なにしてるって、言われても……
「これは、なんというか」
研磨さんに支えられた、不可思議なこの状況。
「、まず立って」
「はい」
その通りだなと体勢を整え、植木から起き上がり、自分の足でしっかりと立った。
研磨さんも草陰から出てくる。
片手でちらり、たぶんスマートフォン(とゲームの続き)の無事を確認していた。
「ありがとうございました、研磨さん。
……重かったですよね?」
「まあ…」
「スミマセン!!」
「二人、知り合いか?」
「!!」
さっきの、すごい頭の人。
頭のてっぺんが金髪、側面?が黒髪のツートーンカラーの男子。
すっかり忘れていたけど、猛ダッシュで叫びながら近づいてきたこの人こそ、転びかけた原因だ。
研磨さんと同じ赤いジャージをみるにバレー部だろうけど、見かけがもう怖い。
つい研磨さんの後ろに隠れてしまった。
すごい頭の人が、研磨さんと私を交互に見やる。
「研磨、友達だからかばって、みてないって言ったんだろ」
ぎろり、敵対心を向けられる。
帽子のつばを握って上手いこと顔をそらす。
でも、何の話だろう。
研磨さんからも気にかけられているのを感じるけど、ここで、状況説明できるはずもない。
友達と一緒に学校見学に来ました、まではいい。
なんでこんな格好しているか、……ついノリで、なんて理由をはずかしくて答えられない。
「聞いてんのか? 野球部」
「!」
「ちょっと、虎」
研磨さんを挟んで、“虎”さんと私の距離が縮まる。
表情は見えないけど、研磨さんはぜったい迷惑そうにしているはずだ。
なんとか距離を置いてくれたけど、敵対モードを解かない相手は腕を組み、私をにらんでいた。
「いくらレギュラー落ちしたからといって、練習サボるとはどういうことだ」
「……?」
「レギュラー落ちってなに…」
さっぱり意味の分からない私。
研磨さんも同じのようで、ぼそぼそとしたしゃべり口調で“虎”さんに尋ねた。
“虎”さんいわく、野球部の人たちは他校と練習試合らしい。
残っている生徒はグラウンドにいないから走り込みに行っているはずで、それなのに野球帽をかぶる私が学校のいるのはサボりのはず、だそうだ。
「研磨と同じでなっ」
「おれはべつに…」
「なら、なんでこんなところにいるんだ、サボり以外ないだろ」
「休憩だよ…、クロに言われて約束通り、練習ぜんぶ出てる」
「片付けをやろうってときに」
「ボールは全部戻したよ。監督が来るまでには「待った、どこいく、野球部」
ば、バレた。
二人が会話する内に姿を消そうとしたが、失敗に終わった。
すごい頭の人が進み出て来る、のに合わせて後ずさる。
研磨さんは助けようとしてくれたのか、“虎”さんの腕をつかんだけど、すぐ振り払われていた。
長くため息をつき、研磨さんが続けた。
「放っておいたら…」
「いーやっ、俺はこういう浮ついたやつが気に食わないんだ。
おい、名前は? 覚えておく」
なんで名前?
じりじりと迫ってくる相手、かといって走っても追いつかれそうだ。
一歩近づかれ、また一歩下がる。
どうせ捕まるなら、と駆けだした瞬間、すぐにギュッと腕を掴まれた。痛いくらいだ。
見かけ通り、この人はとても力強かった。
観念して、私は野球部じゃありませんって白状しようとした時だ。
「そうか、“田中”っていうのか。よし、俺は山本だ」
「……?」
「別に今すぐ勝負しようっていうんじゃない。部活対抗でも、クラスでも、春になればまたチャンスはある」
田中って……、え、誰だろ。
混乱する私をよそに、“虎”さん、こと山本さんは私の腕を放し、改めて手を握ってブンブンと振った。
研磨さんに何してるか聞かれると、まずは挨拶だと正々堂々とした雰囲気で山本さんは答えた。
そのとき、気づいた。
着ているジャージの袖に名前が刺繍されている。
この旧ジャージの持ち主、“田中”さんらしい。
今年、卒業したであろうその人のおかげで、ひとまずと名乗らずに済んだ。
「おーいっ、早く来ーい」
体育館の入り口の方だろう。
誰かが呼びかけている。
同じ赤い色が分かるから、バレー部の人だ。
山本さんがすぐに行くと答える。
校舎の方からは、たぶんコーチだろう。大人の姿が一人、それと、もう一人。小柄な男性がいた。
研磨さんが何か言いたげに私を見たけど、山本さんがいるからか、何も言わなかった。
私は帽子を深くかぶった。
「研磨、戻るぞ。じゃあ、田中、次に会ったときは勝負だ」
勝負ってなに!?
