ハニーチ

スロウ・エール 117





「これから、一緒にいれないの?」


自分でわかるくらい声がかすれていた。






『そっそういうんじゃなくて!!さんとおれ、同じ学校行けるかわかんないからさ』

「私だって烏野受験するし」

『おれがっ、その、落ち……い、いや、絶対入るつもりだけど、さん頭いいから別の学校行くかもしれないし』

「そりゃ、私が落ちる可能性もあるけど」

『ないよ! 先生がさんは烏野絶対受かるからお前はもっとがんばれって言ってたし。もっと上の高校の合格期待してるって』


そんなこと、確かに言われた……けど。

けど、さ。


携帯の持ち手を変えた。



『だからさ、願っとこうかなって、流れ星に』


これからも、ずっと一緒にいれますようにって。


日向くんの声は明るくて、いつもの感じで。
一緒にいたいって言ってくれてるんだから、もっと、こう嬉しい感じにならなきゃ、なのに。


さん?』


答えなきゃ。さっきまでの私に、ならなくちゃ。

うっすらガラスに映る私は自分でもわかりやすい顔をしていた。電話でよかった。


「ごっごめん、今、ちょっと音飛んでて」

『おれのせいかな、こっち木ばっかだし』

「もしかして外にいるの?」

『うんっ、でも、庭だから。あんまり奥行くと何か出るかもしんないし』

「なにか?」

『そんなすごいの出ないよ、秋過ぎたから』

「秋は何が出てくるの!?」


密かに安心した。いつもみたいな会話になって、さっきまでと同じ流れに戻ったから。

日向くんとこんな風に話してるときが一番楽しい。
これからのこと言われると、なんか、どうしたらいいかわからなくなる。

自分だけじゃ、どうにもできないことが、起きてしまいそうで。





『もう大丈夫?』


まるで、すぐそばで見ててくれるみたいな声色だった。


「な、なにがっ?」

『さっき、ちょっと不安そうだったから』


確信をつかれて、深く息を落とす。
白く吐息が夜空に溶けた。
ちょっと、冷えてきた。
空いている方の手でもう一方の腕を撫でた。


「……そんな、不安そうだった?」

『おれの気のせいだったらいいんだけどさ』

「……」

『そばにいたらわかんだけど、電話だと声だけだし』


そばにいたって、きっとわかんない、私の気持ちなんか。

星じゃなくて、直接言って欲しかった。

同じ高校、行こうって。

私に言えばすぐ叶うのにって。

そんな、すごく身勝手なワガママ、日向くんは気づかなくていい。むしろ気づかれちゃダメだ。嫌われたくない。


『今から……会えないよな、こんな時間だし』


まさかの言葉にびっくりした。

時計の針はまだ23時にはなっていないけど、もう眠っている時間だったから。


「ムリだよ、絶対」

『だよねっ、ごめん!』

「自転車乗ったりするのも危ないからね、やめてねっ」

『そ、そんな言わなくてもしないって!』

「日向くん自転車のそばにいないよね?」

『……、……いないっ』


そうは言っても日向くんだから、途中までこっちに向かいかねない。もう一度来ないように念押しした。

今夜は当然不可能だけど、仮に会う想像をしたって、日向くんの住む方面のバスはもうないし、日向くんが自転車で向かうにしてもあの道を自転車のヘッドライトだけで進むのは無謀だった。

車でもあればできるんだろうけど、中学生の選べる手段じゃとても会えるはずなかった。


『声聞いてたら、会いたくならない?』


言葉に詰まる。


『おれだけ?』

「そ、んなことは、ないよ」

『ない?』

「ないってば」

『ないんだっ』

「な、何回聞くの!?」

『何回もっ。何回も聞きたい』


はずかしくなってくる。そりゃ、会いたいって思うよ。決まってる。


『明日、会えない?』


真っ先に浮かんだのは、影山くんとの約束だった。
明日は午後に約束があった。

日向くんは午前中は難しくて私が午後がダメで、それだと夕方に会うことになる。夕方からだと一緒にいられる時間は短い。

影山くんに会う時間を早めてもらってもいいけど、この時間じゃお願いできない。
それに、影山くんのことだ、起きてるはずなかった。


『急には無理かー、ごめん!』

「ううん、私の方こそ……」

『明後日はどう!?』

「日向くん、ママさんバレーじゃなかったっけ?」

『そうだった……!!』


上手いこと、噛み合わない。
今からこんなだと高校生になったらどうなるんだろう。
そのまま距離がはなれたりとか?
いつだったか読んだ漫画でも、遠距離になって自然消滅、なんて流れも見たことある。


『……やっぱり、明日じゃダメ?』

「明日の夕方ってこと?」

『それか、おれが朝早起きして会いに、「ダメ、もうこんな時間だよ?」


今から寝て、更に早起きなんて、日向くんの身体の方が心配だ。
そこまでして会うものじゃない。
日向くんが、でも、と食い下がるけど、そこは絶対に譲れなかった。


「だったら、私、明日の約束変えてもらう」


影山くんはそこまで気にしないだろうとも踏んでいた。
もともとあの体育館のフリースペースで勉強するのも、その後のバレーの練習が目的だ。
未成年が体育館の使用申請は出せないから、勉強する代わりに先生が名前を貸しているのは知っていた。


『そっそれはよくない!』

「なんで?」

さんの友達に悪いっ』

「大丈夫なのに!」

『それはおれが許可しません!』

「なっ、で、も、あ、会いたいんじゃないの?」

『会いたいけど……、友達は、大事にしないと』

「……じゃあ、会わない?」

『会いたい』

「ほら」


また振り出しに戻った会話に、どちらともなしに吹き出した。

いつの間にか見上げるのを忘れていた夜空を眺める。

流れ星は見つからない。

会いたい、
会いたい、
会いたい。

3回なら星が消える前に言い切れるんだろうか。
これまで星に願って叶った人はいるんだろうか。

そうは、思えなかった。


「日向くん」


返事してくれる日向くんの声も、眠気がにじんでいた。
会うどころか、この電話ももう切らないと。

つられて小さくあくびしてから言った。


「明日の夕方、会おう。ちょっとでいいから」

『友達は?』

「大丈夫、向こうも予定があるから」


勉強の後のバレーは、お友達の方がなにより優先していた。

日向くんの方は家に帰るの遅くなりそうだけど。


『おれはいいよ!』

「よくはないよ」

さんちょっと怒ってる?』

「そりゃ、日向くんが日向くんのこと大事にしないから……」


私が遅い時間に帰るときは人一倍気にするのに、自分のこととなると蔑ろにするんだから。
男の子って皆そうなんだろうか。

目元をこすった。


『やっぱ、すきだ……』


聞き間違いかと思った。

日向くんが電話の向こうで慌ててたから、空耳じゃないことがわかった。


『ね、寝ぼけてつい思ったことをそのままっ!』

「い、いいよ、遅いしもう寝よう」

『流れ星もういい?』

「うん、見れたし。明日の時間はまた連絡するよ」


ちょうど見上げた瞬間、一筋の光が真っ暗な空を落ちていった。


『いま!』
「いま!」


同じ瞬間を、好きな人と共有できたなら、願い事3回言うよりずっと奇跡に思える。


「日向くん、見た?」

『見た! さんも?』

「見れたね、一緒に」

『見れたっ、すげえっ』

「うん、すごい」


すごいよ、こんなの。

この幸せな気持ちのまま、ずっといれますように。

日向くんに言えばいいのに、私も言わずにいた。

代わりのおやすみに伝わらない想いを込めて、今夜は電話を切った。




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