー、1の方が戦闘形式わかりやすいし。あ、そろそろ買えるかな」


彼女は爪先立ちして、先頭を見ようとした。
スマホで時間を見る。あと5分もすれば購入開始だ。


「見えないや…」


どうしていいかわからずゲームと彼女を視線が行き来した。


「あっ」


びくっと肩を揺れしてしまった。前も思ったけど、彼女の声はよく通る。


「こ、孤爪くん…アイテムコンプ率どうなってんの!?」

「え…、ちょっと」


いきなり彼女がショーウィンドウに手をついて動かなくなった。


「わ」

「(わ?)」

「私まだその半分なのに…」

「!」

「ねえ、やっぱり攻略本?それとも自力?」


こんなそばで見つめられるのは慣れない。顔を背けて答えた。


「本、見るほどじゃない…」

「じゃあ自力なんだ!すごい!」

「別に、普通だし」

「すごいよ、私まだここだよ?」


彼女が差し出してきたゲーム画面は、確かにまだここなのかといったステージだった。


「…なのに、今日買うの?」

「えっダメ?」

「いや、ダメじゃない…けど」

「けど?」

「……」

「あ、3はもっと難しくなるから?」

「いや」

「じゃあ…、じゃあ?」

「……」

「うーん、2の楽しさをわからない人に3の楽しさが分からないとか」

「いや、まだ3が面白いか知らないし」

「そっか」

「……」

「そっか!」

「…?」


彼女はぽん、と手を叩くと列から抜けた。
どこに行くのだろうかと思えば、自分の隣に並んだ。


「私、買うのやめる」


彼女の宣言もよく響く。


「私は2をもっと極める、そして」


ぴんと人差し指を立てて、彼女はこちらを見つめてきた。


「研磨くんの3の感想を聞いてから、3買うか決める。いい?」


いいも悪いもない。
そう答えたかったが、この真っ直ぐな視線は拒否できず、かといって目を離せず、視線を泳がせた末に小さく返した。


「…別に、いいけど」

「やった」

「……」

「早く列進まないかなー」

「…まだ並ぶの?」

「うん、折角並んだし。孤爪君が買うのを見てる」

「そんなことしてどうするのさ」

「孤爪くんとしゃべるの楽しいからさ。あ、私、隣のクラスでって名前で」

「知ってる」

「えっ知ってたんだ、こんな地味なのに」

「……」

「その目は何?」

「いや…」

「孤爪君って普段はどんなふうに呼ばれてる?」

「普通に名前」

「じゃあ私も名前でいいよ、って」

「……」

「あ、女子を名前で呼ぶのって嫌だ?」

「別に」

「じゃあぜひ名前で、孤爪くん」

「……」

「え、なに?」

「そっちも、名前にしたら」

「いいの?」

「こっちも名前で呼ぶんだし」


ゆっくりと列が歩き出して、合わせて前進する。
前だけを見ていたから、彼女がどんな表情をしているかわからなかった。


「うーん、じゃあ、…研磨」

「ん」

「研磨君」

「……」

「研磨」

「……」

「研磨君、無視しないで」

「用ないみたいだから」

「呼びたかっただけ。今日わざわざ買いに来てよかった、研磨君としゃべってみたかったんだ」

「…、そう」

「そう! あ、販売始まった!」


自分が買う訳でもないのに、彼女は楽しそうに列を進んだ。
もちろん欲しかったゲームをようやく遊べる嬉しさはわからなくもなく、隣で喜ぶ姿は嫌いじゃなかった。
初回購入特典についてきたマスコットキャラのストラップをあげた。自分は特にグッズに興味はなかった。
がなんだかきらきらした目で見ていたから『あげる』と言うと、お世辞ではなく心底嬉しそうに感謝を口にしていた。

買い終えると、ゲームの邪魔したら悪いからとはすぐに家路についた。自転車をそばに留めていたらしく、スカートの裾も押さえずに飛び乗った。


「またね、研磨」


に片手で応えて、ようやく手にしたゲームを鞄にしまう。
彼女は、本当にこのゲームが好きらしい。ゲームを買ったらすぐにやりたくなる気持ちを尊重してくれている。



*



「おはよう、研磨くん」

「…おはよ」

「ねえ、どうだった?もう結構進んだ?」

「ん、まあ」

「私も2ね、進めたらなんと!」

「……」

「やっとミニゲームのアイテムコンプ!」

「なんでそっち」

「ん、まあ…先に進めなくてミニゲームループにはまった」

「よく1をクリアーできたね」

「1はまだシステムがシンプルだったから…!コツを教えてください」


、おはよう」
「何やってんの、こんなとこで」


女子の集団がやってきた。好奇の眼差しは落ち着かないので、彼女の脇をすり抜けて教室に向かった。
背後で彼女たちの声がした。中でも、の声はすぐにわかる。
少し離れただけじゃ彼女の気配が消えない。

