ハニーチ

スロウ・エール 121




日向くんにリードされて、ファーストフード店に入った。
ご飯はお互い家で食べるから、ポテトと飲み物だけ買って店内に進む。

お客さんはあんまりいない。
かえってどこに座ろうか迷ったところで、日向くんがあっちにしようって指さした。

お店の隅っこ、テーブル席の4人がけ、いつもなら学生や親子連れがわいわい埋めているのに、休日のこんな時間とあって誰もいなかった。
遊びに行った帰りにみんな寄らないのかな、そう思ったところで、座って、とソファー席を促された。

コートを脱いで、言われるがままに座る。

隣に置いたコートは、日向くんが向かいの席に移動させた。

そして、座った。



「どうかした?」

「な、なんでもない」


本当は、なんでもあるんだけど。

日向くんはてっきり真向かいに座ると思っていたから、びっくりしただけで。

4人掛けの、並び席。

私の左側は壁で、出入りできる方に日向くんがいる。
ソファー席だから椅子も引けず、これだと自由に出られない。


「……」


だからなんだ、って感じだけど。

カウンター席で並んで座ったこともあるし、なんなら学校は隣の席だし、引っかかる方がおかしい。
今はその、ちょっと、戸惑っただけだ。

気を取り直し早速ホットココアを口にすると、熱すぎて慌てて唇を外した。


「熱かった?」


見られた。間が悪い。


「ちょっと、いや、かなり」

「外、寒かったもんな」

「でも、日向くん冷たいの頼んだ」

「こっちの気分だった!」


日向くんが楽しそうにストローを銜えた。

冷たい飲み物のほうがよかったかなと一瞬思ったけど、飲める温度になったココアはやっぱり指先まであたためてくれた。

ホッカイロもあって手だって繋いだのに、それでも外の寒さは強敵だった。


「あ、ケチャップもらってきた方がよかった?」

「いいよ。さん、欲しかった?」

「ううん、なくても全然」

「じゃあ、これで」

「これで」


何のやり取りだろうと思いつつ、つまんだポテトを乾杯みたく二人でくっつけてから食べた。

甘いココアの後の、しょっぱい味。

なんてことない定番をつまみながら、なんでもないことを話して、昨日の夜に行き着いた。


「日向くん、昨日あんな遅かったけど大丈夫だった?」

「ばっちり!ちゃんと目ぇ覚めた!」

「よかった、ちょっと心配だったんだ」

さんは起きれなかった?」

「いや、ううん。起きれたよ」


だいぶ、いつもより目覚めがよかったことを今になって思い出す。

あんなに気分よく起きたんだから、夕方に影山くんとのことがなければ、もっと明るい気分でここにいたかもしれない。

そこまで考えてから、はたと気づいた。

あれだけ泣いたんだから、今、顔、すごいことになってるんじゃ。
遅刻で頭がいっぱいで、すっかり忘れていた。

でも、そもそも、日向くん、何にも言ってきてない。ってことは、気づいてないのかも。

それって私がいつもこんな暗い感じだってことで、それはそれで嫌だな。


「なっなに!」

さんさ……いや、いい!」

「え、なに?」

「なんでもないっ」

「うそ、いま笑った!」

「なんでもないって」

「教えてよ」

「ほんとっ、なんでもない」

「日向くん、なに?」

「だから、「言ってよ、気になる」


顔に何かついてるとか?
それとも髪がおかしい?

