ハニーチ

スロウ・エール 116





舞台が始まってしまえば、影山くんはすっかり記憶の彼方だ。

手のひらが痛くなるほど拍手をして、幕は閉じた。


はクレープとジェラートならクレープだよね?」


友人が背もたれに改めて寄っかかりながら言った。

帰ろうとする観客の人たちでざわつく劇場内、団体客は一般のお客様が出てから、と先生からの言いつけを守って、私たち学生はまだ席に座っていた。

この近くにあるクレープ屋さんとジェラート屋さんの話をしながら、頭の片隅で今夜のことがちらついた。

一緒に流星群を見よう。

それは、ただの、ちょっとした約束だった。


「そういうなっちゃんはどっちがいいの?」

「ジェラートのお店のほうが有名なんだって」

「でも、外寒いよ?」

「モールの中にあるから、でも、やっぱりクレープかな」


すぐ身に着けられるようマフラーを準備したところで、ようやく劇場の外に出る順番が来たようだ。
通路側の人たちから次々と立ち上がっている。

行かなきゃ。


「あ、翼くん、順番」


ちょうど声をかけた時、空いた座席の向こうに立ち上がった日向くんを見つけた。

きっと日向くんも私を見つけた。


、前」

「あっごめっ」


私のところからストップしていたから、慌ててカバンを持って通路を歩いた。

目が合ったのは一瞬だった。


劇場の外に出ると、予想通り、北風が吹いていた。
スカートと靴下の間、素肌の露出している個所が一気に冷やされる。
ジェラートはやっぱりない。

広場にクラスごとに集まって、先生からの連絡事項を聞き終えたら解散だった。


日向くん、いないかな。



さん!」


探そうと思った瞬間、声をかけられると、日向くんこそエスパーなんじゃないかって思う。


さん、落ちたよ」

「あ、ありがと」


びっくりしすぎて今日もらったパンフレットを落としてしまった。日向くんから受け取ってしっかりと腕に抱く。


「今日さ!」


日向くんの瞳がきらきらしてる。
言わなくても、今夜のことだってわかった。


「夜、だね」

「そう、夜!」

「覚えてるよ、もちろん」

「おれも!」


あっちの方で日向くんを呼ぶ声がした。


「いま行くっ。じゃあ、さん」

「また、後で」

「あとで!!」


ひとつ満面の笑みを残し、日向君が駆けていく。

また北風が吹いたのに心地いいのは、体温が急上昇したからかな。

一瞬また日向くんが振り返ったから、手を振った。


ー、クレープ行くよねー?」

「行くよっ、遠!!」


なっちゃん達、もうあんなところだ。

追いつこうとカバンをしっかり握って走った。

北一の人も向こうに見えた。
日向君たちは反対側だ。

空もみんな、なにもかも、オレンジ色だった。











学校行事のあとだろうが、寄り道は校則違反と決まっている。
先生たちの目がないことを確認しつつショッピングモールに入ると、別の学校の人たちがクレープ屋さんに並んでた。


