ハニーチ



あなたのとなり、きみの背中

12






は、バレー好きなところがスキなのか!」


リエーフの思わぬ返しにストローを動かす指が止まる。
向かいに座る彼はにっこりと微笑んだ。


「やっぱり俺もバレーする! モテそうだっ」


まるで好機を逃さないスパイカーのごとく、リエーフが腕をブンと振り下ろした。

もちろんコートの中でもなくボールもないので、長い腕により店内の空気が切られるだけだった。
隣で、何事もないように友人がマグカップに口をつけている。


「ねえ」


思わず友人に声をかけてみたものの、言葉がうまく続かない。

手元の甘い飲み物を少し飲んでから言った。


「わ、私、……Tくんの、バレー好きなところがすきなのかな?」

「それ、聞くこと?」

「だ、よねぇ」


自分の気持ちなのに、動揺してつい聞いてしまった。


「違わないだろ?」

「リエーフは……、なんでそう思うの」

「なんでって、千奈津もわかるよな?」

「まあ」


友人たちが目配せし、頷きあう。


「ばっバレーが好きなところだけ、すきになったわけじゃ」


むしろバレーがなくたって好きになっているはず。いや、それはわかんないけど。
日向くんとの色んな思い出があふれてきて、好きだなと思った瞬間がたくさん浮かんでくる。


「じゃあ、どこが好きなんだ?」

「どっどこがって、どこっていうか……」

、そのままだとこぼす」

「!」


知らぬ間にストローでぐるぐる高速で飲み物をかき混ぜていた。
お店の人から受け取った時のメニュー写真そのまま、“おしゃれ”って感じの見た目は消え失せている。
……その分、クリームが溶けあってまろやかな口当たりになった。おいしい。


、本当に好きなんだな」


リエーフは揶揄っているわけじゃなく、好ましい表情で口端を上げた。

答えなんてどこにもないのに店内をぐるり、視線だけで一周する。

窓ガラスの向こう、ビルに映る太陽がまぶしい。

観念して小さく肯定する。


「……だから、ちょっとでも可愛くなりたいって思うよ」


今よりもっと、これまでより少しでもいい。
好きになってもらいたい。
かわいいって思ってもらいたい。……他でもない、日向くんに。

よし。


、どしたん」

「なんか、やる気が出てきた」

「おぉー!」

「だからって一気飲みしなくても。たぶん」

「ぐっ」

「キーンって来る」

「きた……!」


そんなやり取りをしたのち、再びデート服を求めて立ち上がった。













「言うほど買わなかったね」

「そこまでおこづかいもないし!」


結局、いろんなお店を回り、二人のアドバイスを参考に悩みに悩んで、着回ししやすそうな服を手に入れた。

そのあと、リエーフの案内で色々見て回ったのち、日も沈んできたところで友人の家に戻った。
リエーフは用事があるそうで、途中で分かれた。


、がんばれ!』


別れ際、リエーフがぐんと近づいた時のことがよぎる。

邪魔にならないよう、駅の隅っこで話している時だった。


『こうすると、男でもぜったい意識する!』


すぐ横に手を付かれ、逃げ場を消されたみたく、真ん前に彼が立ちはだかる。
見下ろされて視界に飛び込んでくるのは、リエーフだけだった。


「……壁ドンってさ」

「あー、さっきのリエーフの?」

「そう」


友人の部屋にて、夕ご飯前だっていうのに、帰り際に買い込んだポテトチップスをつまみながら続けた。

まるで漫画みたいなワンシーンだった。


「好きな人にされないと、ときめかないんだね」


パリッ。

塩気のきいた薄菓子を噛みしめて、ぼんやりとリエーフに教えてもらった“意識させる”やり方を思い起こす。

それがもし日向くんにされていたら……


「ゲームだとときめくのにね」

「だ、だねッ、……なに、なっちゃん」

「日向にされたらって想像した?」

「しっしてない、全っ然してない!」

「じゃあ、してみたら?」

「なんで! しないよ」

「もうされた?」

「からかわないで!」


もし、日向くんにしたら。

もし、日向くんにされたら。


そんな想像がちらついて、一生懸命選んだ洋服の紙袋がなんだか特別にみえた。










今日も楽しく夜を過ごし、それぞれお風呂に入って布団をかぶった。

今夜はゲームはしないでおこうと早々に電気も消した。



、もう明日帰るんだね」


あっという間だ。


友人の言葉に頷き、何度も確認した明日乗るべき新幹線の時間を思い出す。

夕方の切符だけど、早めに駅に向かうように決めていた。


「明日、なにしたい?」

「そういえばちゃんと決めてなかったね」


ある意味目玉?だった東京観光は、リエーフのおかげもあって今日満喫できたから、特別行きたいところはない。
しいて言うなら、ガイドブックに付箋をつけてみたところに行ってもいいかな、というくらいだ。


