ハニーチ

スロウ・エール 135





、どういうことだ」


笑顔は無力、影山くんの前で確信した。

上げた口角も引きつる。落ちつこう、おちつけ。





無理だ。影山くんは怖い。

チラ、とそばにいる後輩くん二人を見た。
二人とも愛想ゼロだけど、影山くんと比べたらまだマシで、そんな二人だって影山くんの前じゃ尻尾を下げた子犬に見える。

影山くんが腕を組んでこちらをにらむ。


お、おちつけ、

一度、状況を整理しよう。


冴子さんが行ってから、今日は勉強会の前に体育館で練習する予定だったから、着替えることにした。

ここまではいい。

笑顔が大事って、走りたいって思ったら走ってみるって決めたから、よし!って思った。

そう、ここまでもいい。

こっからだ。

バレーの先生から電話があって、今日の影山くんとの練習時間を聞かれた。

なんでだろう。
そのまま疑問を口にすると、先生はあっさりと言った。


「ユキとアヅ、どっちにも開始時間教えてないだろ」


教えて、ない?


あっ、

そう、だ。

北川第一に行ったとき、練習する日付は教えてたけど、何時かまでは言ってない。

うっかりしてた。
来てくれるかわからないから、そっちに頭がいっぱいで、待ち合せる時に必要な情報がストンと抜けていた。

先生は当然時間を把握してるから代わりに伝えてくれたらしく、その分だと二人は今日やってくるんだろう。
この電話は、その事実を私に教えてくれるものだった。


「す、すみません……」

『それはいいけど私はちょっと遅れるから。飛雄が知ってると思うけど、手続きはよろしく』

「はぃ」



先生との電話が終わってすぐ、本当にあの後輩二人が入り口から入ってくるのが見えた。

ああ、これから長い今日が始まる。

そう思った矢先に、前にも突っかかってきた方が同じ調子で敵意を隠さずに向かってきたんだ。


「来いって言っといて時間言わないって何考えてんですか」

「ご、ごめん」


謝りながら、一応は丁寧語で話しかけてもらえるんだなあとちょっと現実逃避してしまった。

雪平くんはと言えば、目が合うと、はあって感じでため息をつかれた。
どうやら片方が文句をいう時は、こっちは相手に任せるようだ。

ガーガーと怒られているのを聞き流しながら、まだ影山くんに何にも伝えてないことを言わなくちゃ、と思ったその時、ジャージ姿の影山くんがちょうど見えた。


あ、早く説明しないと。


と何してる」


思考は影山くんより出遅れた。

私と彼らの間に立って、この間と変わらぬ冷たい態度で影山くんが大きな声を上げた。

幸いこの時間とあって注目を集めるほど人はいなかったが、そりゃ二人は面食らう。

今度は私が間に割って入った。


そりゃ、影山くんはこう言う。




「どういうことだ」


影山くんはさっきよりは声量を押さえて、けれど向けられる眼光を強めて繰り返した。

早く、説明しないと。


「あ、あの、影山くん」

「はっきり言わないとわかんねえのか」

「待って!」


影山くんの視界には私が入っていなかった。横をすり抜けて、二人に向かう影山くんの前に立った。


「なんだよ、さっきから」

「わたしがっ、呼んだ」

「は?」

「私が、二人を、呼んだの」


影山くんが眉を寄せた。

変な緊張感に息をのむ。

早口に告げた。


「今日の練習、二人もいたらいいと思って。影山くん、ずっと、試合やれてないって先生から聞いてたから」


2対2、

私とこの二人がいれば叶う。

影山くんにとってもプラスになる。

俯いていた視線を上げると、影山くんは難しい顔をしたまま、こっちを見つめていた。


「……誰も、頼んでねぇよ」

「それは、知ってる」

「練習手伝うっつったろ」

「い、言った。だから、二人も呼んで、「余計なことするな」


影山くんが踵を返して私たちに背を向けた。

追いかけた。


「ど、どこ行くの」

「関係ないだろ」

「勉強もするんだからッ」

「邪魔したのはじゃねーか!」

「に、逃げるんだっ」


心臓がバクバクいっていた。