とはもう話さないと思っていた。
実際は、朝会でグラウンドに並んだ時、合同授業で同級生がたくさんいる中で見つけた。
彼女は大勢の中でも見つけやすい。向こうも目が合うと、は笑顔で手を振ってきたから、目立たないようにそっと手を振り返した。時には目をそらしたけど、どちらともなしに見ていたからささやかに応えた。
もこちらに気づいて自由に移動ができるときは、すぐそばまでやってきてゲームの話を持ちかけてきた。

「ね、なにやってるの?」

聞かれたから、アプリ名を教えるとも始めた。そのときに連絡先を交換した。
ゲームで仲間登録をしたので、彼女の不器用さはそこそこわかった。
成り行きでメールでも話すようになった。の顔文字を使うセンスは今まで周囲にいなかったから、面白かった。
たまに部活帰りに会って一緒に帰ったこともあった。ゲームの話だけじゃなくて、の勧める漫画を借りて読んだ。次第に話題が増えた。

ただ、校内で話すと周りに茶化されるだろうから、自分からは話しかけなかった。はそばにいるだけで周囲の注意をひく。は友達が多かった。

そんな彼女とこんな風にしゃべるようになるとは思わなかった。


「せんせー、こっちやっていいですかー」


ある蒸し暑い日、は新しい花壇の前でジョウロを持っていた。
彼女は汗がにじむのか制服をつまんで風を送ろうとはたはたと揺らしていた。
今度の花壇は、体育館のそばだった。目立たない位置だけど、日当たりは確かに悪くない。
は片手で顔を覆いながら、水をまいているようだった。


「こないだ仲良さそうに話してたのってアレ?」


クロが隣に来ていたのに気付かなかった。
体育館の開けっ放しの扉から、視線を移した。


「別に仲良くない」

「女子と話すのめずらしいじゃん」

「別に」


「うっしゃあああ」

「山本うるせー、ボール飛んでったじゃねーか」

「スンマセン!」


ボールが体育館の外に飛んで行った。それはさっきの花壇の方だった。


「研磨?」

クロの声も耳に入らず花壇の見える扉を素早く見やった。
嫌な予感がした通り、バレーボールが花壇の中に入っていた。
が立ち尽くしている。脇を山本が走った。クロも後からついてきた。


「虎」

「やべぇ…」

「どした」


がボールを取ろうと花壇に足を踏み入れた。
なるべく土を踏み固めないように注意しているのが分かった。


「山本、早くボール取ってこいよ」

「!そうだった」


虎がの方に走っていき、が何か話していた。
虎が緊張して言葉になっていない会話を二人は交わしていた。花をボールがつぶしてしまったらしい。ひたすらが虎が頭を下げていた。は両手を横に振って、気にするなと言っているのだろう。


「……」

「いい子だな」

「何が?」

「彼女」

「なんで」

「見るからに」

「そう?」

「嫌いじゃないだろ、あーいうやつ」

「別に」


扉から練習に頭を切り替えてコートに入ったのは、これ以上クロにのことを聞かれたくなかったからだ。
虎が戻ってきてから、彼女のことをどうのこうの話していたけど、何も言わなかった。
名前を聞いておけばよかったとか、あんなに女子と話せたのは初めてだとか、どのクラスだろうだとか、いつもの調子で虎が話していた。

多分、は明日もあの花壇にいるだろう。
いついるかはわからないけど、何となくわかる。

名前は誰に言われずともあの花壇を気に入っているはずだから。
友達に囲まれていることが多かったけど、欠かさずあの場所に来ていたのは、人の輪以外の時間を欲している証拠だった。
花壇の前のが彼女の中に存在するからこそ、自分ともコミュニケーションができるのだろう。

ゲームの話をしている時の表情は、花壇にいるときの彼女と重なった。何がどうという訳でもないけれど。



「研磨、あの女子のこと知ってるのか?」

「いや…」

「だよなー、あー花つぶしかけたお詫びもしないと」


不意に虎に話を振られたけれど、構わずゲームを操作した。
彼女と一緒に並んで買った3ももうすぐクリアーが近い。
クロが何か言いたげに視線を送ってきているのはわかった。何も言う気はなかった。の名前もクラスも、それを誰かに言う気はない。


