ハニーチ

スロウ・エール 138




2対2をやってみて、私もわかったかもしれない。

先生たちが影山くんに手助けしたくなる理由、自分には関係ないのにおせっかいしたくなる何か。


影山くんのバレーは、“正しい”ものだった。

譲らない真っ直ぐさ、ズレたところにいる一般の人には、影山くんのプレイは理解できてしまうときれいに映る。

凡人には届かない美しさがあった。


だからこそ同じコートにいるとその正しさが脅迫的で、チームメイトとして並んだ時は、不出来な自分が歯がゆく息苦しかった。


追ってこい、と、

俺が正しいと、


影山くんのすべてがダイレクトに響いた。


そして、実際正しいから、理解してしまうと、できない自分に真綿のような苦しさが終始まとわりついてきた。

影山くんから見れば私だって後輩だって、たかが格下だ。
そんな私達との練習試合なのに、影山くんは一切手を抜かなかった。
真剣だった。

俺の勝ちだと言い切る子供っぽさよりも、勝負する相手と捉えてもらえた事実にこそ驚いた。



は2対2に慣れてるんだな」

「へっ?」

「この間、試合見た」

「試合? あ、昔やってたやつってこと?先生からDVD?」

「ああ」


勉強していた手が自然と止まる。

影山くんの方は漢字の暗記をしていて、同じ四文字熟語をよどみなく書き連ねていた。

過去の試合は、そりゃ先生の手元にはあるはずで、先生は他のチームの人よりずっと記録することを重視していた。
先生曰く、実際のプレイと向き合えることこそ成長への近道だと。

(それを理由にビデオの新機種など次々買いあさっていて、大人はすごいと思ったものだ)

記録対象がバレーといえど小学生だから、影山くんが見てプレイの参考になるとは思えない。
ただ、こちらの下手さが露呈するだけじゃないか。

あれ、2対2……?


「練習の動画でも見たの?」


普通の試合の動画ならいくらでもありそうだけど、練習も撮ってたのかな。


「試合だ、全部の」

「全部の、試合!?」

「残ってるの出してもらった」

「なっなんで? そんなの見てどうするの」

「俺に何が足りないか知りたかった。のトスにあるなら見た方が早い」


そういえば、前にそんなことを先生が影山くんに吹き込んだんだった。


「それ、先生の間違いだから。 私の、しかも小学生のなんか、参考になるはずない」

「見てみないとわかんねーだろ」

「それは、そうだけど」


影山くんの視線が送られてきて、またノートに戻る。

私のトスにあるものなんか……


「2対2みたいな試合だった」


何を言われたのかと思った。

練習ではなく、私たちの、試合。


「あのタッパのある短髪……、1年上だったな」


先生、どこまで話したんだろう。そう思いながら頷いた。

隠すようなことでもないし、影山くんが他人に興味を持つこと自体貴重だ。


「そうだよ、舞は……あのスパイカーは1個上で、だから最後の1年間には映ってないよ」

「変わったな、プレイスタイル」


心が、刺激される。


「あのスパイカーが出てる試合は全部回してた。スパイカーの力もあるが、のトスもさっきより強気だった。
今日の試合、遠慮してたのか知らねえが、判断が遅かった」

「……」

「あのスパイカーはの要求に全部答えた。コンビネーションも合ってる。でも、

「そうだね、最後の方の試合はこれまでと違った。そうでしょ?」


自分でもわかるくらい声色が変わっていて、いくら人に興味のない影山くんでもこちらの変化に気づいていた。


「……ああ。前に言ったな、スパイカーと上手くいかなくなったからやめたって。

がスパイカーに回さなくなったから。
違うか?」



まるで、喉元に正解を突きつけられているかのようだった。



「……見てもらった通りだよ。私のバレーはそれで終わったの」


シャーペンの芯が音を立てて折れた。
カチ、カチとペンの頭をノックして冷静さを取り戻そうとする。
でも中途半端な長さの芯は、またペン先に隠れてしまって、仕方なくつま先で引っ張り出した。

謝ろうかと思った。感情的になったから。

でも、謝りたくなかった。

踏み込んできたのは、影山くんの方だ。
自分のことは棚に上げていた。



「またやればいいだろ。

別に付き合ってもいい」



何を言われたかと思った。



「芯あるぞ」

「あっ、……自分のあるから。ありがと」

「ん」

「あのっ、バレーのこと言ったの? 今」

「?他にあんのか」

「いや、ない、とは思うけど。影山くんの、自分の練習する時間が減っちゃうから聞き間違いかなって」


そわそわした。

そんな風に言ってもらえたことに。

この人の興味関心の対象に、自分がいた事実に。



「一人の練習はいつでもできる」

「そ、れならいいんだけど」


そこまで言って、私たちはテスト勉強に戻った。













「えっ、そうなの?」


影山くんとの勉強会の終わり際、思わず大きな声が出てしまった。

幸い、練習終わりの人たちも増えて周囲は騒がしく、こっちを気にかける様子はなかった。

でも、早とちりはよくない。



「北一の1年って最初はずっと雑用なんだ」


てっきり全員試合に出ていると思い込んでいた。

だとしたら今日の後輩二人も2対2なんて初めてだったかもしれない。
そりゃ試合中もぎこちなかったのも当然だ。


「できるやつは上の練習に混ざる」

「できる人は、ね。皆がそうじゃないってことでしょ」

「そうだ」

「やっぱりすごいね、そっちの学校」

「すごい?」

「練習するのも一苦労だから。うちの学校なんて、人数がそもそも足りないし」


しゃべりつつ、影山くんは話半分で聞いているのが見て取れた。

なんでも興味を持ってくれる訳じゃない。
自分のバレーと関係があるかどうか、影山くんの判断基準はすべて「バレー」だ。


「二人の連絡先って影山くん知らないよね? だよね」


また今日みたく練習に誘えると思ったけど、知らないんじゃ仕方ない。

それに、今日わかった。

鞄に荷物をまとめながら言った。



「影山くん、バレー、付き合ってもらわなくて大丈夫だよ」



手は止めずに筆箱を奥にいれた。



「私は、バレー好きだけど、影山くんとか、雪平くんたちみたく、バレーやりたいって思ってる人の手伝いが出来ればいいってだけで。
自分がしたいわけじゃなくて……あ、したいは、したいんだけど」


自分で言っていて、矛盾していることがよくわかる。


「バレー自体は好きだし、やりたかったんだけど、ずっとそうしてたいって訳じゃなくって。なんていうのかな」

「ごちゃごちゃうるせえ」

「ご、ごめん!」

「付き合えよ」



影山くんがカバンを背負って、横目にこちらを見る。



「どこに?」

「サーブ練する。ボール出し頼む」

「い、いいけど、今から?場所は?」

「さっき早めに終わったところがある。そこ借りる」


抜け目ない。

確かにさっき団体さんがそんなことをしゃべりながら、私達のそばを通り過ぎて行った。


「別にがバレーやろうがどっちでもいい。
俺に関係ない。

ただ、関わった以上、逃げんな」

「……」

「今日付き合った分は手伝ってもらう」

「う、うん……」

「なんだ」

「今日のテスト勉強教えたのでチャラかなって。

いいよ、手伝うよ!手伝う!」


このギロッとした愛想なし、これのせいで影山くんのバレーの凄さって一部の人にしか知られてない気がしてきた。

早歩きで体育館で向かってるし。置いてけぼり。

いいや! 突っ走ろう。
転んだっていい。

王様と言われるだけの自己中さは納得済だ。
その才能に惹かれたのも事実だった。



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