ハニーチ



はじまりの音がする





「あ、西谷!」


聞き慣れた声だ。
振り向かずとも(すぐ振り返ったけれど)、声の主が誰だかすぐにわかった。

朝早い冬のこの時間、登校してくる生徒はまだ少ない。
となりにかけ寄ってきた相手は、白い息を何度もはいて並んだ。


「はよ! 、はえーな」

「おはよ、西谷もね」

「俺が一番のつもりだったぜ!」

「お互い近さで学校選んだからねえ……、寒くないの?」

「ん?」

「その格好」

、すげー格好だな」

「私じゃなくてそっちのがすごいから」


はあたたかなコートに長めのマフラーをぐるぐると巻き、耳あてに手袋をしていた。

対して、自分はいつもどおりの学ランだ。


「そんな寒いか?」


ちょうど強く風が吹くと、が身震いした。


「雪降る直前って一番寒い気がする」

「降んのか!?」

「なんでそんなうれしそうなの……」

「うれしいだろ!まだ一回も降ってねえじゃねーか!」

「いいことじゃん!」

「積もったら、でっけー雪だるま作るぜ」

「作ってたねそういや去年」

も写真撮ってたよな」

「あれけっこうな力作だったよ」


が片方の手袋を外して、携帯にある去年の写真を出した。
それをのぞき込む。画面にの人差し指が置かれた。


「ほら、こんなにおっきいもん」

「途中、雪が足んなくなったんだよな。もっと雪がありゃ、もっとすげーのできてたぜ」

「いや! その前に西谷の手のほうがギブだったと思う」

「俺はギブアップしねえ!」

「寒さですっごく赤くなってたの忘れた?」

「覚えてねえ!」

「……うん、西谷は熱い男だ、それは認めよう」

「おうよ!」


が携帯電話をカバンにしまって、携帯を持っていた手に息を吹きかけた。


「はーーー、さっむい、早く学校のなか行こ」

「そんな寒いのか?」

「寒いよ。よくそれで歩いてるね」

「手、貸してみろ」

「え、絶対そっちの手冷たいじゃん」

「冷たくねーよ」

「風にさらしてるのに?」

「試してみろよ」

「いいけどさー……、あ」


の手は、たしかに冷たく感じた。

つまり、俺の手の方があたたかいってことだ。



「ほらなっ」

「……」

「……なっ、な、んだよ」

「な、なんでもない」


そう言いつつ、が立ち止まるから、つられて足を止めた。


「あ、あったかいだろ、……俺の手」

「う、うん」

「なっ!」


手を離すと、なんだか身体の芯が熱くなったような気がした。

顔に思い切り風が当たると、今度は少しだけ冷たく感じた。なんでだ。



「あ、あのさ、西谷」

「なっ……なんだよ」

「も、もっかい貸して」

「はっ?」

「西谷の、手」


なんで、そんなさっきより、そういう言い方、すんだよ。


「無理にとは言わないけ、ど!」

「あったけーだろ!?」


つい声が大きくなったけど、仕方ない。

の手が思ったよりも小さかったからだ。
意識したことなかったけど、がちゃんと“女子”で、そんなの当たり前のことなのに、今自覚したから。


「に、西谷の手、あったかすぎて離したくなくなる」

「はあ!?」

「じっ冗談だよ!じょーだん!!離すよ!」


本当にが俺の手からすり抜けてしまった。

が早歩きで校門を通り抜ける。
しかも、なんでか知らないが空を見上げながら。
危ねえだろ。
そう言おうと思ったのに、の言葉の続きに口を挟むタイミングを失った。


「いっいいなあ、潔子さん?だっけ? いつでも西谷にあっためてもらえて」

「き、潔子さんはそういうんじゃねーよ」

「あ、触れちゃいけない芸術品だっけ」

「女神だ!!」

「女神ね! だ……だよねー私とは訳が違う、というか生まれが違う、女神だもんね」


なんかもやもやしてくるのはなぜか。

わかんねえ。


「私はそこらの雑草とか「雑草じゃねえ!」

「へ」

「お、温室育ちの……、……何かだ!」

「なにか!?」

は寒さに弱ぇからな!!」

「ま、まあね!」

「だ、から、寒くなったらいつでも手を貸すぜ」


ぎゅっと手に力が入る。


「も、もう、貸してもらってるけど……」

「そこ、段差あんだろ」

「あ……」

「ちゃんと前見て歩けよ。は危なっかしいからな」

「き、気をつけるよ、うん」

「俺がいるときはいいけどな!」

「……」

「いつでも呼べよ!」

「う、うん」


下駄箱で靴を履き替える。

ここでお互い行き先が分かれるのはわかっていたし、実際、左右反対に歩き出した。


「西谷!」


振り返ると、が手を前に差し出していた。

それはつまり、手を貸せ、ということで。



「さ、さっき貸したばっかだろ!」

「うん」


がからかっているのもわかった。顔が笑っていた。


「でっでもさ! 温室育ちは寒さに弱いから!」

「……仕方ねえな!」


こっちの手も、とがもう一方の手袋も外すと、そっちはむしろあたたかかった。




end.





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おまけ



「なにやってんだ、ノヤっさんと

「とっとと付き合えばいいのにな」


あとから下駄箱にやってきた田中と縁下。



end.