「は、バレー好きなところがスキなのか!」
リエーフの思わぬ返しにストローを動かす指が止まる。
向かいに座る彼はにっこりと微笑んだ。
「やっぱり俺もバレーする! モテそうだっ」
まるで好機を逃さないスパイカーのごとく、リエーフが腕をブンと振り下ろした。
もちろんコートの中でもなくボールもないので、長い腕により店内の空気が切られるだけだった。
隣で、何事もないように友人がマグカップに口をつけている。
「ねえ」
思わず友人に声をかけてみたものの、言葉がうまく続かない。
手元の甘い飲み物を少し飲んでから言った。
「わ、私、……Tくんの、バレー好きなところがすきなのかな?」
「それ、聞くこと?」
「だ、よねぇ」
自分の気持ちなのに、動揺してつい聞いてしまった。
「違わないだろ?」
「リエーフは……、なんでそう思うの」
「なんでって、千奈津もわかるよな?」
「まあ」
友人たちが目配せし、頷きあう。
「ばっバレーが好きなところだけ、すきになったわけじゃ」
むしろバレーがなくたって好きになっているはず。いや、それはわかんないけど。
日向くんとの色んな思い出があふれてきて、好きだなと思った瞬間がたくさん浮かんでくる。
「じゃあ、どこが好きなんだ?」
「どっどこがって、どこっていうか……」
「、そのままだとこぼす」
「!」
知らぬ間にストローでぐるぐる高速で飲み物をかき混ぜていた。
お店の人から受け取った時のメニュー写真そのまま、“おしゃれ”って感じの見た目は消え失せている。
……その分、クリームが溶けあってまろやかな口当たりになった。おいしい。
「、本当に好きなんだな」
リエーフは揶揄っているわけじゃなく、好ましい表情で口端を上げた。
答えなんてどこにもないのに店内をぐるり、視線だけで一周する。
窓ガラスの向こう、ビルに映る太陽がまぶしい。
観念して小さく肯定する。
「……だから、ちょっとでも可愛くなりたいって思うよ」
今よりもっと、これまでより少しでもいい。
好きになってもらいたい。
かわいいって思ってもらいたい。……他でもない、日向くんに。
よし。
「、どしたん」
「なんか、やる気が出てきた」
「おぉー!」
「だからって一気飲みしなくても。たぶん」
「ぐっ」
「キーンって来る」
「きた……!」
そんなやり取りをしたのち、再びデート服を求めて立ち上がった。
「言うほど買わなかったね」
「そこまでおこづかいもないし!」
結局、いろんなお店を回り、二人のアドバイスを参考に悩みに悩んで、着回ししやすそうな服を手に入れた。
そのあと、リエーフの案内で色々見て回ったのち、日も沈んできたところで友人の家に戻った。
リエーフは用事があるそうで、途中で分かれた。
『、がんばれ!』
別れ際、リエーフがぐんと近づいた時のことがよぎる。
邪魔にならないよう、駅の隅っこで話している時だった。
『こうすると、男でもぜったい意識する!』
すぐ横に手を付かれ、逃げ場を消されたみたく、真ん前に彼が立ちはだかる。
見下ろされて視界に飛び込んでくるのは、リエーフだけだった。
「……壁ドンってさ」
「あー、さっきのリエーフの?」
「そう」
友人の部屋にて、夕ご飯前だっていうのに、帰り際に買い込んだポテトチップスをつまみながら続けた。
まるで漫画みたいなワンシーンだった。
「好きな人にされないと、ときめかないんだね」
パリッ。
塩気のきいた薄菓子を噛みしめて、ぼんやりとリエーフに教えてもらった“意識させる”やり方を思い起こす。
それがもし日向くんにされていたら……
「ゲームだとときめくのにね」
「だ、だねッ、……なに、なっちゃん」
「日向にされたらって想像した?」
「しっしてない、全っ然してない!」
「じゃあ、してみたら?」
「なんで! しないよ」
「もうされた?」
「からかわないで!」
もし、日向くんにしたら。
もし、日向くんにされたら。
そんな想像がちらついて、一生懸命選んだ洋服の紙袋がなんだか特別にみえた。
*
今日も楽しく夜を過ごし、それぞれお風呂に入って布団をかぶった。
今夜はゲームはしないでおこうと早々に電気も消した。
「、もう明日帰るんだね」
あっという間だ。
