東京行きの新幹線は快適だった。
新幹線ってこんなに揺れないんだ。
おかげで日向くんへのメールもゆっくり返すことができた。
このスマートフォンというのは、ものすごく文字入力がしづらい。
アルファベットがとくに難しくて、何度もとなりのキーを押してしまった。
いつもよりだいぶ時間をかけて返信を打っているうちに東京に近づいていて、慌てて荷物を片付けた。
雑誌はなかなかおもしろかった。
ネクストジェネレーションズという企画記事には、全国の注目選手が掲載されていた。
宮城は、白鳥沢学園高校の牛島若利選手。
去年の夏、白鳥沢のオープンデーで呼び留められたことを思い出す。
やたらかまってくる人(天童さん)のせいですっかり印象が薄くなったけど、向かい合った時の存在感はすごかった。
雑誌を引っ張り出して、またそのページをめくる。
牛島選手のスパイクの瞬間が、あざやかに切り取られていた。
あの夏の、あの体育館。
目の当たりにした、お手本みたいなフォーム。
美しいモーション。
圧倒的な一打。
打ち下ろされたボールは飛び跳ね、天井めざし、その先まで突き上げていった。
相手チームがなんとか拾おうとしても、すべて弾き飛ばすパワーだった。
「いや、白鳥沢も声はかけましたよ」
「!」
隣の人だ。
この“穴原”という人が、また誰かと電話をしていた。
……ビックリした。
まさか“白鳥沢”なんて単語が聞こえてくるとは思わなかった。
そそくさと雑誌をカバンの中に押し入れた。
白鳥沢、断られた、でもまた声をかける。
嫌でも聞こえてくる、となりの会話。
見知った単語につい気が取られてしまう。
この男の人、バレー関係者なのかな?
でも、なんで東京に。
と思いつつ、先生たちってそういえば色々会議とかあったっけと記憶を掘り起こした。
「あの人もバレーにはまっすぐな人だから。
いい人だよ、……まあ、癖はあるけど」
どんな人だろ。
いい人で、癖のある人。
あ。
車内のアナウンスがもうすぐ停車する駅を知らせる。
まだ降りないけど、たぶんあっという間だ。
隣の人に断って前を通り抜け、いつでも降りられる準備をする。
お弁当はばっちりだった。
ただ、あれだけ注意したのに、卵の殻がほんのすこしだけ混ざっていたのは残念だ。
いつか、いつの日か、日向くんのために作ることがあったら、ぜったい気を付けようって心に決めた。
*
「ぅわっ」
東京に到着早々、バランスをくずして転びそうだった。
目的の駅でどっと人が下りていく。
乗り込んでくる人もたくさんいる。
駅構内のアナウンスと、電車の発車ベル。
いろんな人の会話や物音が折り重なる。
そこに、移動する人、ひと、ひと。
「……ふー」
最初は人の流れに乗って移動しかけたけど、明らかに行きたい方面じゃなさそうで、なんとか人のいない方へと移動できた。
こういう時は、一度落ちつくに限る。
大丈夫、必要なことはぜんぶ調べてある。
東京のガイドブックだって、ほら、ちゃんとある。
それに、友人の方は学校の入学手続きのオリエンテーション?かなにかで朝から忙しいという。
約束まで時間はたっぷりあった。
せっかくだし、ここでも色々見て回ってもいい。
よし、落ちついて案内板を見てみよう。
待ち合せの駅も何番線かもチェック済だ。
……すごく、いろいろ書いてある。
こっちの階段が、この路線につながってて、こっちは、中2階、なのかな、この出口の改札が……ここで、つながって、あれ、えっと……
いいや、まず、下に降りよう。
自分で目で確かめる方がよっぽどいい。
乗ってきた新幹線も、とうの昔に次の駅へと出発していた。
長めの通路を抜けた頃だ。
ちょっとした人だかりがある。
と思えば、やけにがっかりするようなファンファーレ、聞き覚えがある。
「当てろ当てろ当てろ」
「うっせ!」
騒いでる男の人たちの手にはスマートフォン。
ここは、ポスター前。
やっぱりそうだ、あのゲームのアプリ。
シリーズ物のキャンペーン。
