ハニーチ

スロウ・エール 136




あの時とはすべて違う体育館、コート、パートナー、対戦相手。

それでも心は高揚する。

6人対6人じゃなくても、一人じゃないバレーは、やっぱり。




「くそッ!」

「まだ!!」


相手側に影山くんが立って初めて、力量の差を痛感する。

ボールを拾うのがやっとだ。
後輩くんにトスを上げてもらっても、影山くんに真正面に立ちはだかられたらすぐ叩き落される。

あー、もう!

こっちを向きもしない後輩くんの腕を引っ張って相手チームに聞こえないように距離を縮めた。


「ねえ、アヅくんさ」

「な、なな、なにすんだよ!?」


予想を上回るほど動揺しているようで敬語が消えてしまったが、ツッコまない。


「次のボール、君が拾って。私が上げる」


さっきから私がボールを拾い続けてるから、スパイクを打つのも私になってる。
やっぱり影山くんたちの壁に勝てない。私じゃパワーが足りない。


「この際言うけど、ボール諦めるの早すぎる。2人しかいないんだから、お互いがやれることやんないと勝てないよ」


相手が嘲るように笑った。


「相手、影山さんですけど」


勝てると思ってるのか、そう言わんばかりの反応だった。


「いつまで作戦会議してんだ」


試合前は2対2を渋っていた影山くんもこんな風に急かすほど乗ってきている。今、この流れを止めたくない。


「もうやる!



あのさ、

 ……相手が誰だろうとコートに入ったらやること決まってない?」


この感覚、どこから湧いてくるかわからないけど、滾々と心の奥からあふれ出てくる。

いつのまにか汗で張り付いていた前髪を払った。


「私は、ちゃんとバレーしたい。

今日来てくれたのも、二人がバレーするためだって思ってる」


じゃなきゃ、ここに来ない。

相手が影山くんだからっていうのも理由だけど、それだって、この圧倒的な才能と同じコートで向き合ってみたかっただけじゃないか。

もう少ししたら、このゲームも終わる。

まだ続けたい。

バレーが、したい。



「作戦会議終わりっ。


やろう!」



それぞれが試合に意識を戻す。

ボールが、来る。


さあ、どうなる。



一層勢いを増す球、私は拾わない。任せる。鈍い音、明後日の方向にはじけ飛んでいく。


上等、


履きなれたバレーシューズで床を踏みしめ、素早くボールの元に移動し手を添える。

昔と変わらず意識してきたスパイカーへの敬意を込めて、ネット際にボールを運ぶ。


飛ぶ姿、


そうだ、何度だって見てきた、この光景。わたしの、好きだった世界。


はじいた!

ボールが相手コートに確実に入った。



「……ゃった! できた! ねえ、できたね!!」

「影山さんは完ぺきだったけどユキが」

「どっちでもいいよ、決めたじゃん!」

「うるさい、まだ試合続いてます」

「ハイタッチくらいよくない!?」


なんとかチームメイトと手を合わせようとしていると、反対コートから影山くんにずいぶんとドスの効いた声でと呼ばれた。

なんで影山君まで怒っているんだ、と思ったけど、点を取られたのが面白くなかったんだろう。
すぐに位置についた。


そうこうする内に、大きく開いた点差に追いつけず、今度もやっぱり影山くんたちの勝利となった。





「ユキくん、おつかれ。負けたね」


メンバーチェンジをしてもうひと試合、結局、それでも影山くんのいるチームに勝てなかった。
強引なトス回しがあっても、本人が点を取り戻してしまうから、強烈な個人の力量を目の当たりにする形で終わった。

今は、アヅくんがボール出しで、影山くんがサーブ練をしている。

試合をやったおかげか影山くんの後輩二人に対する警戒心も幾分か和らいだようだ。

私達は、二人の練習を眺めながら、ドリンクを口にした。


「影山さん相手に勝てるわけないです」

「いい線いったと思うけど」

「アイツ、影山さんのトス読むの下手だから」


さっきの試合を思い出す。

相手コートの影山くんのトスは、チームメイトに向けられていない。
反対側にいる私達だけを意識したトスだった。

味方がどんな体勢でいるか、どういう高さなら打ちやすいか、そんなものは一切考えられていない、勝つためだけの正解だった。


“コート上の王様”


前に北川第一に行ったときに聞かされた単語が浮かぶ。

意味を知っているか聞いてみたかったけど、やっぱり口に出すのが憚られて、ドリンクごと飲み込んだ。


さん」


急に呼ばれるとは思わなかったから、むせてしまった。かっこがつかない。


「大丈夫ですか」

「ごめん、平気。な、なに?」

「ありがとうございました、今日」


ありがとう、の意味を一瞬忘れてしまった。

急に気恥ずかしさがこみ上げてきて、ドリンクをこぼしかけた。
慌ててペットボトルのふたをひねった。


「わ、たしはなんにも……」


影山くんが結果的に私の無茶ぶりを受け入れてくれただけだ。


「それでも、さんが誘ってくれなかったら、今ここにいません」

「……あ、うん」

「さすが影山さんの彼女」

「それほんっとやめてくれないかな!」


抗議すると、ひらりとかわされた。一瞬でも可愛い後輩に見えた自分を訂正したい。
そりゃさっき試合中の作戦会議の時、怒りを込めた感じで影山くんに名前を呼ばれたけど、それは単に試合を長く中断させたからだ。


「ユキくんが言うように、嫉妬とかないから。そもそも!!」


中身半分のペットボトルを、ぎゅっと握りしめた。



「わ、私、付き合ってる人いるからっ」



言った後にひどく後悔した。


「影山さんに言っときます」

「やめて」

「なんで?」

「言いふらすことじゃないでしょ! うわっ!!」


影山くんのサーブが珍しく大きくずれて、私と雪平くんの間を通って行った。

体育館の利用時間ももう終わりに近づいていた。










「一緒に練習したんだし、ごはんもいっしょ! 行こう!」


影山くんと元々行く予定だったお好み焼き屋さんに4人で向かった。

後輩くんたちは遠慮から行くのを渋っていたけど、ここまで来たら最後まで付き合ってもらう。

先頭を影山くんが歩いていた。

いつまでも、着かない。


「……あ、あのさ、影山くん、道あってる?」

「知らねえ」

「なんで知らないで堂々と歩き続けてるの?」


影山くんの手にあった券を見せてもらって地図を確認する。


「これ、真逆だと思うんだけど……」

「そうかよ」

「あのねえ……!!」


かれこれ20分近く歩いておかしいとは思っていた。

来た道を戻る。
途中でバス停があった。


「あの、俺たち午後練あるんで、バス使います」

「そ、そっか、用事あったんだ、ごめん」

「いいです、今からだと間に合わないってだけなので」


二人が何か呟きあったかと思えば、私たちに頭を下げた。何事かと思った。


「「アザース!!」」


え、なに、えっ。


「ああ」


影山くんはそれだけ返すと、スタスタと歩き出す。
私はどうしたらいいかわからず、先を行く影山くんとバス停に立つ二人を交互に見やった。

アヅくんが指さした。


「影山さん行ってますけど」

「そ、だね。じゃあ、二人ともありがと!! 午後練……」


それは、北一のバレー部での練習ってことだ。

影山くんは引退していて、参加することはない。


「……がんばってね、本当に今日ありがとう!!」


二人から向きを変えて、進むべき道を見据えた。


「もう、あんなとこまで行ってる」


影山くんの中に、私を待つという選択肢はないらしい。

荷物を肩にかけ直して、ダッシュした。



next.