「なっちゃん、笑いすぎじゃない?」
音駒高校を後にした私たち二人。
やってきたのは、来る途中に目をつけていたアイスクリーム屋さんだ。
フランス・パリをイメージしているらしい店内は広くないけど、おしゃれなテーブル席がいくつかある。
友人は音駒の制服、私はジャージと、パッと見、先生に寄り道禁止!と怒られそうだけど、奥に座ればいいよねってことで、テラス側をさけて座った。
お互いアイス片手に、一緒にいなかった間の出来事を話す。
私は、この野球帽が外れた経緯をかんたんに説明したけど、向かいにいる友人のツボにハマったらしく、ひどく笑われた。
他にお客さんはいないし、お店の人も学生には慣れているみたいで、もう奥に引っ込んでいるから、多少の大声は問題ない、けど……
笑ってばかりの彼女は、あたたかな店内のせいで溶けてきたクリームが指先まで迫っていることに気づいてない。
ナプキンを差し出すと、やっぱり半笑いで友人はそれを受け取った。
「もー、笑ってないで早く食べなよ」
「食べるけどさ、その“山本”さんはのこと、いや“田中”さんのことどう思ったんだろ」
『田中』とは、私が今着ている旧ジャージに刺繍された名前である。
そのせいで、山本さんのなかでは私=田中さんとなっているはずだ。
「わかんない、ちっとも反応なかったし……」
野球部、野球部って呼ばれていたことを鑑みるに、私のことを同じ男子だと思っていたのは間違いない。
だからこそ、帽子が外れたとき、山本さんは思考停止になるほど固まった訳で。
「、どした?」
「……ぜったい変な人だって思われた」
しかも、研磨さんにも見られた。
去り際の表情、何この人って引かれた気がする。
ただでさえ、スマホのことで迷惑かけたのに、せっかくの再会がこんな形になるなんてついてない。
テーブルに突っ伏すほど人が嘆いているというのに、友人は笑いを噛みしめながらワッフルコーンをかじった。
「なっちゃん、他人事のつもりかもしれないけどさ」
「まあ、他人事だしね」
「このジャージ、春から着るのなっちゃんだからね」
魔法にでもかかったみたく、友人が一瞬動きを止めた。
「“田中”さん、後よろしく」
からかうように告げると、他人事じゃないと認識した彼女は眉を寄せ、残りのコーンを食べきる頃にはいつも通りに戻っていた(たぶん、おいしかったんだろう)
アイス欲は満たされたので、帰り支度をはじめる。
変装する必要もなくなり、脇に置いていた野球帽を友人にかぶせてみた。
今の行動、二人でやったゲームのキャラもやってたな。
そう思ったところ、相手からも同じ感想が聞けたので、顔を見合わせて笑った。
お店の外は、すっかり太陽が高くなっている。
昼前、もっとも太陽が昇る時刻。
「そういえばさ、そっちはどうだったの?
えーっと、犬くん?」
隣を歩く友人に『犬岡くんね』と正される。
購買のあと出くわした、同じ学年の男の子。
“ねこま”高校の“いぬおか”くん、か。
「音駒でいいのかな、犬岡くんは」
「なにが?」
「ネコじゃん、猫の学校なのに犬の人が通うことに」
「、やっぱり日向が移ってる」
「え?」
「IQが下がってる」
「IQが!?」
ちょっと気になっただけなのに辛辣な。
そう思いつつ、すっかりこれまで通りの友に安心もした。
行きも引っかかった信号機の前に立ち止まる。
友人がポツリと呟いた。
「犬岡くんは、私が助けた人の友達ってだけだから」
研磨さんや山本さんたちとゴタゴタする前、気を利かせて二人きりにしたつもりだけど、その『犬岡くん』は運命の相手ではなかったらしい。
なんでも友人が音駒の入試の時に“ちょっとした手助け”をしてあげた人がいるそうで、その人の友達が犬岡くんだとか。
「“ちょっとした手助け”って、なっちゃん言うけど、受験の日に受験票失くすってけっこう大きいよ」
「まあ……、私は父にシミュレーションさせられてたから」
「父、すごいね」
「無駄に役立ったわ」
