土曜日、どうなるんだろう。
あの後輩君たちが来てくれて、その二人を前に影山くんがどんな反応をするか。
その時、私は上手くあいだを取り持つことができるのか。
今考えてもしょうがないってわかるのに、つい想像して、かき消して、また考えてる。
自分じゃどうにもできないんだから、こうやって考えるのも無駄だよなあ。
北川第一に行ったのは月曜、学校に行くいつもの日々が、まだちゃんとある。
「っち、聞いてる!?」
「!! 聞いてる」
「可奈、近いって」
「ちなっちゃん、っちが相談に乗ってくれないー」
友人は、そう言って世界史の資料集、の間に挟んだ雑誌を改めて私の机に広げた。
お弁当も食べ終わった昼休み、日向くんのいない席に彼女が座り、雑誌を中心にしてみんな集まっている。
議題は、この夏、晴れて先輩と付き合うことになった友達のデート先だ。
「相談もなにも、先輩の好み聞けばいいじゃん、どこがいいですかって」
友人のもっともな意見に、言われた方はちょっと不満げに口をとがらせる。
難しいところだよなあ、とは思う。
同じ部活でもないこっちからすると、その先輩のことを知らない訳で、好みがわからない以上どこがいいか予想がつかない。
ただ、高校生の先輩がただでさえ忙しそうで気軽に聞けないって気持ちもわかる。
開かれたページを少しめくってみた。
「あ、ほら、二人とも吹奏楽部だし、ハンドベルコンサートとかどう?」
目についた写真の一つを指差す。
赤と緑のリボン、白い衣装を着ている人たちが演奏する去年の様子が映っている。
クリスマスのイベント特集のページには、イルミネーションやら特別な催しの情報がたくさん載っていた。
「これ行きやすそうだし、そのあと広場のイルミネーション見るとか。クリスマス限定バージョンだって」
「、こういうの好きだよねー」
「いや別に、ハンドベルにそこまで興味ある訳じゃ」
「だってさ、日向」
「!」
「なにが?」
雑誌から視線を外すと、そこに日向くんがいる。
教室にちらほら人が戻ってきていて、友達もすぐ席からどいた。
まだ座ってていいよって日向くんは言ったけど、友達は私のすぐそばに立つと、日向くんは自分の席に座った。
「なんの話?」
日向くんが椅子を引いて、ちょっとこっちに近づく。
クリスマスか!!って大々的に強調されているタイトルに瞳を輝かせた。
そう、そうだ、これって他人事じゃなくて、みんな平等にクリスマスがやってくるんだ。
「はハンドベル興味ないって話」
「なっちゃん、私そこまで否定してないから」
「じゃあ、興味あんの?」
「あるとも言ってないけど!」
「ねーねー、ひなちゃん、デートするならどこがいいっ?」
「デート!?」
日向くんの声が少しだけ裏返る。
同時になんだかそわそわしてしまう。両手を頬にあてた。
「日向的にどーよ、ハンドベルコンサート」
「!もういいよ、ハンドベル忘れて……」
「ハンドベルってなに?」
「がそういうデートいいんじゃないって」
「さんが、デート!?」
「しっしないよ、可奈ちゃんたちの話!」
そこで一気に話題の中心だったデートの行き先相談について説明した。
日向くんが腕を組む。
「それ、先輩と話せば?」
悩む当人以外が思っていたことを日向くんはあっさりと口にした。
「できないよ!!」
「なんでっ?」
「なんでって……」
言いよどむ友達に、日向くんが頭の後ろで腕を組んだ。
「うれしいと思うけどな、相談されたら」
「……そうなの?」
「その先輩の人、知らないけどさ。好きな子からどっか行きたいって相談されて嫌なやついないと思う」
一瞬だけ、目が合った気がした。
「この本持ってその人と話してみれば? ぜったい喜んでくれるって」
「……ぜったい?」
「おう!」
「可奈、仮に喜んでもらえなかったら慰めてあげるって」
「ほんとに?」
「そんな嘘ついてどうすんの」
「んーーー……、考えてみる」
そっと様子を窺うと、友達の深刻そうな表情がさっきよりも和らいでみえた。
「わっ!」
「っちもありがと!」
「ううん!」
