「バレーもいいが、高校でも続けられるように、「し、します、勉強!!」
日向くんと先生の耳慣れたやり取りを聞きつつ、学校生活を重ねていく11月。
早く芸術鑑賞が終わって、約束した流星群を見たいな、と、カレンダーを眺めていた。
「ちゃん、もうあっちの人と連絡先交換した?」
「えっ、いや!」
カレンダー、もとい携帯を慌ててカバンに戻した。
今は塾の人たちと気晴らしのカラオケに来ているんだった。
早く終わればいいのにとつい携帯を見てしまったのがよくない。
今熱唱している彼がなぜか私と連絡先を交換したがっているらしい。他の子達も面白がってどこか協力的だ。
電源切れたってことにして携帯はしまっておかないと。カバンの奥にしまい込む。
幸い、彼が歌う曲はまだ中盤、連絡先の話をするより早く空っぽのグラスを持って部屋を出た。
505、部屋番号は一応チェックしたけど、このままいなくなってしまおうか。
はあー、人数の多い部屋の空気より少しでもましな酸素を取り入れようと深呼吸した。
事の発端は、塾で受けた模試の帰りだった。
『ちゃん、今度カラオケに行こうよ』
同じ講習だった子たちだ。そこまではよかった。
『それで、ちゃんにお願いが』
『お願い?』
『遠野くんと月島くん、誘ってほしいんだ』
月島、くん。
前者は同じ学校だし同じ委員会もやってるし多少なりとも話せるからいいんだけど、圧倒的に後者の名前に顔が引きつった。
なにが悲しくて月島くんをカラオケに誘わなければならないんだ。
塾の子にその場ですぐ断ったけど、誰も連絡先を知らないからと懇願されてしまうと断り切れなかった。
冷静に考えて、連作先も知らない相手からの誘いを受けるとも思えない。
そう告げると、山口くんも誘っていいからと取ってつけたように言われた。そういうのって、と思いながら、メール出すだけならと引き受けた。
予想通り、月島くんからは断りの返事が即答で届いた。
山口くんからはツッキーは来るかと確認がきて、来ないよと伝えたら不参加の連絡をもらった。
せめて翼くんは来てくれると助かるなと思っていたらなんとOKをもらえて、彼女たちの期待に最低限応えることが出来た。
塾、変えた方がいいのか?
悪い子達じゃないんだけど、な。
ドリンクサーバーの前で思案し、フリータイムが終わるのはいつだろうと時計を見た時だった。
相手も私に気づいた。
「つッ、……月島くん、なんで」
「! 人違いじゃないですか」
「あのね」
この至近距離、誰が月島君以外に見えるというのか。
こっちの熱い視線を無視して、月島くんはドリンクバーの氷をグラスに入れていく。
隣を陣取って、マグカップを手にした。
「なに?」
「月島くんに用があるんじゃなくて紅茶を入れようと思っただけ」
「ふーん」
「なんでここにいるの? まさかとは思うけど、やっぱり来たくなって来てくれた?」
「君がメールに場所を書いておいてくれたらこんなことにならなかったのに」
まるで私のせいで鉢合わせたかのような物言いに平常心を意識しながら、適当に手にした紅茶のパックをマグカップにいれた。
「今日、用事があるんじゃなかった?」
「ツッキー! ……あ、、さん」
「山口くん、も、か」
いや、いいんだけど。
二人でカラオケに行く用事、というのもわからなくはない。
け、ど、私はこんな目に遭っているのに、とつい恨めしく思ってしまうのが人心だ。
バツの悪そうに山口くんが視線を泳がせて月島君と私を交互に見た。
月島くんの方は飲み物を注ぎ終えていたけど、グラスを置いたままお手拭きに手を伸ばした。
「……なに?」
「私、何も言ってないけど」
お湯の出るボタンを押す。紅茶の香りがすぐ広がった。
月島くんがこっちを見ているのがわかったけど、ひたすらマグカップを見つめた。
「言いたいことがあるなら言えば?」
「なんでもないって、ほんと」
そりゃカラオケに誘って断られたのに、まさにそのカラオケで鉢合わせたんだから、ちょっと文句の一つ言いたくなるけど、でもそれは自分であの子たちの誘いを断れなかった自分が悪い。
二人にぶつけるのはお門違いだ。
もう一度深呼吸した。
「ちゃーーん!」
さっき熱唱していた歌声の主が、空っぽのグラスじゃなく、なぜか携帯を片手にやってきた。
この人は塾のクラスが違うから、月島君たちのことは知らない。というか、私も今日初対面だ。
「あのさあ、連絡先なんだけど」
「あ、えっと」
「携帯は? あ、部屋にある? 番号言ってもらうんでも全然いいよ」
お湯を押すボタンから指を外して思わず後ずさりしてしまった。この人、悪い人じゃなさそうだけど、圧が、すごい。
「え、えっと」
「もしよかったらカラオケ終わった後さ、二人で、「」
何が起こったのかと思った。
「悪いけど、そういうことだから」
面前に月島君の顔、が離れたかと思えば、彼に向かってのこの捨て台詞。
今、いま!
言い捨てられた方の彼は月島くんと私を見比べてから逃げるように505番の部屋がある方へ駆けていった。
まずい、完全に誤解されている。追っかけるべきか、いや、その前にこっちに言わないと。
「ね、ねえ!」
「山口、時間あと何分?」
「ぇ、えっと、50分」
「1時間ないんだ、行こう」
「ちょっと待って!」
505番のある方とは真逆に歩き出す月島くんの前に回り込んだ。
この状況に不釣り合いの平成ヒットソングが鳴り響く。
「今の、なに?」
「なに、キスされるとでも思った?」
引っぱたいてやろうかとも思ったけど、グラスを持っている相手にさすがに手は出ない。
でも、さっきのは、ひどい。本当に、されるかと思った。
下の名前で呼ばれて、手首を引っ張られて、引かれるままに顔が近づいて、あと数センチだった。
「さっ……いてい」
「さっきのと連絡先交換したかったんだ。すればいいのに。人に流されっぱなしの君にぴったりなんじゃない」
「つ、ツッキー」
「時間もったいないからもう行くよ」
横を、月島くんが通り抜けようとした。
その手を掴んだ。引っ張った。
月島くんがグラスの中身をこぼさないようにバランスを取るのがわかっていたから、すばやく顔を近づけた。
すぐ、距離を置いた。
「キスされると思った?」
同じ台詞を口にしただけで声が震えたけど、気をしっかり持った。
「これで、さっきのチャラにする」
置きっ放しのマグカップと空っぽのグラスを持って、塾の子達が集まる部屋を目指した。
鼓動が激しかった。後悔はなかった。月島くんがどんな顔をしていたかは覚えていない。ただ、やりきった、そんな心地だった。
部屋に戻ると、さっきの彼は私の隣にいた子に携帯を持って迫っていた。
私が戻ってきたのに気づいてビクッとしていたけど、もういい。構わない。
その男子の前に置きっ放しにされていたタブレットを取って、遠慮していた流行りの曲をリクエストした。
早く歌って、さっきの全部忘れたい。
next.