烏野高校男子バレー部。
“バレー部のことは、俺に聞かない方がいい。
……ごめん”
従兄から受け取った荷物を小脇に抱え、次なる目的地に向かう。
道中、東峰先輩こと“旭さん”の言葉がよぎる。
体育館の様子を窺っていたのは明白で、だからこそ黒ジャージの人は私たちのやり取りに関わってきたんだろう。
マネージャーさんが他校の人に絡まれることも知っているなら、きっと私にしてくれたようにそばについてあげたりしたんじゃないかな。
そこまで繋がりがあるなら、
なんで、“俺に聞かない方がいい”って言うんだろう。
……旭さん、はじめこそ見かけで判断してしまったけど、あんなに優しいのに、バレー部のことはそんな風に……
考えても答えが出るはずもないのに、悶々とあれこれ想像する内に、しばらく来てなかったビルの前に辿り着いた。
ある意味、もはや懐かしい場所。
塾だ。
合格の連絡をして以来、もう縁がないと思っていたけど、本人が直接受け取りに来るように、という書類?プレゼント?のためにやってきた。
親が代わりに来てもいいんじゃ、という気もしつつ、足を進める。
建物自体はこれまでと同じだ。
いや、正確に言えば、今年の合格者数と学校名がずらりと新しくなっている。
この数字の1つが私だ。
今日でラスト、か。
卒業式と違って感慨深くはならず、講習や模試のためでもないので、軽やかに受付へ進んだ。
「すみません、合格者用の、「じゃないかっ!」
「はぁ……」
他人事のように受け答えしつつ、これまで同じ熱さの講師の先生に面食らう。
話が長いんだよなあ、この先生。
そう思っても、今日で最後と思えば付き合える。
「あのー、そろそろ受け取り……「そうだった、そうだった!! 待ってろ」
やっと本来のお願い事を思い出してくれ、先生は事務室の奥に移動していく。
話がやっぱり長かった。
こんなことなら、昨日の内に、先生が授業をしている時間帯に来ればよかった。
でも、日向くんと少しでも長くいられる方がずっといい。
小言も予想の範囲だったし。
「せっかく受かったのに行かないんだ、白鳥沢」
この、声。
「行かないなら、最初から受けなきゃいいのに」
この、嫌味な言い方。
「ー、おぉー、月島!」
まさかと思いつつも予想通りの人物が、今まさに私の隣に並んでいた。
身長差ゆえ、自然と見下ろされる。
いい気持ちはしないのは、身体的な差異のせいじゃなく、月島くんの嫌味を言いたげな表情のせいだと思う(少なくとも旭さんにはこんな気持ち一切わかなかった)
当の月島くんは私を鼻で笑った後、まったく興味なさそうに受付の方へ視線を向けた。
「合格者の、「と同じだな、待ってろ!」
講師の先生は、なぜか私に渡すべき書類を持ったまま、事務室の奥に行ってしまった。
ちょっと先生。
順番的に、私のことが終わってから、月島くんの用事に移るべきだと思うんですが。
「みんなの期待にがんばって応えたのに、さん、“第一志望”蹴ってどこ行くの」
先生の大きな、大きすぎる賞賛のおかげで、よりにもよって月島くんに私の合格結果を知られてしまった。
しかも、“第一志望”という言葉に含みを感じる。
どうせ、さん自身の第一希望じゃなくて、大人の要望に(イイコぶって)応えたんじゃないの。
そんなことを、言外に伝えられている気分だ。
忙しそうにしている事務室の人たちを眺めつつ、落ちついた声色を心がけて告げた。
「月島くん、私がどこ行くかそんなに気になるんだ。
いっしょの学校だといいね!」
にこり、と強く意識して笑顔を向ける。
ほんの少しだけど月島くんが動揺した、気もする。
間髪入れずに続けた。
「月島くんはどこの高校? 先生たちにもっと第一志望のレベル上げろって言われてたよね」
覚えておきたくもなかったけど、塾の先生が月島くんに特別コース受講を熱心に繰り返していたことは記憶にあった(なぜなら、自分が捕まらなくて助かったと思いつつ、その横を通り過ぎたから)
「月島も烏野だぞ」
思考が停止する。
つきしまも、からすのだぞ。
どういう意味だっけ。
戻ってきた講師の先生はにこやかに二人分の書類をカウンターにポン、と置いた。
「二人とも非常ーーーにもったいない! が、どこの学校行っても、本人のやる気次第だ。がんばれ!!」
