ハニーチ

スロウ・エール 124




「あっ!」


曲がった先、ジャージ姿の男子数人。
肩にかけていたのは、さっき見かけたバレーボール部のカバン。

その中に、先日のバレー教室で一緒になった後輩くんを見つけた。

突っかかってきた方はいないけど、片方に話せば、二人できっと話すだろう。
なんて声かけよう。いや、迷ってちゃダメだ。今日はこのために来たんだから。


「あ、あの!」


彼らから一気に向けられる視線、心地よくないのは承知の上だ。

相手は一瞬目を凝らしてからこっちに気づいた。
唇の動きで分かった。なんで。真っ直ぐに彼に声をかけた。


「ち、ちょっといいかな?」

「……影山さんならいませんけど」

「か、影山くんじゃなくて、えぇっと」


前に教えてもらったはずだけど、上履きでつい名前を確認してしまった。1年生の、そう。


「ゆ、雪平くんと話したくて」

「名前、忘れてましたね」

「!……そっちだって覚えてないでしょ」

さんって教えてもらったじゃないですか、あ、影山さんの彼女さ、「で合ってるから!」


一緒にいた男子の人たちが興味津々といった感じでこちらを見てくる。
更に奥からまた同じジャージを着た人たちが出てきた。まさか、みんなバレー部なんだろうか。

そう思ったら、後輩くんが歩き出した。


「ここ目立つんで」

「あ、はい」


なんだよ、あれー

男子たちのからかいを含んだざわめきに、やっぱり家電した方がよかったか、と後悔がよぎる。
でも、行動したんだから、今をベストにするほかない。

ちょっとした建物の影に入って早口に切り出した。


「今週の土曜、空いてる!?」

「……は?」

「あ、ごめ」


焦りすぎて色々省いてしまった。

影山くんに勉強を教えるのが今週の土曜、その時に体育館でバレーの練習をするから来てほしい。

一緒に、バレーをしよう。

そう一気に伝えて顔を上げると、相手の方は不可解そうな顔で腕を組んでいた。
笑顔を向けてもらえるとは思ってなかったから、そこまで狼狽えはしなかったけど、二の句に困った。


「え、と」

「なに、企んでるんですか?」

「たくらむ?」

「俺たちが影山さんに……、……色々言われてたの聞いてたくせに、なんで呼ぶんですか。嫌がらせですか」

「そっそんなんじゃない、よ。

嫌なら来なくたっていいし」


そもそも、影山くんにだって話してない。

土曜に後輩くん二人を練習に呼んで、どんな反応されるか……

全部、独断と偏見の、“余計なお世話”だ。




「ただ、君たちさ。

影山くんとバレーしたかったんじゃないかなって」




後輩くんの反応が見たかったけど、見てどうするんだ。

もう彼とは反対の方向に歩き出した。




「それだけ! 言った通り、来たくなかったら来なくていいよ。あっ、もう一人の方にも伝えといて、その、よかったら、だけど」



もう一人の方は本気で私を嫌ってそうだったから、やっぱり二人して来ないかもしれない。
それでいい。

伝えたかっただけだ。


「じゃあ!」


と振り返ってみたら、ちょうど隣にいてびっくりして飛びのいた。ら、呆れられた。


「な、なに?」

「じゃあって、どこ行く気ですか」

「いや、帰ろうかなって」

「そっち別の体育館で袋小路ですけど」

「そ、ですか」

「他校の人があんまり堂々と出歩かないでください」

「はぃ……」


どうやら人目のなさそうなルートで出口まで連れて行ってくれるらしい。

意外と優しいのかな。そう呟くと、ため息をつかれた。

影山さんに迷惑かかると嫌なんで、だそうだ。……先輩想いな後輩で素晴らしいですね。


「部室棟から通り回りさせちゃってごめんね」

「はあ?」

「いや、だって部室棟あっち……」


向こうに見える建物を指差しつつ、さっき彼を見つけた場所を通り過ぎた。


「1年は部室使えないんで」

「そうなの!?」

「北一の男バレ、何人いるか知ってます?」


そう言われて、北川第一との試合のときのことを思い出す。

あの『北一!』コールを繰り返していた部員は、当たり前だが、うちのバレー部員の何十倍だった。
強豪校だと3年生やレギュラーだけが部室を使える場合があると聞いたことがある。
さすが、北川第一だ。


「ここ裏門で、道なりに行けば大通り出ます」

「あ、ありがと! ……なに?」


まだ何か言いたげな後輩くんが、じっとこっちを見てから辺りを見回したから、何かあるのかと思った。

まさか。


「影山くんと約束とかしてないから!」

「みたいですね」

「ほんっと信用してないね」


ここまで連れてきてくれたのも親切心からじゃなくて、影山くんと待ち合わせしてたら邪魔してやろうって魂胆だったんじゃ。
いや、疑心暗鬼はよくない。


「じゃあ、今度こそ!」



ばいばい、


そう言おうと思って、振ろうとした手を止める。

彼の背中は少し遠い。



「あ、あのさあ!」



“コート上の王様っ。それで全部わかるよ”


王様、コート上の王様、そう思い返してみれば、前にも影山くんのことをそう呼んでいた人たちはいた。聞いたことあった。

何のことだろうって、あんまり考えてなかったけど、それって、もしかして。



「なんですか」

「……な、なんでもない! じゃあ、土曜! じゃなくて、よかったら土曜!」


後輩くんにぶんぶんと両手を振ってみたけど、何だこの人って感じの視線と軽い会釈だけが返ってきた。
なぜか“王様”のことは切り出せなかった。
後輩くん二人は、影山くんに憧れているんだし。


いいんだ、別に。

早く、帰ろう。

何とも言えない居心地の悪さを消そうと一心不乱にこの外壁をたどった。
この裏門からのルート、かなり遠回りだけど、おかげで誰も見かけない。

古い体育館が通り沿いに見える。
使われてないかと思ったけど、ボールの音がした。

バスケ部、かな。

ちょっと勢いをつけてコンクリートのふちに上がって覗いてみた。


風がドアを突き破ってきたかと思った。



「!!」



ガッシャン、

ボール、顔面くる、と思ったら、そのボールは網のフェンスにぶつかってその勢いを落とした。

バレーボールだった。

黒い影が見えた。
ジャージじゃなくて制服、男子のズボン。

駆け寄ってくる。

すばやくコンクリートから降りて電子柱の背後に隠れた。

誰かがそのボールを拾って、体育館の扉を閉め直した。
今度はちゃんと閉まったらしく、もう中は覗けない。

今の、影山くんだったりして。

ボールの音がまた少しだけ届いた。

影山くんがいるであろう、さっき教えてもらった教室は、確かにもう電気はついてなかった。













、なんか今日疲れてない?」

「な、なんで! あ、またクマできてる!?」

翌朝のホームルームが始まる前、友人に言われて鏡を取り出してみると、慌てすぎて手鏡が滑り落ちる。


「!」

「日向、ナイスキャッチ」


よく取れたなと感心してしまう。
他の人と話してたし、本当に一瞬のことだったから。

日向くんが笑顔で鏡を差し出してくれた。


「はい、さん!」

「あ、ありがと」

「どういたしましてっ」


友人が意味深につついてくるのを無視して鏡を覗き込むと、疲れよりはうれしさが今は滲んでいた。




next.