困惑しつつも、この場を収めるべく首を縦に振る。
山本さんも納得したのか、体育館へと歩き出していく。
研磨さんはまだ動かなかったけど、しばらくして同じく身体の向きを変えた。
研磨さん、また迷惑かけてごめんなさい……
心の中で謝り、はあ、と息をついた時だった。
「おい」
「!!? あっ」
間近な声にびっくりした。
帽子のつばに何か大きな影がくっついていたのも、迫ってきた男の人の手のひらにも驚いた。
理由はいくらでも挙げられる。
ともかく、ぜんぶ、振り払おうとした。
それが大げさすぎた。力をこめすぎた。
私の腕は、正体を隠す帽子を巻き込んで、近くにいた山本さんの手首に当たった。
その衝撃は強かった。
野球帽はすっとんで空に舞い上がり、落ちた。
ぶつかった手首がジンジンと痛む。
上手いこと隠した髪はすっかり“私らしく”元通りだ。
つまり、男子部員には見えない。
「……」
「……」
固まる山本さん。
足元に落ちた野球帽。
山本さんが、地面にある帽子と私を確認する。
次いで、私は山本さんの手元を見た。
大きな葉っぱが握られている。
山本さんは、きっとそれに気づいて声をかけてくれたんだろう。
研磨さんに支えてもらった茂みには、同じような葉っぱがいっぱいあった。
「……しっ、親切にありがとうございました! あの、助かりましたっ」
声をかけても山本さんは動かない。
事情をきかれる前にこの場を去ることにする。
すばやく地面の上の帽子を拾い上げた。
「じゃあっ、部活がんばってください! 私はこれで!!」
山本さんはそれでも微動だにしなかった。
研磨さんはあきれた様子でこっちを見ていた、ような気がする。
後はよろしくお願いしますの気持ちを込めて会釈した。
走った。
振り返らない、全力疾走。
今度は誰も引き留めることはなかった。
***
「ねえ… ちょっと」
野球部、ではなくが立ち去った後。
孤爪研磨が近づいたところで、やっぱり山本猛虎は動かなかった。
「おい、何回呼べば来る」
いつまでも呼びかけに応じない二人の部員の元にやってきた黒尾鉄朗は、若干の苛立ちを含んだ声で話しかけた。
「監督が来たって言ってんダロ、なにやって「あとよろしく…」
「?なにが」
「い、いま!!」
「!?」
研磨が先に体育館に向かい、突っ立ったままと思われた山本がようやく動き出した。
「みみみ見ましたか!?」
「な……なにを」
「野球部、その、田中がっ! 実は、あの、女子で」
「はあっ?」
黒尾は状況を理解できず、その要因となった野球部を目で探したけど、もうその姿は消え去っていた。
*
「今の……」
「はい? あぁ、そこの3人ならすぐ来ますよ」
「いや……」
音駒高校バレー部監督こと猫又は、コーチの反応に対して口を閉ざした。
自身も、己の感覚をどう伝えればよいかわからなかった。
扉の開かれた体育館。
その横を向けば、同じジャージ姿の高校生3人、その先に、もう一人いたのを彼は記憶していた。
心に引っかかるのは、相手が先ほど下駄箱で遭遇した生徒だからか。
妙に印象深い。
大したつながりがある訳でもない。
壁に手を付いた時、自分が転んだと勘違いして飛び出してきた高校生。
きっと手を貸そうとしてくれたのだろう。
その優しさに自分もお礼を口にし、相手もその場から急いで走り去った。
それだけだ。
それだけ、なのに。
「どうしました?」
「……、行こう」
第六感、ともいうべきか。
なぜかざわつく感覚がある。
何か始まるというのなら、この春、この先、その未来、きっとまたあの子にも出会うのだろう。
踏み入れたその場所は、遠き昔と重なる若さが集っている。
***
next.