改まって話題にすることでもないけど。
聞かれたら、隠しておくほどのことでもない。
こほんと咳払い一つ。
「私、は烏野高校に行きますっ。
……日向くん」
Tくんって言い換えようか迷って、まあいいかと続けた。
「日向くんと同じ学校です。
……はい、報告、おわり」
これ以上どう続ければよいか浮かばず、全く知らない住宅街に視線を投げると、友人に小突かれた。
“報告おわり”じゃないし、って言われたって。
「他になに言えばいい?」
「一緒に通う感想とか、今の心境?」
「なにそれ!」
今までだって同じ学校だったんだから、感想も何もない。
って、私の話聞いてないな。
「照れなくていいのに」
「そんなんじゃない」
「日向絡みはやっぱ違いますねえ」
「ちがいません!」
友人の家に向かいながら、そんなことを話す。
乗ろうと思っていたバスが目の前で行ってしまったのは間が悪かったけど、こんな話、例え知り合いがいなくてバスの中でするのは憚られるのでちょうどよかった。
徒歩は、にぎやかな周りをじっくり見渡せるのもおもしろい。
都会って感じだ。
でも、ここはそこまで都会じゃないからねと訂正される。
コンビニがいくつもあるだけで都会っぽいのに。
友人の手には、通う予定の学校の紙袋が揺れる。
説明会終わりに、家に帰らず待ち合わせ場所に直行してくれたそうだ。
「ほんとごめんね、私のために」
「いいって、それは。
ほらっ、荷物重たいわけじゃないし」
軽いことを証明するためか、友人は紙袋を持つ腕を大きく振って歩いた。
「にしても、、よかったよね、いい人に助けてもらえて」
「ん……、ほんと、そう」
駅で別れた研磨さんたちのことをしみじみ振り返る。
友達に会えた直後は、やっと会えた喜びと安心感でいっぱいで、他のことは一切浮かばなかった。
高揚感が落ちついた今、やっぱり後でお礼が出来るようにきちんと連絡先を聞いておけばよかったという気持ちがわいてくる。
『もう“ありがとう”はなし』
研磨さんの声がまたよぎった。
「で?」
友人の問いかけに何を期待されているのかわからず、小首をかしげる。
相手は楽し気に続けた。
「その人たち、カッコよかった?」
同じ駅で降りたなら、どこかでまた会えるかも。
なんて友人は最近ハマったドラマの冒頭と現実を照らし合わせようとした。
あのね、ドラマの見過ぎ。
って続けようとする隙もない。
「わかった、。
はもう、アレだもんね。私が悪かった」
「え、なに」
「いいって、よその男子にかまってる暇ないってすっかり忘れてた。いいよ、惚気て。いくらでも聞く、時間はあるし」
「まって、なんのはなし」
と言いつつ、友人が何を言わんとしているかわかる。
むずむずとくすぐったくて、はずかしくって、ぽかぽかとした感覚が胸のなかでジャンプし始める。
日向とのこと、いくらでもどうぞ。
まるでハートマークでも付いてそうな声色で促されても、“日向”と聞くだけで、もういっぱいいっぱいだった。
*
その他色々おしゃべりする内に、友人の住むマンションに到着した。
立派な建物だ。
入り口でまず暗証番号?を打たないと中に入れないらしい。
いかにも都会!って感じがする。
エレベーターも新しい。
ドキドキしながら友人の後に続いて乗り込むと、緊張していることを指摘された。
「、リラックスしてよ。お母さんも楽しみに待ってるし、父もいないし」
「あれ、いないの?」
「出張になったの、ホント助かった」
娘にとびきり甘いお父さん、ちょっと会ってみたかったけど、友人からすればいない方が断然ラク、だそうだ。
友人がポケットから家の鍵を取り出しつつ、こっちを振り返った。
「に東京案内するって言ったら、危ないからついてく!って」
「いや仕事でムリじゃ」
「休むって。まあでも、出張なくてもそれは絶対断ったから。助っ人も頼んだし」
「助っ人?」
「とびきりの」
それは後のお楽しみと言葉を区切り、夏目、と書かれた表札の扉に立つ。
ただいまーと友人が中に入り、ほら、って促されるまま中へ足を踏み入れた。
「いいね、部屋、すっごくおしゃれ」
「父プロデュース」
「父、……すごいね」
出てくるエピソードひっくるめて、すごいとしか出てこない。
雑誌に出てきそうな雰囲気、フローリングに勉強机に絨毯にカーテンに、友人らしい本棚とコレクションがみえる。
「ベランダもさ、景色がいいからって椅子置かれた」
使わないけど、と付け加えた友人は母親に呼ばれ、部屋を後にした。