先生は息つくように、やる気の圧を感じさせる応援を口にする。
「じゃあ、図書カードはここからな!」
書類、より、ある意味メインとなるプレゼント。
合格者には、塾特製オリジナルデザインの図書カードがもらえる。
金額も大きいし、学生としては好きな本が買えるから、これは素直にうれしい贈り物だ。
デザインは3種類。
県立博物館の展示物、県のお祭りのワンシーン、それと、塾のオリジナルキャラクターのもの。
先生いわく、塾のキャラクターが一番余ってるそうだ。
塾のテキストにもしょっちゅう出てきたから、塾生がわざわざ選ばないのは想像がつく。
「あ」
「……なに?」
つい、月島くんが手にした図書カードに反応してしまった。
本当に意味はない呟きだったから、ばつが悪くて肩をすくめる。
先生も図書カードに気づいた。
「もこの恐竜のがよかったか? まだあったか、在庫」
「いっいいです、その、これで!」
どうせ図書カードなんて使ってしまえばデザインなんて関係ない。
人気のないのもかわいそうなので、塾のキャラクターものを手にすると、先生はさして気にせず、受け取りのサインを私たちに促した。
「ツッキー! あ、さん!」
「山口くんっ、久しぶり!」
書類の説明も、成り行き上、仕方なく月島くんと並んで聞き、わざわざタイミングをずらすのも面倒で、仲よくいっしょに塾を後にすると、外には山口くんが立っていた。
きっと、月島くんを待っていたんだろう。
この二人、本当に仲がいい。
「久しぶり、さんもツッキーと同じ?」
「そう、山口くんは?」
「俺はこのあいだ受け取ったから。
あ、待ってよ、ツッキー!
じゃあね、さん」
月島くんは私とやりとりする山口くんに関心が一切ないようで、スタスタと先を歩いた。
その後ろを山口くんが追いかけ、隣に並ぶ。
二人とも、背高いなあ。
バレーのブロックしやすそう。
はたと想像がついた未来に固まる。
月島くんも烏野、って講師の先生が言っていた。
いつも月島君と一緒にいる山口くんも、そんなに難関コースの講習を受けてたわけじゃない。
もしかして、二人とも烏野ってこと?
そんな未来が予想され、しばし建物の前から動けなかった。
「さん、暗いですね、どうしたんですか」
「心配してくれるの? ありがとう」
「高校ぜんぶ落ちましたか」
「失礼すぎない?」
一瞬でも、私を心配してくれたんだと勘違いしたのがバカだった。
塾の用事に続いて、今度はスポーツセンター。
練習用の予約した体育館には、私と男の子二人が入っている。
北川第一中学校、男子バレー部1年、雪平くん。向こうには阿月くん。
影山飛雄くんの後輩1号、2号の二人は、今日も年上(とくに私)に対する敬意はない。
大体、どこの高校にも受かってない人が、悠長にバレーの練習に付き合ってる場合か。
「白鳥沢、行かないんですね」
しれっと聞いてくる後輩くん。
同じ口で『高校ぜんぶ落ちましたか』と聞いてきたとは思えない。
「……そうだけど、飛雄くんに聞いた?」
私のことを話すイメージがなく、尋ねると、後輩君1号は首を横に振った。
「いえ、森たちに」
「え!?! そうなの!?!」
「な、なんですか」
「いやー……」
じーん、と感動してしまう。
森たち、ってことは、森くん、川島くん、鈴木くんの3人のことで、雪が丘中学バレー部の貴重な男子部員と交流があるってことだ。
後輩たちが、今も関係が続いている。
そんなの、うれしい。
「……さん、その顔、ひどいです」
「なにがっ!?」
「ニヤニヤしすぎ」
「今、すっごく失礼なこと言ってるよ?」
「近いです」
詳しく話を聞こうと思っただけだというのに、後輩くんはすばやく私から距離を置いた。
なんか、すごく、腹が立つ。
一歩、二歩、三歩。
大きな歩幅でわざと近づくと、流石の相手も困惑していた。
「だっ、だから!」
「森くんたちと私の話をしたんでしょ? どんな風に聞いてるの? 先輩に詳しく教えて」
体育館に来る前の鬱憤(月島くん)もある。
逃げようとする後輩くんに近づけば近づくほど、相手は非常に慌てた。
その様子がなんだかおもしろい。女の子が苦手なのかな。
「おい」
嫌な、予感。
「なにやってんだ」
今日は背後に気を付けるべき日みたいだ。
振り返れば、ご機嫌斜めの飛雄くんが、ズン、と後ろに立っていた。
next.