--
さん、今日からだよね!?!
気を付けて!!
夏目によろしく!
--
すぐまた、通知。
--
かきわすれた!いってらっしゃい!!!
--
連続ですぐ、通知。
--
待ってる
--
日向くんからのメールに気づいたのは、従兄からもらったおこづかいをしまった時だ。
スマホの大きな画面にでかでかとメールの中身まで表示されるってどうだろうと思う一方、日向くんから連絡が来たってだけで、なんだって許せてしまう。
いつもみたくすぐ返信したいところだけど、このスマートフォンというのが慣れない。
逸る気持ちを抑えて、新幹線の駅に向かうことにした。
電車の中でさっそくスマートフォンを取り出す。
えーっと……
メール、あ、り、が、……とう。
あ、明後日、には、帰って来た、じゃなくて削除、削除、帰るよ、ビックリマーク……ってどうやってだすんだろ?
わからないからやめて、いって、きます。
「……」
電車の窓は、どんどん知らない景色に移り変わっていく。
もう一度、手元の画面に視線を落として、その先にいる日向くんを想う。
いま、なにしてるだろう。
バレー、やってるのかな。
日向くんが気になりつつ、そっと送信ボタンを押すと、メールのマークが左から右に飛んでいった。
メールの宛先、日向翔陽。
--
メールありがとう。いってきます
待っててね
--
スマートフォンをまたカバンにしまう。
……待っててねって、おかしかったかな?
待っててくれてありがとう、のほうがよかった?
ふと、カバンの隙間から、ストラップにぶらさがるカラスの人形がこっちを見ているように思えて、カバンの奥底に押し入れた。
何ニヤニヤしてるんだって言われた気分だ。
*
「お買い上げ、ありがとうございましたー!」
レジから、買ったばかりの商品を手にして離れる。
従兄から受け取った千円札は、駅で出会った雑誌に変化した。
月刊バリボー。
バレーボールと言えばこの雑誌、というバレーの専門誌だ。
高校バレーだけじゃない。
大学生に日本代表、Vリーグに海外リーグ、さらには中学バレーまで事細かに情報が網羅されている。
地元じゃ見かけなかったけど、やはり大きい駅にはあるらしい。
2冊あった内の1冊は、買おうか悩んでいる内に別の人が買っていった。
残された方は端っこが折れていたけど、中身は読めるからよしとしよう。
駅のなかは、想像よりも人が多かった。
私と同じ春休みらしい学生のグループがいたり、遠征に行くっぽいジャージ姿の男子大学生、年齢がバラバラのスーツの人たちはたぶんお仕事だろう。
スーツの人が合流するたび、ぺこぺことお辞儀しあっていた。
家族連れもいる。
東京だけじゃない。この駅からそれぞれ、いろんな目的地に向かうようだ。
3月はまだ寒い。
けど、どことなく何かが始まる空気がある。
わくわくと新幹線の時間まで大きな駅を散策していると、今度は何かのキャンペーンを見かけた。
有名なゲームのアニバーサリーイベントらしい。
担当のお姉さんとうっかり目が合ってしまい、名前は知ってるけどやったことのないゲームについて詳しく話を聞くはめになった。
『スマートフォンをお持ちでしたら、ぜひっ、このアプリをインストールいただいて、ポスターにあるQRコードを読み取ってください!