せっかくだから色々見ていいよ、椅子座ってもいいし。
そう言われ、ベランダに置かれた椅子をひとまず眺める。
けっこう座り心地のよさそうな形の椅子だ。
椅子より、チェアーって呼ぶ方がしっくりくるオシャレさで、ちょうど夕暮れ時とあって黄昏れるにもよさそう。
せっかくだから、使ってあげればいいのに。
許可があっても部屋の主がいないのにあれこれ物色する気は起きず、ベランダに出てみることにした。
高層階とあって眺めはいい。
もしかして、あの遠くに見えるの、東京タワーかな。
違うかな。
初の東京。
とたんにワクワクしてくる。
ベランダから身を乗り出したところで景色が拡大できるわけじゃないのに、なぜか思いっきりこの景色を眺めたくなって手すりに体重をかけてみた。
「千奈津、ちょうどよかった!!」
隣から声がかかる。
外国人、の、お隣さん。
目鼻立ちがぱっちりしていて、日本語の発音がきれい。
相手も驚いた様子だった。
「千奈津じゃない!」
「じ、じゃない、です」
「だれ?」
「あ、家族じゃなくて、千奈津、さんの友達で」
「じゃなくて名前っ」
テンポよく聞かれて、と答えると相手はにこやかに続けた。
「、よろしく! 俺、リエーフ」
「よ、よろしく……」
どういう状況だろ、これは。
困惑しつつも差し出された右手に自分のを重ね、なぜかベランダ越しにお隣さんと挨拶する、という状況になってしまった。
相手はこっちにお構いなしで続けた。
「なあなあ、が千奈津が言ってた“大事な友達”?」
「いや……それは、わかんない」
仮に私だったとしても、『はい、私が千奈津さんの大事な友達です』なんて答えるだけの自信?度胸?はなかった。
だいたい違ってた場合、大恥すぎる。
背後で窓ガラスが動いた。
友人がお隣さんに向かって叫ぶ。
「なんでいんの!?」
「あ、千奈津! 明日だけどさ」
「には私から紹介してビックリさせたかったのに」
「え! じゃあ、助っ人って」
この外国人の男の子のことかと納得しかけると、友人が大きく手を横に振った。
「お姉さんの方、美人ですごくやさしい」
「それ、俺が行く」
お隣さんは自分のペースを崩さずに、教室で発言するみたく、片手を上げて続けた。
「明日はよろしくな、二人とも」
「えーっと、リエーフ、くん」
「いいよ、リエーフで。俺もって呼ぶし」
「あ……じゃあ、リエーフ君」
じゃない、リエーフ。
さっそく呼び間違えたことに相手は笑った。
ただいま、夕ご飯タイム。
せっかく明日一緒に回るんだしとお隣さんことリエーフもお呼ばれして夕飯を一緒に食べることになった。
ちなみに、“リエーフ”は名字じゃなくて名前で、名字は“灰羽”。
日本生まれの日本育ち、ロシア人と日本人のハーフ。
身長も高く、独特の髪色で、肌も白く、かっこいい。
……まるで漫画の設定みたいな人。
さすが東京。
なんでもこの人のお姉さんがほんとうは私たちを案内してくれるはずだったらしい。
残念ながら予定が入り、代わりにリエーフ君、じゃない、リエーフがいっしょに来てくれるそうだ。
話を整理しつつ呼び方がまた戻ってしまった私を、リエーフは楽しそうに指摘した。
リエーフ。リエーフ。リエーフ。
はやく慣れるように繰り返していると、二人とも一番おいしい時に食べてって友人のお母さんに微笑まれた。
ホットプレートの上のお肉や野菜に箸を伸ばす。
おいしい。
「たちと同じで今度の4月に高校入る、千奈津と俺、同じ学校!」
「そうなんだ」
運命じゃん、なんて友人を真似てツッコみたかったけど、友人の方はお姉さん?が来れないことに肩を落としていた。
「なっちゃん、そんなにアリサさん?と行きたかったんだ」
「いや、男子と回るってなると父が……」
「父かあ……」
黙っておけばバレないんじゃ、と思うんだけど、家の事情はそれぞれだ。
リエーフがどんどんお皿にお肉を重ねながら言った。
「変装する!?」
「……リエーフ、たしかにアリサさんになれそうだよね」
「へ??」
「なっちゃん、待って、落ちついて」
変装=女装、と発想を飛ばしたようだが、そんな人を連れて東京見物なんて親同伴より嫌だ。
友人に焼きあがったお肉を運び、冷静になってもらおうと試みた。
「ほら、なっちゃん、食べて!」
「いっそ私たちが男装するってどうだろう」
「いや意味わかんないから。大丈夫!?」
隣にいるリエーフはお肉で喉を詰まらせてるし、なんともてんやわんやな夕食を過ごした。
next.