ハニーチ



あなたのとなり、きみの背中

6





金髪の人が研磨と名乗ったそのとき。

同じく“研磨”と呼びかけた男の人(たぶん同年代?)が携帯片手に近づいてきた。
黒髪がピシッと重力に逆らい、きれいな形を保っている。

その人はちらりと私を一瞥し、“研磨”の前で足を止めた。


「盛り上がってるところ悪いな」

「別に」


相手の話をさえぎるみたく、研磨と呼ばれた金髪の人は肩をすくめ、話を促した。

黒髪のその人は興奮気味に続けた。


「空いた!」

「なにが?」

「わかってんだろ、体育館っ! 予定より早く」

「……、友達の連絡先」

「研磨、約束は守ってもらうからな」


koduken、もとい研磨さんは私にスマートフォンを渡してくれて、必然的に黒髪の人を避けるような身体の向きになる。
けど、私たちより手足の長いこの人は、私と研磨さんの間にぺらりと一枚、紙切れを突き出した。

目に飛び込んでくるロゴ。

これは今日駅のあちこちで飾られているポスターに掲載されたゲームのものだ。

自分には関係ないとわかっていても、文字があると自然と読んでしまうのは人間の性だと思う。


スタンプラリー……?

って、この用紙、すごろくみたくマスが何十個も並んでいる。

スタンプを全種類集めて駅の窓口に持っていくと何かもらえるらしい。
この人の手にある用紙はすべてスタンプが押されていた。
全部ゲームのキャラクターの絵柄で、これだけ揃うと圧巻である。


「すごい……」

「わかる!?」


いきなり黒髪の人がこっちを向いてきて驚いた。

相手はこちらの反応は気にせず、腕を組み、うんうんと一人頷いた。

スタンプはポスターよりわかりづらい位置だったとか、そのうちの一つは何者かに盗られたのかわからないけどスタンプ台はあるのにスタンプそのものは消えていた、だとか。
この用紙一枚埋めるのにどれだけ大変だったかを口にした。


「と、いうことで! 悪いけど研磨は借りてくな」

「あ、どーぞ」


元々私が借りていたものでもないし、というか『借りる』という表現もおかしいけど、私が引き留める立場にない。

ふと視線を感じる。

研磨さんからだ。


「充電、終わってないけど」


視線を落とせば私のスマートフォンが研磨さんのケーブルで繋がれたままだ。

すなおに同意した。


「……そうだね」

「へー、研磨が親切に充電付き合ってあげてるのか。あとどれくらいで終わんの?」

「2時間」

「嘘つけ」

「3時間」

「伸びてんじゃねーか。
 さん、ホントはどれくらい?」

「えっ」


いきなり話を振られてびっくりしたのが一つ。
もう一つは、なんで私がさんだってわかったか、だ。

研磨さんがまた一つため息をついた。

名探偵には私が戸惑ったことも、その真相もすぐ解明できたようだ。

真実は一つ。



「クロ、……ずっとこっち見てたから」

「そうなの!?」

「悪いね、声かけるタイミングを見計らってたら聞こえてきた。

 さん、で合ってる?」


黒髪の人はどこか愉快そうに声を弾ませた。


「研磨とはどういう関係? 同じクラス?」

「いいよ、答えなくて」


私が口を開く間もなく、研磨さんが代わりに言葉を発した。

クロ……さんは、ひらりと用紙を手持無沙汰に揺らして言った。


「お前がこんな風に女の子としゃべってんの、はじめて見たな。春ダネー」

「……早く景品受け取ってきなよ」

「あーそうだな、用紙と引き換えにゲームの景品もらってこないと、研磨に練習“ぜんぶ”に付き合ってもらえないもんな」


ぜんぶ、という単語が強調されているのは、きっとこの二人の間でなにかしらの約束が交わされているからだろう。
実際、研磨さんの眉間にしわが出来ている。
きっと、何かの練習と引き換えにゲームのキャンペーンに付き合ってもらったんだろう。

すごく短い時間しか一緒にいないけど、研磨さんがこのシリーズのゲームに熱意を持っていることは見て取れた。


サンさ」

「!」


クロさんは噴き出して、自分の口元を押さえた。

私の肩が上がったことがおかしかったのか、無駄に反応したのが変だったのか。
はずかしく思いながら見上げると、クロさんは研磨さんに話すみたく自然につづけた。


「そんな緊張しなくていーよ」

「は、はい」

「研磨のこと、見張っといてくんない?」


“見張る”

