ハニーチ




そばにいたいとおもう。

1番に浮かぶその人を、1番近くで支えられるように。


いちばん、力になれるように。







あなたのとなり、きみの背中

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ー、置いてくぞ」


従兄が玄関で私を呼ぶ。


「待ってまって、最後の確認!」

「何度目だ、それ。本当に置いてくぞ」

「あとちょっとだからっ」


繋心くんを困らせないように。
親の言いつけを早々に破り、バタバタと荷物を抱えて靴を履く。

新しい靴だ。
きちんと朝に下ろした、合格祝いの靴。
こないだ買ってもらったばかりの、お気に入り。

家族にもう一度声をかけて外へ飛び出すと、従兄が半分くらいの短さになったタバコを銜えていた。
こっちを見て、ふーっと長く白い煙を吐き、火を消した。


「あっ、待って、けーちゃんっ」

、今度は何だ」


呆れ声の従兄の質問に答えず、玄関口からまた家の中に舞い戻った。
大事なおみやげを忘れてた。
箱がつぶれないように一番最後に入れると決めていたから、うっかり。
気づけてよかった。

従兄は私の手にしていた荷物をわざわざ受け取り、後ろの座席に置いてくれた。
助手席のドアも空いている。

サービスがいいなあと感心したけど、よく考えたらさっさと出発したかっただけかもしれない。
でも、助かったから真意は確かめないでおこう。

車にエンジンがかかる。

シートベルトはしっかり付けた。


「じゃっ、けーちゃん、駅までお願いします!」


私が言いきるより早く車は走り出す。

晴天だった。
遠出するにはぴったりな青空。

いまは春休み。

東京に引っ越した友人の家に、なんと泊りがけで遊びに行く。

ここと同じで東京も晴れと聞いている。












しばらくドライブを楽しんでいると、従兄が切り出した。


、よく許してもらえたな」

「なにを?」

「一人で東京行き」

「あぁー、そりゃあね」


なんてったって4月から高校生だし。

もう大人みたいなものだ。
東京に行くくらい余裕で許可してもらえる。


「あ、でも、夜行バスはダメだって」

「そりゃな」


従兄は納得しているけど、夜行バスも乗ってみたかった。
新幹線よりかなり身体が疲れるらしいけど、何事も経験だし。

それでも新幹線のチケットをすぐさま用意してもらえたのは助かった。
知らぬ間に従兄にも東京行きが知られ、本当はバスと電車で新幹線の駅まで行くつもりだったのに、従兄に車で送ってもらえることになった。



「私、……恵まれてるね」


どうやってお返ししたらいいんだろう。

東京でおみやげをいっぱい買ってくるべきか。

移ろっていく景色を眺めつつ呟くと、甘えられる内に甘えとけってやっぱりどこかぶっきらぼうに告げられた。
周りにいる大人達はみんな優しさをかくしきれていない気がする。

ふと、くすぐったくなって、助手席でもぞもぞと座り直した。


「おめでとう」


くすぐったさの原因、第2段。

声の主のほうを見た。

従兄は前を向いたままだった。


「けーちゃん、急に……なに?」

「ちゃんと言ってなかったと思ってな。

 、受験合格してよかったな」

「あー……、ありがと」


こうやってお祝いされる機会は数えきれないくらいあったのに、いつまで経っても落ちつかない。

うれしいのに、どこか照れくさい。


「おばさんも自慢してたぞ」

「それ、……やめてって言ってるんだけどな」


人の受験結果なんてみんな興味ないはずだから、話題にされても困る。

そうぼやくと、そんなことないと従兄に訂正された。
どっちにしろ、はずかしいことに変わりない。

話題を変えたくて、カバンをまさぐった。

指先に探し物がぶつかる。

これも高校入学祝いで買ってもらったものだ。


「じゃーん、けーちゃんこれ見てっ」

「なんだその変な鳥」

「!ストラップの方じゃなくてっ」


って、変な鳥でもないのに。

こないだ日向くんとおそろいにしたストラップの人形(どこか日向くんっぽいカラスのキャラクター)は手の中に隠して、もう一度よく見えるように持っているものを突き出した。

