「なっちゃん、ほら、早く!」
翌朝、朝ごはんと身支度を済ませて外に飛び出し、空を見上げれば快晴だ。
腕をぐーーんと突き上げると気分もいい。
「さ」
伸ばした腕は友人に捕まれ、下げさせられた。
「日向がうつったんじゃない?」
「……どういう意味?」
「行動が意味不明」
「どういう意味!?」
友人は私を一瞥したのち、歩き出した。
小走りで追いついた。
「日向くんはべつに……、行動、意味わかんなくないよ」
昨日はリエーフがいたから“Tくん”と呼び変えていたけど、今日は気にせずそのまま続けた。
赤信号で足止めを喰らうと、友達が腕を組んでこっちを見る。
「じゃあ、が日向の影響でおかしくなった」
「どの辺が?」
抗議するようにわざと表情を作ってみせると、友人が私のかぶる帽子に手を伸ばした。
「だっておかしいじゃん、こんな格好してまで、私の学校行こうなんて」
そう口で言いつつ、友人は『これでよし』と帽子の角度を整えてくれた。
信号が変わるや否や自転車が私たちの横を通り過ぎる。
遅れて私たちも横断歩道を歩き出した。
春からこの道を毎日歩くんだろう。通学路として、時にリエーフと並んだりもして。
となりを横目でちらりと確認し、少しだけ距離を縮めて元気よく告げた。
「この道、いいねっ」
「なんで?」
「あっちにもそっちにもコンビニがある」
友人が小さく噴き出し、どこにでもあるって返す。
また進んで変わった景色の中に、これからの学校生活が楽しくなるようなものを見出す。
実際、可愛らしいアイスクリーム屋さんを見かけたのは収穫だと思う。
「ほら、学校帰りに寄れるよ! そうだっ、私たちもこのあと寄ってこ!」
「、さっきお母さんに言ったの忘れた? 昼は家で食べるって」
「覚えてるけど、アイスは別っ」
アイスを食べないなんてありえない。
そんな風に返事をして、これまでと同じようにテンポよく会話をしていると、今日の目的地に到着した。
都立音駒高等学校。
烏野と違って山の上にある訳じゃないから、毎日通学するのも楽そうだ。
「なっちゃん、よかったね。万一、忘れ物してもダッシュで取りに戻れそう」
「そういう状況になりたくないけど。てかさ」
校門を通り抜けるべく足を進める私の肩に、友人が手を置いた。
「、ホントーーーに行くの?」
「いまさら聞く?」
その場でくるりと一周して見せる。
「わざわざ着替えたのに」
音駒高校のジャージ姿に、野球帽。
これもご近所さんから友人がもらい受けたもので、旧デザインだけど、先輩から譲ってもらったり制服のリサイクル?で手に入れた人はふつうに着ているそうだ。
友人は春かられっきとした音駒生なので、新しいデザインの制服に袖を通している。
他校の私は、正体も隠せそうな男子野球部の帽子を借りて髪もごまかした。
こうやって並んでいると音駒に通う学生カップルにみえなくもない、気がする。
「なっちゃんが男装もありって言ってたじゃん」
「言ったけどさ」
まあ、それを言い出したのはリエーフと夕飯を食べた時だから、今と状況は全然違うのは承知の上だけど、学校の前まで来ておいて引き返すつもりはない。
なにより、こういうのって勢いだと思う。
友人の腕を取る。
「ほらっ、行ってみよ! 誰かに見つかっても問題になるのは私だけだしっ」
「が捕まったら私も困るんだけど」
「いいからいいからっ」
おもむくままに入り込んだ学校は、春休み真っただ中で人がいなかった。
こういう時の雰囲気?空気感?は、どこの学校も同じみたい。
前に北一に入った時のことを思い出した(あの時は飛雄くんに付いて行ったっけ)
「」
「あ、ごめん」
「そうじゃなくて」
腕を掴んでいるのが痛いのかと思ったけど、そうじゃなかったらしい。
友人はスカートの乱れを直して一息ついた。
「どうしたの?」
「入ったからには色々見て回ろうと思って」
「おぉー」
「案内する。なに見たい?」
「えっ」
特に何も。
そんな顔をしてしまったらしい。