私がやった時とは違うキャラクターがどーんとのっている紙面、そのすぐ下にQRコードが印刷されている。
また聞こえてくる効果音。
ばっちりハズレだ。
このキャンペーン、音ありにしないといけないのがまた微妙だと思う。
宣伝のためだろうけど、そこそこ響いて注目される。
でも、抽選に当たったらどんな音がするんだろう。
時間もまだあるしやってみたかったが、いつまでもポスター前は空かない。
そんな人通りのある場所でもないし、グループだとしゃべりこんでしまうようだ。
キャンペーンの説明が書かれた別のポスターを眺めつつ、もういいかなと歩き出した時だ。
人がいた。
「ごっごめんなさい!」
ぶつかりかけたけど、相手がギリギリかわしてくれた。
その人は会釈して、そそくさと私から離れた。
き、金髪だ。
不良かなと一瞬あせったけど(怒らせたらまずそうだし)、背を丸めたその人は私と目を合わせることもなく、かといってこの場を離れることもなかった。
視線の先は、まだ人がどかないポスターの方。
手には、私と同じスマートフォン。
この人もきっとポスターのQRコードに用があるんだ。
「……」
去ろうとした足先の向きを変え、意を決して踏み出した。
「あのっ、すみません」
「は?」
「ぃ、いいですか?」
緊張しながら男の人たちに声をかけてポスターを指差すと、『あぁ』と理解した様子でどいてくれた。
お前がたらたらしてるから、そっちだろと言い合いをしつつ、集団は移動していく。
ほっと息ついて肩から力を抜く。
誰もいなくなったポスター前、ゲームのアイコンを指先でふれた。
キャンペーンのお姉さんに教わった通り、カメラの画面を出して、えぇっと、読み取る。
ふぁんふぁんふぁーーん。
さっきも聞いたハズレの効果音を聞いてからポスターから離れると、やっぱり金髪のその人もスマートフォンをポスターにかざした。
ちょっとはお詫びになったかな。
……自己満足だけど。
ふぁんふぁんふぁーーん……
背後で聞こえたその音もまたハズレだった。
不思議なもので、この駅、こんなに広いのに、さっきの男の人たちと、私と、金髪の人、よく顔を合わせてしまう。
みんな、このポスターがあるところに行くんだから不思議でもないか。
駅の中にキャンペーンマップがあって、わざと顔を合わせないように行き先を変えてみても、なぜか知らないけどポスター前で鉢合わせてしまう。
こういうのも“運命の出会い”っていうのかな。
でも、嫌だな、こんな運命。
人通りの多いポスターをあえて選んでみると、他にもQRコード待ちをしている人たちがいる。
さらに電車の乗り降りもあるからひどく混雑していた。
階段のこんなところにポスターを張ることないのに。
聞こえてくる会話から、このポスターが一番当たりやすい、とのことで、特に人が多かった。
さっきの金髪の人も階段の少し降りたあたりで順番が空くのを待っていた。
「あぁーまたかよ!」
ハズレばかりで苛立つ気持ちもわからなくもない。
ちょいちょい顔を合わせる男の人たちに同情しつつ、なんでゲームをやってないのに自分はQRコードを追いかけてるんだっけと思いながら、またスマートフォンをかざした。
これで最後にしよう。
ホームの方から一気に人がやってくる。
早足でそれはもうたくさんの人、コーヒーを二つ抱えたピンヒールの女性がなぜか気になった。
その時だ。
ふぁんふぁんふぁーーん、
じゃない音がした。
え、うそ、当たり?
私のスマートフォンだ。
一気に注目の的になる。
階段を降りる人の集団、ポスター前の人たちのかたまり。
どっとぶつかり交差して、女の人がぐらり、足を崩し、その方向に金髪の人がいる。
こういう時、なんでか身体が動いてしまう。
「だ、大丈夫ですかっ?」
目の前の人に尋ねた。
「……、……いや、そっちこそ」
金髪の人は、私の肩から腕にかけて指差した。
コーヒーが滴っていた。
スマートフォンごと。
next.