友達とはしゃいだ夜は更けにふけ、眠りについたのはいつもよりずっと遅くだった。
そのせいだ。
“って呼んでいい?”
現実みたいな夢の中。
自分たちがどこにいるかもわからないのに、中学の制服を着た日向くんはリアルだった。
“さん、いい?”
よく知る声は、そばにいるのに電話越しみたい。
見つめあっているようで、日向くんの瞳に映っている感覚がない。
いいよ、日向くん。
夢の中くらい即答したらいいのに、言葉が出ていかない。
“さんが呼びたいように呼んでほしい”
その声はゲームじゃない。
好きな人のものだった。
「、おはよう! 眠そうだ!」
マンションの出口付近。
すらりとした男の人が立っていると思ったら、灰羽リエーフくんだった。
こちらに気づくや元気よく声をかけてくれた。
欠伸をしていたところをばっちり見られてしまった。
リエーフが私のうしろに友人の姿がないことに気づいた。
「千奈津は?」
「忘れ物。すぐ戻るって」
相槌を打つリエーフのとなりに何気なく並ぶ。
道路の段差に立ってみても、彼の目線の高さに追いつくことはない。
リエーフが笑って言った。
「はかわいいな」
「え」
「小さくて」
「あ」
そういう『かわいい』ね。
自分のことをそんな風に自覚しているつもりはないけど、褒められれば反応くらいしてしまう。
ばつが悪くなり、道路の段差から降りてそっぽを向いた。
「リエーフと比べたらみんな可愛くなるんじゃ……、何センチあるの?」
「190ー……、3センチだったかな、この靴だともう少し大きくなってると思う」
リエーフは片足を上げて、靴を見せてくれた。
厚底というほどではなく、身長の高さは天性のもの。
足だけじゃない、腕だって長い。
「図書館で高いところの本も届きそう」
「そういうの 先生によく頼まれる。けど、俺は本読まない」
「読まないんだ」
「マンガなら読むっ」
快活な返事だ。
リエーフとは昨日会ったばかりだし、友人に先に行っててと言われた時はどうなるものかと思ったけど、ぽんぽんと返事をしてくれる彼はしゃべりやすかった。
なんてことのない会話をしつつ、まだやってこない友人を待つ。
昨日もお風呂に行くとき、忘れ物したって取りに戻っていた。
らしくないって思う一方で、もしかして、とも想像する。
「千奈津、が来てはしゃいでるんだな」
心の中を当てられ、となりを見上げると、真っ直ぐな視線が注がれていた。
グリーンの入り混じる、独特な眼差し。
朝日のおかげで、彼特有の髪もまた透き通ってみえた。
「だろっ?」
相手は自分がどう映っているか無頓着のまま、同意を求めた。
「た、たぶん。私もだし」
「そっか、二人、仲いいな」
「まあ……」
「昨日の夜も楽しそうだった」
まさか全部聞こえてた!?