「学生だとアイス追加だって!」

「この寒いのに?」

「いいじゃん、トッピングしてもらお。千奈津もも生徒手帳出してっ」

「カロリーがなー」

「なっちゃん、クレープ食べるんだから諦めなって」


鞄のポケットにしまっていた生徒手帳、ここまではよかった。


、どしたの?」

「あっいや、なんでもない」


まさか、店員さんが生徒手帳の中身をじっくり見るなんてことは、ないよね。


「そんな変な写真なの?「わーーーー!!」

「そこまで!?!」


友人たちの訝しむ視線が集中するけど、それも仕方ない。

勢いで奪った全員分の生徒手帳をしっかり持ち直した。


「ほら、、貸して」

「私がお店の人に出す」

「もう見ないって」

「いい、ダメ」

「そんな映り悪かったの?」


証明書の写真も前髪が好きじゃない、けど、そっちじゃない。

この生徒手帳の最後のページ、日向くんとのプリクラが貼ってあるんだった。

こんなところでバレるわけにいかない。

生徒手帳をがっちりつかんだまま列に並んだ。


「隠されるとかえって気になるよね」
「ね、どんな写真だろ」
「千奈津も知らないの?」
「知らない」

「二人とも、どのクレープにするか考えて!」


無事、生徒手帳をお店の人に見せることが出来て、アイス入りのクレープをみんなで頬張った。










、今日はやけにお風呂早いね。ちゃんと髪乾かした?」

「やったよ、ちゃんと」


と言いつつ髪をつまんでみると、まだ半乾きだ、

親にやっぱりと指摘されるのもはずかしいので、ドライヤーの元に急いで今度はいつもより丁寧に乾かした。


自分の部屋に戻って、時計を見る。

携帯を見る。

携帯でも時間が分かる。まだ22時じゃない。

夜のニュースでも言っていた。
今日から流星群が見えること、ピークは今日の深夜から明け方にかけてだって。

今日見てきたミュージカルと違って、相手は夜の星だ。
予定の時刻になったからって、一斉に星が降ってくるってことはない。

わかってはいても、またつい時計を確認した。


「やっちゃう、かあ」


勉強机には、書き途中の感想文の用紙と、力尽きたように転がるシャープペン。

さっさと終わらせようかと思ったけど、まだ半分も埋まってない。

すぐ脇に置いた携帯もチェックしたけど、日向くんから連絡もまだだ。


いっそ、私からメール送ろうか。

でも早いよね。
びっくりされるに決まってる。

いくら考えても時計の秒針は規則正しく時を刻んでいて、諦めてシャーペンを手にした。









光って、

揺れて、

ディスプレイに、日向の文字。



「!!お、おはよ!」

『おはよう?』

「って、そんな時間じゃないね、寝ぼけてた!」


電話の向こうで日向くんが笑った。

いまが22時、と30分だ。全然、おはようの時間じゃない。

やだ、ほっぺたになんか跡ついてる。
窓ガラスにうっすら映る自分を確認した。電話でよかった。

感想文を書き終えたからちょっとだけ、と机に突っ伏したら、そのまま眠っていたらしい。
起きれてよかった。


「やっ約束は、ちゃんと、覚えてたよ。日向くんにメールしようかなって考えてたし。
 
 ほんとだって!

 待って、私も楽しみにしてたから。
 ほんとだから!!」


窓ガラスを開けて、身体を少し乗り出した。



「いま、見てるよ、空」



星が、瞬いている。



「いつもより、チカチカしてるよね」


日向くんが、日向くんならではの擬音語で今日の星の状態を説明してくれるからつい大きな声で笑ってしまいかけて、口元を押さえた。

このおしゃべりが誰に届いてしまうかもわからない。
道路を歩く人はいなかった。

誰もいないけど、ないしょ話のように、今日のことを話した。


『あっ!!』


日向くんの声に合わせて、しっかりと空を見た。



さん見た!?』

「見てない、いま、流れ星?」

『うんっ、また!』

「ええ!」


日向くん、ひょいひょいとすぐ見つける。

もしかしてこの辺の外灯のせいかな。
暗い方が見つけやすいっていうし。

日向くんがすごいすごい言うから、本当に同じ空を眺めてるのかあやしくなってくる。

もしかして方向が悪い?

その瞬間だった。


「あっ!!」


きらっと流れたひとすじの光。

それは確かに流れ星だった。


『見れた!?』

「みれた!」

『よかったね!!』

「あっ!」

『どうかしたっ?』

「願い事……」


し忘れた。
見つけただけでうれしかったけど、せっかくだからお願いしとけばよかった。

そんなことを考えている間に、日向くんはまた流れ星を見つけた。

流星群ってこんなに見つかるものなんだ。


さんの願い事ってなに?』

「えっ!」

『こっちのほうがよく見えるみたいだからさ、おれが代わりに願うよ!』

「いっいいよ、こういうの自分で。それより日向くんの願い事」


そう言いながら、きっとバレーなんだろうなって思った。

それしかない。

烏野高校合格、バレーが出来ますように。
6人のバレー、烏野で。

小さな巨人になる。




『おれは……、



 さんと、これからも、一緒に、
 いれたら、いいなって』


思って、る、最後はかろうじて聞き取れた。



next.