「また明日来るかなー」


虎の大きな声が部室に響いた。

来るかもね。心の中で答えた。
スマホがポケットで揺れて画面を見ると、からメールが来ていた。

『もうすぐラスボス倒せそう!』

容易にの声で本文が再生された。それくらいまで近い距離になっていた。
時々やり取りするメール、今日は『そっからが難しいよ』と返信した。



*


「研磨くん!」



「見てみて、じゃーん、クリアー!とうとうクリアーしたよっ」

「…倒せたんだ」

「そう!研磨のアドバイスのおかげ、命の恩人ですっ」

「おおげさな」

「だってほんとだし、ムービー見れたし、泣いたっ。あ、3はクリアーした?」

「した」

「早っ」

「そうでもない…」

「そうなの、いいなー。どうだった?」

「別に…普通」

「2と比べてどう?私でも出来そう?」

「まあ、2出来たならやってもいいかも。の好きなキャラ、けっこう出てるし」

「そうなんだ、買おうかな!」


嬉しそうなの鞄には、あげたマスコットキャラクターがぶら下がっていた。


「研磨」

「…、クロ」

「あ、じゃあね」

「いいって、こっちの用事はすぐ終わるし」

「いえ、大丈夫です。…じゃあね、孤爪君」


は頭を下げてクロの横を通り抜けて、そのまま行ってしまった。
クロが頭をかいた。


「邪魔したな」

「そんなんじゃない。用事って?」

「……」

「なに?」


クロはが消えた方をまだ見つめていた。


「お前としゃべれる子なら、いいかもな」

「何が」

「マネージャー」

「何それ」

「彼女、何にも部活やってないなら声かけてもいいぜ」

「…そんな話、しにきたの」

「聞いてみただけだ、ムキになるな」

「なってない」


クロの言うところのマネージャーに名前がなるところを想像してみた。
この胸の違和感を言葉にするなら、不快でも緊張でもないことを自覚した。


*


との関係は、ずいぶんと至近距離に入っていた。
ゲーム屋で買いに並んだシリーズの隠しムービーが見たいとが言うから、部屋にあげた。は二つ返事で『行く』と答えて、タダじゃ悪いからとコンビニでお菓子を買い上げて遊びに来た。


「おー、ここが研磨くん宅か。いい感じだね」

「ふつうでしょ」

「お邪魔しまーす」


女の子を連れてきたと騒がれるのも嫌で、家族が誰もいない日に部屋にあげた。
ゲームをセットして、セーブデータを選ぶ。
座布団に腰かけたは画面にくぎ付けだった。
しばらく操作して、二人で無言だった。こういった沈黙はよくあって、嫌なものではなく、ゲームのBGMが静かに流れた。


「うそ、そこに隠し面があんの」

「行くにはちょっとコツいる」

「へー、帰ったらやってみよ」

には無理」

「え!」

「ダブルジャンプ下手すぎるから」

「うう…」


プレイし始めて目当てのムービーまでたどり着く。
操作はいらなくなったので、コントローラーを床に置いた。ちらと隣を見るとはムービーに釘付けだった。
制服のまま足を崩しているせいで、の膝小僧がスカートの裾から見えていて、ため息をついた。