「そういうなっちゃんは行きたいところある?」

「私はこっちに住んでるんだし」

「そうだけどさ、住んでるとかえって行かないって言うし」


でも、そっか。

受験のために、事前に試験をうける学校をぜんぶ回ったって聞いたし、それくらい準備する親がいるなら、東京めぐりも家族でするだろう。


「ごめん、自分で決めるね」


どこがいいかな。

東京タワーかな。浅草もいいし、今日回った都内だってもう一回行ってみてもいい。
リエーフがいたのも楽しかったけど、女子二人で回るのも悪くない。


「ねえ、どう思う? 聞いてる?」


返事がない。


「なっちゃん?」


いつまでも何も言ってくれないのが気になって起き上がる。

電気をつけた。

暗闇に慣れた目がしぱしぱする。

友人は布団を頭からかぶっていた。

ぽん、ぽんと、その布団をやさしく叩いた。


「なっちゃーん」


返事がやっぱりない。

のに、なんでだか、相手のことがわかる時がある。

それくらい私たちは時間を重ねてきた。





「なっちゃん、ティッシュいる?」



「……、……いる」



「待っててね」





数枚ティッシュを差し出して、友人が受け取って、鼻をすすったのがわかる。


しばらくして、布団から彼女も起き上がった。



「なっちゃん、おはよ」

「……まだ夜だけど」

「知ってる」

、あのさあ」

「なに?」

「さみしいーーーーー」


思わず笑ってしまった。いや、笑い事じゃないんだけど、でも、笑うしかない。

だって、帰るしかない。

私たちはそれぞれ帰る場所が違うから。

いまこうしてられるのも、明日まで。

そんなの最初からわかってる。


でも、寂しいんだ。楽しいから寂しい。

明日を話すだけでワクワクするのに、ぐっと胸がいっぱいになるのは、心躍る感覚だけじゃない。


「なんで帰んの」

「家がここじゃないからです」

「こっち来なよ、リエーフいるよ」

「いても、ちょっと」

「明日リエーフに言う」

「傷つくかもだからやめて」

「だよね……」


不毛なやり取りを繰り返したのち、はあ、と何の意味なくお互いに深呼吸した。


「ねえ、寝るのやめない?」

、何言ってんの」

「一緒にいられるのも24時間ないんだし。ほら、徹夜とかさ!」


昨日も遅かったのにって友人はぶつぶつ言ったけど、渋々、というよりは、どこかうれしそうにしょうがないと座り直していた。


「でも、、なにすんの?」

「それは何にも考えてない」

「だと思った」


友人が笑って立ち上がり、クローゼットへと近づき、取っ手を引いた。

内側には色んな服がかかっている。

その中にある洋服棚の引き出しの一つを取り出す。

さすがに重そうで手伝うと、売り物みたくきちんとたたまれた服が詰まっていた。

その引き出しをそっと床に置く。


「なにこれ」

「アリサさんからもらった服」

「あぁー」


今日も服選びをした時に、アリサさんがいたら手持ちの服を譲ってくれたかも、なんて聞いていた。


「でも、なんで今」

「急に思い出したの、可愛すぎて私には着れなそうな服。これとかさ」

「おぉーっ」


フリルが付いた花柄のトップス。

かわいい。胸元のリボンもいい。


「え、自分で着なよ」

「私は無理、アリサさんにも言ったんだけど、いつか着る機会もあるって」

「そんなのもらえないよ……!」


今付き合ってる人がいないにしても、これから行く高校で出会うかもわからない。


「そんときは新しく買うし」

「ぜったいこんなフリフリ買わないでしょ」

「買わないけど」

「いつかのために保存!!」


このままだとあれこれ服をプレゼントされそうなので、友人が取り出した服をすぐさま畳んで引き出しを戻した。

そうだ。

ふと今日の会話を思い出し、ひらめいた。


「私、明日、行きたい場所思いついた!」


それは想像するだけで冒険だった。



next.