あせったけど、さすがにご近所迷惑になるほどではなかったらしい。
賑やかな空気が少しばかり届いた程度のようで、ひそかに胸をなでおろした。
昨日は楽しかった。
たぶん今日も、そして明日も。帰る瞬間まで。
春から私たちはそれぞれの場所で高校生になる。
ちらりとリエーフの横顔を見つめた。
「なに?」
誰かに見られることに慣れている様子で、リエーフは尋ねた。
「なっちゃんと同じ学校って言ってたよね?」
昨日の夕ご飯の時を思い出す。
「そうだけど」
「……こんなこと、言われても困るかもしれないんだけど」
うんうん、と先を促すように相手は首を縦に振る。
余計なお世話かなって思うのに、言わずにいられなかった。
「なっちゃんのこと、よろしくお願いします!」
頭を下げて反応を窺うと、相手はさっきまでと同じ調子で続けた。
「俺、なにすればいい?」
「えっ」
「よろしくされるのはいいけど、何したらいいか教えてくんないと、どうしたらいいかわからない」
「だ……、よね」
よろしく頼むって具体的に何をしてもらうものだろう。
伝えたくて伝えたものの、彼と同じく実際やってほしいことがパッと浮かばない。
かといって撤回しようとも思えず、うーんと腕を組んだ。
「待たせた! 行こいこっ」
自分のせいで遅れた分を取り戻そうと、友人が早歩きで進みだす。
リエーフが歩幅のせいかあっという間に友人の隣に追いついた。
「千奈津、いまによろしく頼まれたんだけど」
「わっ、ちょっと!!」
思わずリエーフの上着を引っ張った。
なに?って、リエーフは何もわかってない顔で振り向く。
すばやく告げた。
「さっきの話、なっちゃんには内緒で!」
「千奈津のことなのに?」
「そう!!」
友人に聞かれて困るわけじゃないけど、本人によろしく頼んだことを知られるのははずかしい。
リエーフはこっちの気持ちをわかってくれたのかそうじゃないのか、どっちか読めないけど明るく『わかった!』と返事した。
いつまでも来ない私たちを、友人がしげしげと眺めて言った。
「とリエーフ、仲よくなってんね」
「ま、まあ、そりゃね」
「千奈津とも仲いいだろ」
「そう?」
「千奈津もも似たもの同士だ」
「「えっ?」」
「ほらっ!」
リエーフに指摘され、声が重なった私たちは互いを見つめあう。
よくわからない、けど、だからこそ三人で意味なく笑いあった。
「じゃーん、ここが渋谷センター街!」
「おお……!」
ここが、かの有名な都会の街。
ガイドブックで予習した通りの光景が広がっている。
平日の午前中とはいえ、十分人が行き交っている。
「、来るのはじめてか?」
「はじめて! はじめてじゃないの?」
「たまに来る」
「カッコいい……」
「そう?」
リエーフは不思議そうに呟いたけど、渋谷にたまに来るって響きがかっこいい。
友人にはこの感覚が通じたようで、二人して頷きあった。
109と大きな文字が並んだビル。
有名なアイドルの全面広告がどんと目立ち、そこかしこにCMでよく見かける企業のロゴが配置され、大きなモニターはせわしなく映像が切り替わる。
いま流れているのは、昨日から駅で見かけたあのゲームのコマーシャルだ。
その映像を熱心にスマートフォンで撮っている、地元じゃ絶対見かけない服装の人もいる。
大都会、すごい。
春休みだからか、同世代から大学生くらいの人たちも、信号が変わる度、行き来していた。
車もバスもたくさん停まっている。
眺めているだけで、この場所の雰囲気?空気?に酔ってきそうだ。
「、いま着いたばっか。ギブアップ早いよ」
「だ、だけどさ!」
「気合い入れて、ほら、デート服買うんだし」
「デート服?」
「なっちゃん!!」
友人の口を塞ごうにも、とっくにリエーフの耳には届いている。
……隠したところで、リエーフのお姉さんのメモには、ばっちりおススメの洋服屋さん情報は書かれているから、無駄かもしれない。
あきらめて説明した。
東京見物でどこに行きたいかって事前にやりとりした時、せっかくだからここでしか買えない素敵な服を買ってみたいとリクエストした。
「いいな!」
「、照れない」
「照れるよ!」
「そういうの、うれしいと思う」
「ほら、リエーフもこう言ってんじゃん」
「二人してさー……」
からかわれてるわけじゃないけど、だんだん居心地が悪くなってくる。
話題を変えようにも、2対1じゃこっちの分が悪い。
「、どんなやつとデートするんだ?」
リエーフからの直球な質問。
助け舟を求めて友人に視線を向けても、私に聞かれてもねとばかりに肩をすくめるだけだ。
「ど、どんなって……、どんな」
「教えてくれた方がアドバイスしやすい!」
リエーフはこなれた感じで言った。
しどろもどろになっていると、友人が笑いながら、まずはお店行こうって私の手を引いた。
next.