建物の入り口、影山くんが微妙な位置に立っているから、自動ドアが閉めようかどうしようかと迷うようにガタガタと音を立てた。


「そ、そうだよね、負けるのは怖いよね。2対2って言っても北一のバレー部の後輩だし、組む相手が私じゃあフォローしきれないし」


言いながら、よくもまあ口から出まかせが出てくるものだと我ながら感心した。


「だったらしょうがない、今日はこれで。ばいば、イ!?」


ひらひら振っていた右手をがっしり強く掴まれた。力加減がまったくなくて、本気で痛い。
引っ張られる、再び中へと。


「逃げねえよ」

「!」


ぽいっと投げ捨てられるように後輩二人の前に連れ戻された。

影山くんが私達に言った。


「第一体育館だ」


二人がピシッと運動部らしく返事をする横で、何とも言えない息を長くついた。










影山くんも後輩二人も準備を整えて、体育館にやってきた。
慣れた調子でネットも張られる。ボールも持ってきた。

無言、これからチームスポーツをやるというのに、この張り詰めた空気はなんだ。

ふと足を伸ばしていた影山くんと目が合った。


、足引っ張んじゃねーぞ」

「そっちこそ。手加減しないからね」


言いながら、誰に向かってこんな偉そうなこと言ってるんだろう、と内心自分にツッコんでいた。

言われた方の影山くんの方は、


「そうかよ」


……笑っ、た?

目をこすってもう一度よく見たかったけど、影山くんは入念に準備体操をしていて、すぐ確認できなくなった。

次に見た時はいつも通りの可愛げのない表情、あの微かな笑顔は見間違えかもしれない。

向かいのコートで後輩くんたちも体操をしている。

先生はまだ来てなかったけど、時間が惜しい。ゲームを始めることにした。




、こっちだろーがッ


実際に言葉にされていないのに、そう言わんばかりの強気なトスの連続だった。

なんとか打てた。よく打てた。こんなのばっかり。

それでも決まった。決められた。



「くっ!」
「ちくしょう」



試合は一方的だった。

私たち、いや、影山くんと私のペアが二人を圧勝していた。

というか、相手の後輩チームが本領を発揮しているとは思えない。

北一のバレー部員なのに?

ボールが拾えない?サーブがまだ下手だから?打ち分けが出来てない?

頭の半分をそんな疑問で占めながら、影山くんが拾ってくれたボールを心を込めて宙に上げた。



「影山くんっ」


多少高くボールを上げたって問題ない。

影山くんなら、そう。


落ちてきたボールが、ストン、と影山くんの手のひらにはまる、と思えば、打ち下ろされる、反対側のコートへ。

もし審判がいたなら、笛の音が高らかに鳴り響くはずだ。

見事スパイクを決めた影山くんに片手を上げたけど、ぱちんと重なることはなかった。いいけど!

今の点で、こっちの勝ちだ。


「言っただろ、俺の勝ちだ」

「影山くんさ、メンバーチェンジしよう!」

「は?」

「いいよね、そっちも。影山くんと組みたいよね?」


影山さんとは組みたいけど、でも私とは組みたくないって顔に書いてあったけど、この際無視しよう。
不機嫌そうな影山くんも無視だ、無視。




「私は女子だからって思ってたけど、私達3年生だし、向こうは1年。ハンデがありすぎた。影山くんならだれと組んだって怖くないよね。

あ、私とだけ組んでたい?」

「言ってねーよ」

「だよね、じゃあ、次は敵同士ということで!」


反対側のコートに移動する。

二人は仏頂面で立っていた。

腰に手を当てて待った。


「どっちが私と組むの?」

「……」
「……」

「そう、指名してほしいなら、えーっと阿月くんだっけ、あ、アヅくんと呼ぼう」

「はあ!?」

「雪平……いやこの際、ユキくんって呼ぶ。ユキくんは影山くんとで」

「はい」

「あ、ユキおまえ!!」

「いいじゃん、これ終わったら変われば」

「はい、決まり。じゃあ、ボールはこっちにあるから始めよう」


納得していないパートナーと影山くん、ちょっとだけそわそわ嬉しそうに見える後輩くん、第2試合は始まった。



next.