「研磨、ムービーここで終わり!?続きは?」

「ない」

「うそーーー、気になる。なにあの仮面」

「多分次回作に出てくるんじゃない」

「次回作、いつ」

「この秋」

「また延期しそーー」

がここまで来る頃には発売されてると思うけど」

「研磨、ばかにしてる!」

「そんなんじゃないけど」

「あ、お菓子食べる?これでいい?」

「なんでもいい」

「それじゃあこっち?あ、こっちだ?」

が決めたら」

「そう言いながら研磨って顔にスキキライ出るよね」

「!…どこが」

「けっこうわかるよ。はい」

「ん…」


ゲームを留めて、スタート画面でBGMがリピートする。
汚れた手でコントローラーを触るのは嫌だから、空いている手で電源を止めた。

物音とお菓子を食べる音だけが響く。


「前から聞いてみたかったけど」

「ん?」

は、…なんでいつも話しかけてくるの?」

「え?」

ならいくらでも話す相手くらいいるから、…どうしてこっち来るのかなって」

「なんで聞くの?」

「……」

「…研磨は、私と話すのが嫌ってこと?」

「そういうんじゃ、…ないけど…」

「けど?」

「……」

「私は研磨と話したい」

「……」

「だめって、こと?」

「ダメってことじゃなくて…」

「じゃあ、なに?」


いつになくは食って掛かるように迫ってきた。
こんな時だからこそ、なのか、彼女の声はよく響いた。


「私は、研磨の気持ちが、知りたいよ」


今度は消え入りようには付け足した。


「誰にでも…こんな風に部屋にいれるの?」


様子を伺うと、は俯いていた。かと思えばこちらを真剣に見つめていた。
逃れようにもやはりを見てしまう。
答えないつもりだったのに答えずにはいられなかった。

彼女の問いかけに、小さく首を横に振った。
誰にでも、自分のテリトリーに入れる訳ない。だからだ。


「ほんと?」

「ん…」


互いに本音に足を踏み入れている最中だと思った。
が更に一歩踏み出した。


「研磨はさ…、私のこと、すき?」


言ってからはお菓子を無造作につまんで頬張った。さらにお菓子を詰め込んで、まるで沈黙が募るを怖がるようにお菓子をかみ砕いた。
の顔が赤いのを見逃さなかった。


「…ん」


小さくうなずくと、はごくりと喉を鳴らしてお菓子を飲み込んだ。


「ほ、ほんと?」

「う、ん…」

「私も、わたしも研磨がすき」

「ん…」

「よかった」


はこれで今まで通り元に戻れると思ったらしかった。彼女の肩の力が抜けたのがわかる。
そんな訳ない。


「よくない」

「え」

「自覚、ないみたいだけど」


が思っている以上に、を独占したい。気持ちを知っただけで、終われない。
言葉にはできなかった。は自覚していない。まだ頬が赤いの両眼をじっと捉えた。
の方に手をついた。


「研磨?」

「そばにいるってことは、カン違いする」

「カン違いって?」

「……」

「…研磨」

「……」


思ってること全部、伝わればいいのに。


「難しいよ、ちゃんと言って」

「…こういうこと、するかも」


言うのは難しかったから、の小指に中指をそっと当ててみた。


「!…ずるい」

「…なにが」

「研磨が」

「なにが」

「こんな、ドキドキさせてくる」

「それは、のせい」

「なんで私?」

が、すきっていうから」


の小指を中指でなぞりながら、見つめた。
今まで見たことがないくらい名前が顔を赤くしていた。


「そりゃ、だって、…すきになっちゃったから」


その答えで十分だった。

指先を離すと、が何か言いたげにこちらを見る。
わかっていながら、ティッシュでお菓子をふれた指を拭いてから、ゲームのスタートボタンを押した。の視線を知っていながら。
画面に向き合い、の気配を感じる。がこちらに体を傾けた。


「…研磨」

「ん」

「私も、カン違いする」

「…どんな?」

「研磨のすきは、ゲームとかお菓子とかのすきと違うって」


遠回しなのは、お互い様だと思った。
が続けた。


「研磨の、彼女になれますか?」


ゲームのポーズボタンを押すと、画面もも動きをとめた。


「なりたいの?」

「な、なんでそう質問に質問で…」

「……」

「彼女になりたいっていうよりは、研磨のそばにいたい。そばにいたいっていうのは、友達じゃなくて…」


今度はの足先がふくらはぎに当たった。先よりも近い距離に静かに鼓動が高鳴った。
が言いよどんだから、代わりに口を開いた。


「こういうこと、したい?」


今度はの手の甲を指先で触れた。の肩が大げさに揺れた。
逃れられる程度にやんわりと手を重ねる。が頷いた。遠回しの告白だった。

はもう一方の手で顔を覆った。


「研磨は、ずるいね」

「そう?」

「そうだよ。こんな、ドキドキさせてくる」

「嫌ならいいよ」

「ほら、…ずるい」

もずるいよ」

「なんで、どこが」

「隠すところが」


手の甲から、彼女の顔を隠す方の手へ。
指先でつつき、暗に手をどけるように諭した。

床に座って同じ高さの目線、遠くで見ていた時と違う距離にいても嫌な感じがしない理由はわからない。
いつまでもこうしていられる確信はあった。鼓動が早くて、つい顔を背けた。


「研磨?」


ポーズボタンで止まったままの時間を再開する。
は動かず、ゲームではなくこちらを見ていた。ずっと見ていた。


「研磨」

「……」

「私もさ」

「…!」

「こう、したい」


ゲームオーバー、プレイヤーがまっさかさまにフィールド外に落ちて消えた。
現実の自分に残る選択肢は、今、この手を掴むを見つめること。


「こっちみてよ」


は知らない。ずっとを見つめていたこと。


「みてるよ」


空いている方の手での髪を撫でた。


「研磨」

「……」

「研磨」

「……」

「研磨くん」

「……」

「無視しないで」

「ごめん、声、聞いてたかったから」

「!さ、さっきから聞いてるじゃん」

「そうだね」

「研磨、変っ。変だよ」

「……」

「変…」

「……」

「まだ声聞いてるの?」

「ん…」

「け、研磨は私の声が好きなんだ」

「うるさいと思う時もある」

「失礼!」

「もうムービー見ないなら消していい?」

「ダメ、もっかい」

「ん」

「ダメ、待って」

「?」

「私、研磨の彼女ですか?」

「!…、うん…」

「んっ、じゃあゲームやる」



満足そうにコントローラーをが握った。
新たなステージに主人公が降り立った。



end.