つい早口で問い詰めたら、思ったより近くなりすぎてしまって、お互い沈黙のまま動けなくなった。
触れてもいないのに身体が熱くなる。


「ご、ごめん、日向くん」

「いいよ、ぜ、んぜん」


きちんと座り直して、ココアを一口飲んだ。



「今のままでも、よかったのに」



日向くんの呟きは店内BGMにかき消えることはなく聞き取れた。

日向くんが座り直すと、ひと続きのソファーで振動がよく伝わった。


「きっ今日もさ、かわいいなって。いつもかわいいけど、もっと。服もぜんぶ、かわいい」


さん かわいい。

一気に言い切られて向けられた、日向くんの視線にたじろいだ。


「それに、いつもよりわかりやすい」


真っ直ぐに私を映す二つの瞳、逃れようがなくて、つい残りのポテト一つをつまんで逃げた。

30回噛んだら、落ちつけるかな。

そう思ってチラと隣をうかがうと、ばっちり日向くんはこちらを見ていた。


「な、なに?」

「可愛いなって」

「そ、そんなに見ないで」

「そっち壁だよ?」

「知ってるっ」

さん、こっち向いてよ」

「日向くん、こっち見ない?」

「見る!」

「見るんじゃん!」

「だめなの?」


ダメとは言ってないけど、けどさ。


「昨日、電話してからずっとさんに会いたかった。時間になったら帰らないといけないし……、ちゃんと覚えておきたい」


そんな、真剣に言われてしまったら、いつまでも壁と向かい合っているわけにもいかない。

一つ呼吸して気合いを入れた。

ゆっくり横に身体の向きを変えてみる。
その先で日向くんが嬉しそうに待っていてくれた。


「き、昨日からなんっにも変わってないけど」

「今日のさんは学校にいるときとまた違うから!」

「そんなに覚えてもテストに出ないからね?」

「い、いま聞きたくない単語が!」

「もっかい言ってあげよっか」

「いい!いいよ!」


慌てる日向くんについ笑いを噛みしめたところで、私の右手が日向くんにつかまれた。


「ああの、ポテトさっき触った手だから!」

「ナプキンあるから大丈夫」

「い、いいよ、自分でやるから!」


夏ちゃんじゃないの、わかってないのかな。


「あ、また!そんな顔出てた?」


すぐ笑われる。

こくりと頷かれる。近づかれる。


「本当、今日わかりやすい」

「わ、わかんないよ、絶対」


いま、どんなに緊張しているか伝わってたら、もっと離れてくれるはず。

近すぎて、くらくらする。
暖房のせいかな。いや、日向くんが見つめてくるからだ。


「わかるよ、さんここにいるから」

「……」

「わかんないこともあるけど、わかりたい」


日向くんの言葉を聞く度に、心の奥まで覗かれそうで、同時に後ろめたくもなった。

今日、影山くんに勉強を教えてきた。
それだけじゃない。
影山くんに拭われた目元が気にかかった。


「おれにできることあるなら言ってね。なんでもする。さんの力になりたい」


さらに距離が縮まった気がして、どうしたらいいかわからなかった。


「そ、んなの。いてくれるだけで十分で」

「ほんと? 他にない?」

「ほ、ほか?」

「なんでもいいよ。あ、肩貸す?」

「いい、いいよ!」


ここ、外だし。こないだのカラオケ屋さんのことを思い出して赤面しそうだ。
今日の日向くんは、いつもより余裕がある感じで悔しい、と同時に気づいた。

日向くんにばれてる、きっと。
少なくとも、私が元気がないことは気づかれてる。

前もこんなことあった。

そうだ、あの向日葵のところに連れて行ってもらった時もこんな風に気遣ってもらった。


「あ、ありがとう」


私のこと、気にしてくれて。優しくしてくれて。
その部分は、気持ちだけ込めた。


「まだ……、なんにもしてないよ」

「手、つないでてくれる」

「そ、それは、おれがしたいだけだから」

「私だって、……繋ぎたいなって、思ってたから」

「ほんとっ?」

「さ、さっき、わかりやすいって言ってたのに。日向くん、わかんなかった?」


本当に考えてること全部筒抜けだったら困るなと思いつつ、そう返していた。

さっきより強く手を握られた。


「そ、そういうのはさっ、おれの、都合のいいように考えたんじゃないかって、迷う」


重なった二つの手が、日向くんの膝上に運ばれた。



next.