「ちなっちゃんも!!」
「抱きつかなくていいってば」
ちょうど予鈴が鳴ったから、友達も広げていた雑誌と資料集をかかえて自分の席を目指した。
心なしか、お昼の時よりも足取りが軽そうでよかった。
椅子を引く音のほうを見ると、また日向くんと目が合った。
少しだけ間があった。
「さんは、さっきのさ」
「さっきの?」
「いや、クリスマス、行きたいところあったかなって。あ、ハンドベルだっけ?」
「そっそれはいいから!」
たかが思い付きで言い出しただけなのに、自分の好みと思われても困る。
次の授業のノートと教科書を出していると、先生が入ってきたから、それ以上は話を続けなかった。
「さん、ごめん。資料集忘れたから見せてもらっていい?」
「いいよ」
私が了承するより早く日向くんは自分の机をこっちに寄せていた気がして、ちょっと面白かった。
もし、私も忘れてたらどうするつもりだったんだろう。
「なんかおかしい?」
「ううん」
不思議そうにこっちを見る日向くんに、笑ってしまった理由は説明しなかった。
日直が号令をかけるから、日向くんもそれ以上追求はしてこなかった。
*
隣、もとい日向くんから差し出された1枚のプリント。
なんだろ。
先生が授業から横道にそれて、授業に関連した豆知識を得意げにしゃべっているときだった。
「?」
プリント自体はさっき配られたものだ。
蛍光ペンで言われた箇所に線を引いてるし、埋めるべき解答欄も埋まってる。
これが、どうしたんだろう。
自分の持ってるプリントを見ても、答えは合ってる。
日向くんを見ると、目配せされた。
……自分の察しの悪さが情けない。
それに気づいてくれたのか、日向くんがプリントの空きスペースを指差した。
“行きたいところあった?”
鉛筆の走り書きだ。
日向くんには申し訳ないんだけど、字が小さすぎてまったく気づかなかった。
行きたいところ……
行きたいところ?
ほんの僅かに期待が沸き上がる。
「……」
どうしたものか少し悩んでから、日向くんの書いた文字のすぐ下に書き加えた。
“行きたいところって?”
“さっき夏目達と話してたから クリスマス どっ”
書きかけの『どっ』の続きが気になった。
先生がクラス全体を見回したから、日向くんはプリントに書く手を止めたんだ。
顔を上げているだけ、私たちは真面目だろう。
お昼休みが終わって最初の授業、教室の中はとってもあったかい。
それに、この先生の淡々としたしゃべる口調ってすごく眠気を誘うから、机に突っ伏している人は多かった。
「で、そう思う人も多いですが」
先生は、また静かな調子で豆知識の説明を続けた。
日向くんの目が泳ぐ。
大丈夫そうと踏んで、すばやく鉛筆を走らせた。すっとプリントがまた差し出される。
“クリスマス どっか行こう”
つい隣を見てしまって、日向くんもこっちを見ていて、すぐ自分のノートに視線を移した。
クリスマス、どっか、行こう。
そう、クリスマスは、他人事じゃない。
「じゃあ、資料集の次のページを見てみてください。コラムです」
先生がそう言うから、日向くんと私の机の間をつなぐ資料集のページをめくろうとして、ちょうど日向くんも触ってて、ビリ、と嫌な音がした。
「さんごめん!!」
「あ、いいよ、これくらい」
どうせ来年は使わなくなる資料集より、日向くんからのメモ書きの方がずっと気になる。
先生が言っていたコラムが見やすいように、資料集を動かした。
中途半端に動いているプリントには、日向くんからの紛れもない誘い文句がちゃんと書いてある。
クリスマス どっか行こう
クリスマス、どこか、行きたい。
なんとなく日向くんが返事を待っている気がして、どこ行こうってすごくワクワクして、まず『行く!』って書こうとペン先を近づけた。
その瞬間、あの冬の木枯らしを思い出した。
去年のことだ。
日向くんに電話で呼び出された、あの日のこと。
あの公園でひとりバレーをしていた日向くん。
いま隣にいる日向くんと同一人物、そんなことわかってるのに、なぜか急に戸惑った。
next.