予想してなかったお願いだ。


「俺はこれ交換してくるから、その間、どっか行かないように、ネ?」


私に頼まなくても研磨さんはどこにも行かないんじゃ。

そう思うのに、クロさんと目が合うとにっこりと微笑まれているだけなのに、なぜかちょこっとだけゾクっとなった。

嫌な感じ、ってわけじゃない。
けど、よくもない、変な感覚だ。

クロさんは沈黙を肯定と取ったようだ。


「んじゃ、いってくんな。研磨」

「早く行きなよ」

「あぁ、……あ!」


クロさんは足を止め、研磨さんに声をかけた。


「ゲーム仲間、できてよかったな!」


その一言に研磨さんはさっきとはまた違う、居心地の悪そうな、こそばゆそうな……なんともいえない複雑な表情を浮かべ、すぐ自分のスマートフォンをいじった。













「友達、なんだって?」


研磨さんは私の電話が終わるとすぐ話しかけてくれた。

充電のおかげで友人にメールを送ることができた。
少ししたら返信じゃなく電話がかかった。
なんでも高校の説明会?手続き?が早く終わったから、駅まで迎えに来てくれるそうだ。
駅の名前もしっかり覚えた。


「その駅、俺らと一緒じゃん」

「うわっ」

「ただいま」


クロさんこと黒髪のこの人は、『サンはいい反応するね』とにこやかに笑って私たちのベンチの後ろに立っていた。
またも私たちの話を聞いていたようだ。


「俺たちも急ぐし、一緒に移動しようぜ」

「おれは急いでないけど……」

「俺が急いでんだよ、言っただろ、体育館」

「わかったよ」


研磨さんが観念したように長く息をつくとベンチから腰を上げた。

、と呼ばれるのが研磨さんだと、クロさんの時よりはビックリしないなと気づく。


「充電まだ終わってないけど、その駅すぐだから友達に会うまではもつと思う」

「わかった。ありがとう。このコード」

「これくらい気にしなくていい」


むしろ気にされる方が迷惑だと言外に込められた気がして、それ以上はお礼を言わず、ただ、丁寧にコードをまとめて研磨さんに差し出した。

研磨さんは私の意図をくみ取った気がしたけど、反応はなく、慣れた様子でコードをしまった。


「おぉーしっ、行くぞ!」

「クロ、静かに」

「気合い入れてんだよ、今年こそ全国制覇!」

「まだ春休みじゃん」

「春休みだから気合い入れ直して差をつけんだろ。 なあ、そう思うだろ?」


流れで二人の後ろになんとなくくっついていたところ、急にクロさんが振り返ってくる。
訳も分からず、こくこくと首を縦に振ると、わかってないのに頷かなくていいと研磨さんにツッコまれた。

二人は同じ学校だそうだ。
タイプ、違う感じがするのに、仲がよさそう。


「それ、さんが言う?」


やってきた電車に3人で乗り込んだ時、クロさんが言った。

電車のシートは開いていたけど、私たちは座らず、閉まっている方の電車のドアの前に並んだ。
発車のベルが鳴る。
扉が閉まる。


「俺より研磨とタイプが違ってそうだけど」

「は、はい」

「あ、でもゲーム好きだっけ」


クロさんは車内にもあったゲームの宣伝ポスターを指差した。

でも、実際、今日たまたま助けてもらったのと、ゲームのID?を交換したくらいだ。
研磨さんと私の間にはなんにもない。

クロさんに説明は一切してないので(研磨さんもしてほしくなさそうだし)、質問は続いた。


「今日、一緒にいた感想は?」


どう答えるべきか……。

助け舟を求めて研磨さんの様子を窺ったけど、めんどくさくなったのか、さっきから携帯ゲーム機を触っている。

仕方ない。


「すごく、やさしいです」


ちょうど電車が大きく揺れた。
私も、クロさんも研磨さんもガクッと揺れる。
つり革も揺れ、けれど、電車は変わらず進んでいく。


「研磨、どーよ?」

「……」

「感想は?」

「クロがめんどくさい」

「そっちの感想じゃねーよ」

「今日、とくに面倒だけどどうしたの」


研磨さんがゲーム機から視線をはずす。
ちょうど日差しが車窓から差し込んで、クロさんに当たった。

電車の移動に合わせ、太陽の位置が変わる。

うれしそうなクロさん。


「これからバレーやれるからな!」


まばゆさに、日向くんが重なった。



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