友人の言葉に頷き、何度も確認した明日乗るべき新幹線の時間を思い出す。
夕方の切符だけど、早めに駅に向かうように決めていた。
「明日、なにしたい?」
「そういえばちゃんと決めてなかったね」
ある意味目玉?だった東京観光は、リエーフのおかげもあって今日満喫できたから、特別行きたいところはない。
しいて言うなら、ガイドブックに付箋をつけてみたところに行ってもいいかな、というくらいだ。
「そういうなっちゃんは行きたいところある?」
「私はこっちに住んでるんだし」
「そうだけどさ、住んでるとかえって行かないって言うし」
でも、そっか。
受験のために、事前に試験をうける学校をぜんぶ回ったって聞いたし、それくらい準備する親がいるなら、東京めぐりも家族でするだろう。
「ごめん、自分で決めるね」
どこがいいかな。
東京タワーかな。浅草もいいし、今日回った都内だってもう一回行ってみてもいい。
リエーフがいたのも楽しかったけど、女子二人で回るのも悪くない。
「ねえ、どう思う? 聞いてる?」
返事がない。
「なっちゃん?」
いつまでも何も言ってくれないのが気になって起き上がる。
電気をつけた。
暗闇に慣れた目がしぱしぱする。
友人は布団を頭からかぶっていた。
ぽん、ぽんと、その布団をやさしく叩いた。
「なっちゃーん」
返事がやっぱりない。
のに、なんでだか、相手のことがわかる時がある。
それくらい私たちは時間を重ねてきた。
「なっちゃん、ティッシュいる?」
「……、……いる」
「待っててね」
数枚ティッシュを差し出して、友人が受け取って、鼻をすすったのがわかる。
しばらくして、布団から彼女も起き上がった。
「なっちゃん、おはよ」
「……まだ夜だけど」
「知ってる」
「、あのさあ」
「なに?」
「さみしいーーーーー」
思わず笑ってしまった。いや、笑い事じゃないんだけど、でも、笑うしかない。
だって、帰るしかない。
私たちはそれぞれ帰る場所が違うから。
いまこうしてられるのも、明日まで。
そんなの最初からわかってる。
でも、寂しいんだ。楽しいから寂しい。
明日を話すだけでワクワクするのに、ぐっと胸がいっぱいになるのは、心躍る感覚だけじゃない。
「なんで帰んの」
「家がここじゃないからです」
「こっち来なよ、リエーフいるよ」
「いても、ちょっと」
「明日リエーフに言う」
「傷つくかもだからやめて」
「だよね……」
不毛なやり取りを繰り返したのち、はあ、と何の意味なくお互いに深呼吸した。
「ねえ、寝るのやめない?」
「、何言ってんの」
「一緒にいられるのも24時間ないんだし。ほら、徹夜とかさ!」
昨日も遅かったのにって友人はぶつぶつ言ったけど、渋々、というよりは、どこかうれしそうにしょうがないと座り直していた。
「でも、、なにすんの?」
「それは何にも考えてない」
「だと思った」
友人が笑って立ち上がり、クローゼットへと近づき、取っ手を引いた。
内側には色んな服がかかっている。
その中にある洋服棚の引き出しの一つを取り出す。
さすがに重そうで手伝うと、売り物みたくきちんとたたまれた服が詰まっていた。
その引き出しをそっと床に置く。
「なにこれ」
「アリサさんからもらった服」
「あぁー」
今日も服選びをした時に、アリサさんがいたら手持ちの服を譲ってくれたかも、なんて聞いていた。
「でも、なんで今」
「急に思い出したの、可愛すぎて私には着れなそうな服。これとかさ」
「おぉーっ」
フリルが付いた花柄のトップス。
かわいい。胸元のリボンもいい。
「え、自分で着なよ」
「私は無理、アリサさんにも言ったんだけど、いつか着る機会もあるって」
「そんなのもらえないよ……!」
今付き合ってる人がいないにしても、これから行く高校で出会うかもわからない。
「そんときは新しく買うし」
「ぜったいこんなフリフリ買わないでしょ」
「買わないけど」
「いつかのために保存!!」
このままだとあれこれ服をプレゼントされそうなので、友人が取り出した服をすぐさま畳んで引き出しを戻した。
そうだ。
ふと今日の会話を思い出し、ひらめいた。
「私、明日、行きたい場所思いついた!」
それは想像するだけで冒険だった。
next.