ハニーチ



あなたのとなり、きみの背中

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おしゃれなお店は東京限定、なんてことはなく、ファッション雑誌がどこでも手に入るのと一緒で、見覚えのあるブランドがいくつもあった。

それでも、やっぱり違いがある。

“人”だ。



「なっちゃんの言ってた通りだね」

「なにが?」

「及川さん並みの人がいっぱいいる」


友人は所狭しと春物が並ぶ店内を見回しつつ、過去に自分がそんな発言をしたことに頷いた。

卒業式の帰り道だったか、東京にはアイドルみたいな人がたくさんいる、なんて話をした通り、視界に入る人たちはみんなこの場所に合っていた。

リエーフが商品棚越しにこっちを覗き込む。
ほんとうに背が高い。


「オイカワって誰?」

「前にと見かけたイケメン」

「俺よりカッコいい?」

「どうだろ」

「え」


友人から視線が流れるように向けられ、問いかけは自分に回されたことを理解する。

こういうのってどう答えたら正解なのか。

どうしようと目の前の洋服をあれこれと手に取ってはみても、顔を上げればばっちり目が合うリエーフに少し悩んでから答えた。


「お、同じくらい」

「へー!!」


リエーフはまんざらでもない様子で、この答えに納得した。

オイカワさん=イケメン=自分と同じくらい=否定しない。
……このくらい、自信をもっていたら毎日が過ごしやすそうだ。

友人は自分のことでもないのに、なぜか得意げにリエーフを諭した。


「及川さんってすごいよ、キャーキャー女子に囲まれてた」

「!俺、キャーキャー言われてないっ」


リエーフはショックを受けた感じに言うけど、どこの服屋さんに入っても、すれ違う女の子たちはみんなリエーフのことを気にしていた。
ついでに隣にいる私たちをみて、たぶんだけど、『なにあの子たち』って見比べていたはずだ。


、なんで俺はキャーキャー言われてないんだ? 同じくらいカッコいいのに」

「え!」


また答えづらいことを聞いてくる。

友人に困ったとアイコンタクトしてみたものの、私もわからないといったポーズだけ返された。

リエーフは答えを待っている。


「えー……、バレーしてるかしてないか?」

「バレー?」

「そう、バレーボール、……もしかして部活とかでやってた?」

「やってないっ」

「じゃあ、きっと、その違い」


そう言ってみたものの、実際、及川さんとリエーフの違いなんて、二人をよく知らないんだから答えようがない。

ただ、はっきりしているのは、及川さんはバレーボールをやっている。
それも単なるセッターじゃない。
賞も取っている。

体育館で見かけた時も歌やダンスの練習じゃなく、今思えばバレーだった。

昨日買ったバレー雑誌の記事にも、及川さんは掲載されていた(白鳥沢の牛島さんよりだいぶ小さかったけど)


「雑誌!! それ、俺も出たい!出れる!? よな、俺も同じくらいカッコいいし」

がいま言ったじゃん、バレー雑誌だって。バレーやってない人は出れないよ」

「じゃあ、バレーやる!」

「雑誌に出るために?」

「バレーもできたらキャーキャー言われるだろ!」


どこからその自信が来るんだろう。
言葉を交わしたわけじゃないけど、隣に立つ友人からも同じ感想が伝わってくるようだった。


、無理だよね?」

「なにが?」

「リエーフがこれからバレー始めたとして、大活躍して雑誌に載れるかどうか」


し、知らない……。

ぽかんとするこちらをよそに、商品ラックの向こう側にいるリエーフは身振り手振りでスパイクやらブロックやらを試していた。

こんなに長い腕を自由自在に動かす様は、まるでネット越しの高い壁を彷彿とさせた。

それはコート上の武器にみえた。


「雑誌はわかんないけど……、活躍する可能性はあると思う」

「ほぉ」


物知り顔で友人が顎に手を当て、リエーフがすかさず口を挟んだ。


「キャーキャー言われる?」

「そ、それはちょっとわかんない」

「いけるだろ!?」


リエーフは何の恥じらいもなく言い切って続けた。


「バレーって背が高い方が有利だっ」




“バレーすんのに身長いくらあっても足んねーよ”