友人曰く、その人は頭がまっさらになっていたそうで(そりゃそうだ)、落ちついて受験できるよう取り計らっただけだから、お礼を言われるようなことはない、と。
連絡先を聞かれた友人は、犬岡くんにもそう答えたそうだ。
どうしても、というなら同じ学校なんだし、春にも会えるチャンスはある。
「大げさなんだよ、どっちも」
「でも、改めてお礼言いたいくらい感謝してるってことだし、犬岡くんも友達の力になろうとして声かけてきたんでしょ?」
助けてあげたその人も、その友達である犬岡くんも、すごくいい人だ。
ロマンチックな展開じゃなかったのは残念だけど。
「いい高校生活になりそうだねっ」
青信号。
一歩、また一歩、白線の上を選んで歩いていく。
友といっしょに並んで歩く道。
「まあね」
すました返事。
と思ったけど、続く言葉に笑った。
「山本さんも気になるし」
「そっち? あ、研磨さんは?」
「研磨さんも。どっちも金髪ってのが怖いけど」
「いい人だよ、研磨さんは」
「山本さんは?」
「知らない……、けど見た目は怖い」
「、基本、警戒心強いよね」
「そ、そんなつもりないけど」
「男子苦手だって、中1のとき、言ってたよ」
どんな風に話したかは思い出せないけど、そんな自分がいたとしても不思議じゃない。
実際、得意ではなかった。
中学に上がる時だって、どんなクラスになるだろうってワクワク感だけを抱いていた訳じゃない。
今の自分はどうだろう。
となりにいる友と離れ、新しい学校でやっていけるんだろうか。
不安がないと言ったらウソだけど、もうわかっていることはある。
「人って変われるよね」
それを成長と呼ぶんだろうか。
街路樹がさわさわと風にあたり、日差しで緑が透けている。
とても綺麗で、気持ちがいい。
友人の住む建物が見えてくる。
「、ありがとね」
唐突に告げられた感謝の気持ち。
ぽん、て感じで、友人が私の腕に軽くふれた。
こっちを見ないのは、きっと照れている証拠だろう。
寂しいの……、ちょっとは和らいだんだろうか。
そうだと、いいな。
どういたしましての代わりに、4月が楽しみだねと明るく返した。
*
楽しい時間はあっという間に過ぎ去る。
お昼もいただいた後、荷物をまとめて、行きも使った駅に向かった。
目指すは新幹線のホーム。
乗車券は何度も確認したし、余裕を持っての出発だから、少しくらい電車が遅れても大丈夫。
「ありがとね、なっちゃん」
友人には最寄り駅でバイバイのつもりが、ぎりぎりまで見送ってくれることになった。
さすがに宮城までは無理だけど、なんて付け足されたけど、やっぱり少しでも一緒にいられるのは嬉しい。
電車を待ってるだけでも、一人より二人がいい。
「がさ」
「ん?」
「もし日向に泣かされるようなことがあったらさ」
いや、日向以外のこともそうだけど。
ごにょごにょと友人がつぶやいたとき、駅のホームに電車が来るというアナウンスが流れた。
「こっち、来ていいからね」
深夜バスでもなんでも使ってさ。
反対側のホームに、さきに電車が滑り込んでくる。
駅員さんが注意し、人がまたどっと下りてくる。乗り込む人もいる。
俯く友の姿。
声は小さかったけど、きちんと聞き取れた。
雑踏のなかでも届くよう、意識して言った。
「なっちゃんも、いつでも帰ってきていいからね」
こっち側のホームにも電車が見えてきた。
「うちに泊っていいし、東京イヤになったらこっちの高校通えばいいし。
どこにいたって味方だから」
なんて。
自分で言っといてくすぐったくなるの不思議だ。
照れくさくなったところに、タイミングよく?かはわからないけど、東京らしい車両がいくつも繋がった電車が、ぴたり、駅のホームの印に合わせて停まった。
この電車に乗れば、目的の駅まで一本だ。
すべて順調。
「乗ろっか」
「、それ、こっちの台詞だから」
早口言葉かと思うくらいすばやく口にすると、友人は私を置いて先に電車に乗り込んだ。
平日のこの時間、ぜんぜん人がいないんだから急がなくていいのに……、真意はわかっている。
ぽっかりと一人分、空けてある友の隣に収まった。
next.