1つのIDでお友達も参加アイテムはもちろんですが、抽選に当たった場合がですね!』
途中から、何を言われているかさっぱりついていけなかったけど(用語が専門的すぎる)、ともかく、メールと電話、それとカメラ機能しか使ったことがなかったのに、新しくゲームのアプリが仲間入りすることになった。
知らないキャラクターのアプリがスマートフォンの目立つ位置にででんと入る。
正直、はずかしい。
「あーー、外れたー」
「これ友達で当てた人いるけど、家族全員のスマホでやったって」
「マジか!!でもいいなーシクレのあれ、みれんだろ」
私より年上の男の人たちも次々にポスターへスマートフォンをかざす。
そんなポスターに群がる人たちを、待合スペースの人たちは時折不思議そうに眺めていた。
「はーい、次、どうぞ!」
「あ、はい」
いつまでもポスター前からどかない人たちを、係のお姉さんが華麗に誘導し、もういいかなと及び腰だった私のためにわざわざスペースを用意してくれた。
「ありがとう、ございます」
ゲーム機本体すら持ってないけど、なにかID?で連動するといいことがあるらしいので、スマートフォンを構えた。
ポスターには、ポーズを決めたゲームのキャラクターが不敵に微笑んでこっちを見下ろしている。
たしか、このキャラクター、友人が好きだったような……
そんなことを思い出しながら、QRコードをさっき教えてもらったやり方で読み込んだ。
ふぁんふぁんふぁーーん、と間の抜けたBGMにより、残念ながら抽選が外れたことはすぐ理解できた。
*
東京行きの新幹線もまた、他の新幹線と同じく時間ぴったりで駅のホームへすべり込んできた。
せっかくだからと写真を撮ってみたのに、あっという間に新幹線は通り過ぎ、なんだかよくわからない写真ができあがっていた。
考えてみたら駅のホームの先頭で待っていればよかったのに、そういうのってなんで後になって気づくんだろう。
写真を撮り直したい気持ちもあったけど乗り遅れたら致命的なので、人の流れに合わせて新幹線に足を踏み入れた。
始発じゃないからぽつぽつと席が埋まっている。
自分の切符を取り出して、車両と席の番号をせっせと探した。
あ、あった。
2人席の窓際、まだ通路側の人は来ていない。
着こんだコートは脱いで荷物を片付け、席に収まる。
向こうの方では女性のグループが楽しそうに席を向かい合わせにしていた。
あっちは友達二人で仲よく席に座っている。
「……」
私のとなりは誰が来るだろう。
短くはない時間、この席に座ることになるんだし、できることなら話しかけやすそうな人がいい。
女の人ならもっといいかも。
ふと前の方から、かなりお年を召された人がやってきたときはドキッとしたけど、切符を一瞥してから横を通り過ぎていった。
まもなく新幹線は出発する。
もしかして、誰も座らないのかな。
後は、このあと停まる駅で乗ってくるのかも。
あれ、この新幹線ってどの駅で停まるんだっけ。
用意してきた東京のガイドブックを引っ張り出した時、ちょうどとなりの席が埋まった。
男の人。
しかも、少なくとも学生では全然なさそうな年齢だ。
ガッカリ、なんて顔に出さないよう気を付けて窓の外を見る。
出発の合図がしたかと思うと、新幹線はゆっくりと静かに走り出した。
と思えば、いきなり携帯電話の着信音だ。
周囲の視線もこっちに集まる。
ピリリリリリ、とカバンか何かの中に入っていても音量のせいか存在感がすごい。
電話の主は、私の隣の席のひとだ。
荷物が多く、腕に抱えていたビニール袋を席に備え付けられた簡易テーブルに置いたのち、携帯を耳に当てた。
「あー、もしもし、穴原です。はい、はい! 今、ちょうど新幹線に乗りました」
車内の様子とは無関係に新幹線はどんどんスピードを上げていく。
となりの男の人は、談笑しながら椅子にもたれた。
私ももっとリラックスしよう。
そうだ、雑誌、読もう。
お弁当も食べないと。
となりに倣って簡易テーブルにいろいろ並べていくと、ふと隣の人と目が合った。
すぐ逸らされたけど、……なんだろう。
もしかして女子の一人旅だからよからぬことを、なんて変な警戒心を抱いたけど、すぐに思い出した。
この“穴原”っていう人、駅の本屋さんで月刊バリボーを買っていった人だ。
私も男の人が袋から雑誌を取り出した時、つい視線を向けてしまった。
たった2冊しか置いてなかったバレー雑誌なのに、ちょうど並び席で買っている。
偶然ってすごい。
next.