友人は察して笑い、まずは購買に付き合ってと歩き出した。
すぐ背中に追いつき話しかける。
「購買の場所、わかるの?」
「一昨日の説明会に来た時にね」
「あぁ」
そういえば私を迎えに来てくれた時、学校の説明会って言ってたっけ。
見知らぬ場所にドキドキしながら友人についていくと、やっぱり知らない昇降口に辿り着き、友人は上履きで、私はまあいっかと外履きだけ脱いで後に付いて行った。
楽器の演奏がどこからか聞こえてくる。
この曲、なんだっけ。
「ー」
「行くっ」
薄暗い廊下を通り抜けた先、『購買』と書かれた札がかかる入り口があった。
二人組の女子生徒たちが話しながら出ていった。
「ちょっと行ってくるね」
「ん!」
友人が小走りに中に入っていく。
ちらりと覗くと、奥に文房具類が売られていて、その手前はガラスケースのなかに3種類だけのパンが売られている。
バニララスク、チョコラスク、あと一個、なんだろう。
「先に行っててくれっ。
悪い!」
どこからかやってきた男子が私にぶつかるすれすれで通り過ぎていった。
やわらかな髪の色、赤いジャージ姿。
ふと振り返ると、多分その人と一緒にいた男の人と目が合った。
にこり、穏やかな笑顔を返され、思わず会釈してしまう。
「はい、ジャムパンねー」
購買の人が、男の子の指差しに頷いて、ガラスケースから一つ、パンの小袋を取り出していた。
「、ただいまっ、どした?」
「あ、いや」
やさしそうな坊主頭の人はもう行ってしまった。
背の高さから推理するに、バスケ部かな。
気を取られている内に、さっき来た男の子はジャムパン片手に購買を出ていった。
「なに、あの人、なんかあんの?」
「そうじゃなくて」
二人の身長差、結構あったなあ、ぐらいの感想はあるけど、それ以上もない。
「なっちゃんは何買ったの?」
「原稿用紙、指定されててさ」
「あっ」
「烏野も宿題出てる?」
「あった気がする……、のを今思い出した」
ついでにいえば、英語もワークがいくつか出ていたはずだ。
遊んでいる最中に気づきたくない情報である。
「もここで原稿用紙買ってったら?」
友達がからかうように帽子のつばの下を覗き込むから、買わないよとわざとすごんでみせた。
友人の手元にある原稿用紙には、学校のマークが入っている。
音駒高校のシンボル。
「じゃ、、見学してこっ」
「やる気出た感じ?」
「4月からの予習のつもりで行く!」
昨日の夜と違い、カラッと晴れた日の光のように明るくなった友人の後に続き、廊下を歩き出した。
校舎のなかは構造の違いはあれど、雰囲気自体はどこも同じかもしれない。
それぞれの教室を上から順に見てみたけど、音楽室だったり、美術室の場所がここなんだっていう気づきがあるくらいで、やっぱり“学校”だった。
後は周囲の環境だろうか。
烏野と違って、やっぱり都会にある。
一番上の階から外を見渡すと、たくさんの住宅街が続いていた。
視線を下げると、体育館がみえる。
「やっぱりはバレーなわけね」
「え? バレー?」
友人が指さした先に、私も見た体育館があり、その窓の向こうにはネットがみえた。
ときどき、選手の姿が見える。
ボールだ。
バレーボール。
「ちょっと覗いていく?」
「え?」
「ほら、ライバルになるかもしれないし」
ライバル?
って言ったって、東京の学校と烏野が当たるとしたら、全国大会に勝ち進む必要がある。
それも、片方じゃなくてどっちも。
買った雑誌に特集されていた東京の代表校は音駒じゃない。
「なっちゃん、東京はさ」
「ほら、烏野とウチで試合してくれたら、私たち会えるじゃん」
そんな理由で、すごくかんたんに言えてしまうのが、なんだか羨ましい。
友人をじっと見つめて尋ねた。
「ねえ、音駒ってバレー部強いの?」
「そういうの詳しいのでしょ?」
「あのねえ」
「ほら、くん、行ってみよ!」
友人が楽しそうに野球帽をかぶる私に呼びかけるから、笑って体育館を目指した。
next.