けど、従兄はちっとも興味を示さない。

ムッと視線を向けると、従兄の口元がゆるまる。

わざと見ない振りをしているのがわかった。


「いいよ、もう見せてあげない」

「拗ねるな。昨日買ったんだってな」

「そっ、最新機種!」


人気のカラーらしく取り寄せまでしてもらった、新しいスマートフォン。
別の色ならすぐ手に入ったけど、欲しい色にこだわってみた。

いつだって、“ここ”で動かないと。

自分の胸元に軽く触れる。


「まあ……まだ、電話とメールくらいしか上手く使えてないけど」


あ、あとカメラ機能か。
ただ撮るだけしか試してない。

使っていた携帯のデータは移してある。
はじめてのスマートフォンはそれだけで使いこなせない。
これまでの携帯電話と何もかも違うし、そもそも、サイズも大きくて持ちづらい。

友人は一足先にスマートフォンに変えていたから、今回、使い方も教えてもらう予定だ。

なんかのアプリ?を入れるとメールより便利で、いつでも電話できるそうだ。

使えるようになるのが楽しみだ。

真新しいスマホの画面に日差しが反射してキラリとまぶしい。


、それ失くすなよ」

「失くさないよ!」


従兄のからかうような物言いに即答した。

携帯屋さんでなんとか保証がついてるから紛失も破損も大丈夫!とは言われてるものの、やっと手にしたスマホをなくしたくはない。

それに、このスマートフォンは、ある意味、命綱だった。

いくら東京くらい一人で行けるつもりでも、不安がこれっぽっちもないわけじゃない。

待ち合わせ場所も、駅のことも事前にたくさん調べた。

それでも、“東京行き”はやっぱりドキドキする。


「たったの二泊三日じゃねーか」

「そうだけどさ、あんまり言われると……緊張してきた」


従兄が横で噴き出す。

他人事だと思って。

ジッと隣を見やると、今度は目が合った。


はすぐ肩に力が入るな。大丈夫だ、何かあればそれで電話すりゃいいだろ」

「……けーちゃん、ちゃんと電話出てくれる?」

「あぁ、出られりゃな。もしダメでも家でも店でもかけりゃいいし、じーさんもいる」


実際、心配することなんて何もなかった。

かなりの余裕を持って駅には着く。
新幹線の乗り場もきちんと調べてある。
座席も指定席だし、新幹線に乗りさえすればあっという間に東京だ。
そこからほんの数駅で友人と待ち合わせしている駅にも着く。
万が一迷ったって駅員さんも交番もなんでも相談先はある。

……頭でわかる。

でも、そわそわするだけだ。

このなんとも言えない感覚は理屈で消えてくれず、厄介にもワクワク感とも入り混じっている。

不安だけど楽しみ、期待してるけどちょっと怖い。
はじめてのことはいつだってそうだ。


「そうだ、、昼はどうするんだ? 駅弁でも買うのか?」

「お昼はね、あぁーっ!」

「なっなんだぁ!?」


私の声に反応して従兄が思わずブレーキを踏んだ。

けど、別に道路で異常はない。

進行方向に子どもや動物が飛び出したわけでも、後ろから衝突されたわけでも、なにか事故に遭遇したわけでもない。

それでも、従兄は道の脇に車を停めた。


、どうした」

「ご、ごめん、なんでもない!」

「はッ?」


自分でも発した声が大きすぎたと反省しつつ、おそるおそる理由を口にした。


「お弁当、……朝から作ったから、完成したやつ、けーちゃんに見せようと思ってたのに忘れたなって」


ガクリと従兄が脱力する。


「そんなことかよ……」

「ごっごめん!!」


“ちゃんとした飯”を作れるようにがんばってきて、その成果を見せたいとはりきっていたから、つい……でも、たしかに声は大きすぎた。

従兄はまた車を走らせ、反省している私に告げた。


「駅ついたら弁当出せ、見てやる」


……私の周りの大人は、やっぱり優しい。








駅に着くと、約束通り、従兄は作ったお弁当を見てくれた。

イメージしていた“ちゃんとした飯”とは違うそうだが、その辺は従兄と私の感性の違いだろう。
もともと趣味がそこまで重なるほどではない。

おかずを勧めると、最初はの食べる分が減ると渋っていた従兄だけど、やっとひとつ食べてくれた。

また違うドキドキ感。


「けーちゃん、どう? お正月より成長してる?」

「食える」

「……何その感想」

「冗談だ、うまい」

「わっ!」


いつものように髪をわしゃわしゃと撫でられ、手に何かを握らされる。

千円札だった。


「成績もよかったっていうしな。

 東京、楽しんでこいよ」


従兄のカラッとした物言いと笑顔。
まるで今日の天気みたいだ。


「……ありがと、けーちゃん」


“甘えられる内に甘えとけ”

教えに則り、ありがたく受け取ることにした。



next.