学校にて
「くろーくん?」
「ちがう、黒尾君」
「くろおくん。って、あの、しゃきっとした髪形の」
「そうそう」
同じクラスの子に聞き込み調査をしてみる。
最近仲良くなったこの子は、おっとりとしたお嬢様みたいな子だった。
「私もちゃんと同じで、まだあんまり覚えきれてないよ、クラスの人」
「そうだよね!!仕方ないよね、まだ3か月も経ってないんだし、別にしゃべったことだってなかったんだし」
「ちゃん、気にしいだよねえ。くろおくん、怒ってなかったんでしょう?」
「まあ、うん…」
「じゃあ、大丈夫だよ」
その子は穏やかに微笑んで、いちごオレのストローをくわえた。
指摘された通り、私はただ罪悪感があった。
もし自分がされたら嫌なことはしない。そうモットーにしてきたはずが、クラスメイトの名前を忘れると言う暴挙であっさり流儀を破る羽目になった。
あの満員電車のときからずっと、黒尾君に申し訳なさがある。
「それよりさ、今度、サッカー部観に行かない?」
「サッカー部?」
「マネージャーをね、募集してたの」
彼女はまだたっぷりと残った紙パックを置いて、両手を合わせて夢見心地に遠くを見た。
黒尾君の話題はここまでか。
その後、夢見る乙女の友人にしばし付き合うこととなった。
*
「さん、何してんの?」
「ゲ!黒尾君」
今日はうまいこと避けてたつもりだったのに、なんて口に避けても言えない。
放課後にばったりと廊下で出くわしてしまった。
「ゲ、ってなんだよ」
「いえ、なにも」
「グラウンド?」
行くの?
そんな疑問が含まれた問いかけだったから、私はおずおずと頷いた。
「何しに行くの?」
「サッカー部を観に」
「…なんで?」
「マネージャーやりたいって、森さんが」
「森さん…って、さんがよく一緒にいる子か」
「そうそう」
あの満員電車の日以来、ちょくちょくと黒尾君と話をする。
といっても、座席が近いわけでもなし、授業中とか、そうじの時間とか、体育の時とか、顔を合わせた時くらいだけど。
「さん、サッカーに興味あんの?」
「いや、別に」
友人に誘われなきゃいかないであろう。
ほこりっぽいのは嫌いだ。
「ほこりっぽいの、嫌いんだもんな」
「え?」
「ダロ?」
「まあ…、そうだね」
言ったっけ、ほこりっぽいの嫌いって。
だからグラウンドは好きじゃなくて、体育館でやるスポーツの方が好きだ。
「バレーはどう?」
「バレー?」
「うちのバレー部、マネージャー募集してるけど」
言われてみると、黒尾君はジャージを着ていた。
「あ、そういえば夜久くんとケンカしてたよね」
「ハア?なんでいきなりその話」
「ご、ごめん」
「いーけど別に。ケンカはしてないから」
「あー、そー、だね」
「目見て言ってくんない?」
「ハハハ。…あ!もう部活始まるんじゃない?遅れちゃまずいと思う、うん」
「…話題、そらしただろ」
バレバレだ。しかし、ここまで来たら、しらを通すしかない。
私はぶんぶんと頭を横に振った。
黒尾君が小さくふきだした。
あ、笑うと怖くない。
「ゴミついてる」
おっきな手が、私の髪に触れた。
「髪、サラサラだ」
「ま、まあね」
「んじゃ、いつでも待ってるから、体育館で」
「え?」
ああ、バレー部か。
バレー部のマネージャー。
黒尾君の背中を見送って、下駄箱に向かう。
バレー部のマネージャーかあ、それはない。
うん、サッカー部のマネージャーもない。
万一、京香ちゃんに誘われても断ろう。私、暑いの嫌いだし。
友達に流されないようにしよう。
そう決意して、外履きに履き替えた。
end.