“まだ、なんも始まってない、


 おれの、バレーは”




?」


友人に肩をふれられ、今いる場所に意識を戻した。


「大丈夫? ほんとに場所酔いした?」

「そっそれは大丈夫、えっと、なんの話、そっか、バレーの」

「高校からでもエースやれるよなって」

「リエーフの話はあと。休憩しよ?」

「そ、……しよっか。ごめんね」

「なにが?」

「な、なんとなく……」


せっかく話が盛り上がっていたのに水を差してしまった。

リエーフも友人も気にせず、休憩向きなカフェに案内してくれた。

呪文みたいなカタカナ用語のメニューをそれぞれが注文し、私は何を頼めばいいかわからず、写真が出ていた飲み物を指差しで注文した。
ここのお店の人も制服や所作もぜんぶカッコよかった。

窓ガラスが大きく取られた店内は、ビル同士で反射する光りがまぶしい。

日差しを避けて少し奥のソファー席に私たちが、その向かいにリエーフが座った。


「ここ、アリサさんに一回連れてきてもらったことある」


その時に同じものを頼んだと、友人は私の買った飲み物を指差した。
見た目よりは甘すぎないキャラメル味、クリームがたっぷりだけど、ストローで上手く吸い込めない。

高い天井には、大きな羽根がゆっくりと回っている。


「なっちゃんとアリサさん、仲いいんだね」

「いいというか、アリサさんが優しい」


リエーフが友人の言葉に嬉しそうに頷き、友人はコーヒーをテーブルに戻して言った。


「でも意外だったな、リエーフもアリサさんと同じくらいセンスいいね。ね?」

「たしかに」


こう言っては難だけどリエーフは男の子で、アリサさんのメモがあったとしても道案内くらいかと思っていたら、けっこう、というかかなり的確にファッションアドバイスをくれた。

服の色合わせもそうだし、組み合わせ方も、そういう合わせ方があるんだって気づかせてくれる。
の雰囲気はこうだから、とか、持っている服と合わせるなら、だとか、友人も一緒に感心していた。


「どう見られたいか気にするの、男も女も関係ないだろ」


そう発言するリエーフは、生まれも育ちも日本だって言っていたのに、カフェの内装と相まって海外のモデルさんみたく映った。

もしかすると、傍から見れば恵まれた容姿だからこそ“どう見られるか”を本人は意識してきたのかもしれない。
キャーキャー言われたいのもそのため……、は、考えすぎか。考えすぎだな。
ストローを銜えた。

リエーフが肘をついて身を乗り出した。


「で、はどんなやつとデートするんだ?」


ふっ と吸い込むはずのストローに息を吹き込んでしまう。

上手いこと逃げていたはずが、相手はしっかりこの話題を覚えていたらしい。

蓋に中のクリームがくっついてしまったのを眺めながら、どう答えたものかと思案する。

黙る私にリエーフがとなりに視線を移した。


「千奈津は知ってるんだろ、そいつのこと」

「そりゃね」

「どんなやつ?」


屈託のないリエーフの問いかけ。

別にからかい目的で聞いているわけじゃないことはわかるけど、日向くんのことはどんな話題よりも特別だった。

こちらの心境が分かってか、さすがの友人も質問に答えずにマグカップに口をつけた。


に聞いて、ひな……T君のことは。今のはごめん」


この『ごめん』は、“日向”と言いかけたことに関する謝罪だ。
さすがに名前は出さないでという念が伝わったらしい。


「T君って、そいつがのデートする人?」

「まあ、……そんなところ。ねえ、が話しなよ、下手なこと私も言えないし」


友人がひじで小突いてくる。

真剣にアドバイスしてくれる人にいつまでも伏せておくのはアンフェアだと自分でも思う。

かといって、何を伝えれば服のアドバイスになるんだろう。性格?


「性格もだし、何が好きだとかわかれば、好みがわかる」

「バレー」

「へ?」

「T君はバレーが好き」


答えながら、なぜかいつか見た、トスを追いかける日向くんの横顔が浮かぶ。


「バレーに、すごく一途な人」


私に、じゃなくて。

心の中で付け加え、溶けあわないクリームと液体をくるくると混ぜ合わせようとした。



next.