2対2をやってみて、私もわかったかもしれない。
先生たちが影山くんに手助けしたくなる理由、自分には関係ないのにおせっかいしたくなる何か。
影山くんのバレーは、“正しい”ものだった。
譲らない真っ直ぐさ、ズレたところにいる一般の人には、影山くんのプレイは理解できてしまうときれいに映る。
凡人には届かない美しさがあった。
だからこそ同じコートにいるとその正しさが脅迫的で、チームメイトとして並んだ時は、不出来な自分が歯がゆく息苦しかった。
追ってこい、と、
俺が正しいと、
影山くんのすべてがダイレクトに響いた。
そして、実際正しいから、理解してしまうと、できない自分に真綿のような苦しさが終始まとわりついてきた。
影山くんから見れば私だって後輩だって、たかが格下だ。
そんな私達との練習試合なのに、影山くんは一切手を抜かなかった。
真剣だった。
俺の勝ちだと言い切る子供っぽさよりも、勝負する相手と捉えてもらえた事実にこそ驚いた。
「は2対2に慣れてるんだな」
「へっ?」
「この間、試合見た」
「試合? あ、昔やってたやつってこと?先生からDVD?」
「ああ」
勉強していた手が自然と止まる。
影山くんの方は漢字の暗記をしていて、同じ四文字熟語をよどみなく書き連ねていた。
過去の試合は、そりゃ先生の手元にはあるはずで、先生は他のチームの人よりずっと記録することを重視していた。
先生曰く、実際のプレイと向き合えることこそ成長への近道だと。
(それを理由にビデオの新機種など次々買いあさっていて、大人はすごいと思ったものだ)
記録対象がバレーといえど小学生だから、影山くんが見てプレイの参考になるとは思えない。
ただ、こちらの下手さが露呈するだけじゃないか。
あれ、2対2……?
「練習の動画でも見たの?」
普通の試合の動画ならいくらでもありそうだけど、練習も撮ってたのかな。
「試合だ、全部の」
「全部の、試合!?」
「残ってるの出してもらった」
「なっなんで? そんなの見てどうするの」
「俺に何が足りないか知りたかった。のトスにあるなら見た方が早い」
そういえば、前にそんなことを先生が影山くんに吹き込んだんだった。
「それ、先生の間違いだから。 私の、しかも小学生のなんか、参考になるはずない」
「見てみないとわかんねーだろ」
「それは、そうだけど」
影山くんの視線が送られてきて、またノートに戻る。
私のトスにあるものなんか……
「2対2みたいな試合だった」
何を言われたのかと思った。
練習ではなく、私たちの、試合。
「あのタッパのある短髪……、1年上だったな」
先生、どこまで話したんだろう。そう思いながら頷いた。
隠すようなことでもないし、影山くんが他人に興味を持つこと自体貴重だ。
「そうだよ、舞は……あのスパイカーは1個上で、だから最後の1年間には映ってないよ」
「変わったな、プレイスタイル」
心が、刺激される。
「あのスパイカーが出てる試合は全部回してた。スパイカーの力もあるが、のトスもさっきより強気だった。
今日の試合、遠慮してたのか知らねえが、判断が遅かった」
「……」
「あのスパイカーはの要求に全部答えた。コンビネーションも合ってる。でも、
「そうだね、最後の方の試合はこれまでと違った。そうでしょ?」
自分でもわかるくらい声色が変わっていて、いくら人に興味のない影山くんでもこちらの変化に気づいていた。
「……ああ。前に言ったな、スパイカーと上手くいかなくなったからやめたって。
がスパイカーに回さなくなったから。
違うか?」
まるで、喉元に正解を突きつけられているかのようだった。
「……見てもらった通りだよ。私のバレーはそれで終わったの」
シャーペンの芯が音を立てて折れた。
カチ、カチとペンの頭をノックして冷静さを取り戻そうとする。
でも中途半端な長さの芯は、またペン先に隠れてしまって、仕方なくつま先で引っ張り出した。
謝ろうかと思った。感情的になったから。
でも、謝りたくなかった。
踏み込んできたのは、影山くんの方だ。
自分のことは棚に上げていた。
「またやればいいだろ。
別に付き合ってもいい」
何を言われたかと思った。
「芯あるぞ」
「あっ、……自分のあるから。ありがと」
「ん」
「あのっ、バレーのこと言ったの? 今」
「?他にあんのか」
「いや、ない、とは思うけど。影山くんの、自分の練習する時間が減っちゃうから聞き間違いかなって」
そわそわした。
そんな風に言ってもらえたことに。
この人の興味関心の対象に、自分がいた事実に。
「一人の練習はいつでもできる」
「そ、れならいいんだけど」
そこまで言って、私たちはテスト勉強に戻った。
*
「えっ、そうなの?」
影山くんとの勉強会の終わり際、思わず大きな声が出てしまった。
幸い、練習終わりの人たちも増えて周囲は騒がしく、こっちを気にかける様子はなかった。
でも、早とちりはよくない。
「北一の1年って最初はずっと雑用なんだ」
てっきり全員試合に出ていると思い込んでいた。
だとしたら今日の後輩二人も2対2なんて初めてだったかもしれない。
そりゃ試合中もぎこちなかったのも当然だ。
「できるやつは上の練習に混ざる」
「できる人は、ね。皆がそうじゃないってことでしょ」
「そうだ」
「やっぱりすごいね、そっちの学校」
「すごい?」
「練習するのも一苦労だから。うちの学校なんて、人数がそもそも足りないし」
しゃべりつつ、影山くんは話半分で聞いているのが見て取れた。
なんでも興味を持ってくれる訳じゃない。
自分のバレーと関係があるかどうか、影山くんの判断基準はすべて「バレー」だ。
「二人の連絡先って影山くん知らないよね? だよね」
また今日みたく練習に誘えると思ったけど、知らないんじゃ仕方ない。
それに、今日わかった。
鞄に荷物をまとめながら言った。
「影山くん、バレー、付き合ってもらわなくて大丈夫だよ」
手は止めずに筆箱を奥にいれた。
「私は、バレー好きだけど、影山くんとか、雪平くんたちみたく、バレーやりたいって思ってる人の手伝いが出来ればいいってだけで。
自分がしたいわけじゃなくて……あ、したいは、したいんだけど」
自分で言っていて、矛盾していることがよくわかる。
「バレー自体は好きだし、やりたかったんだけど、ずっとそうしてたいって訳じゃなくって。なんていうのかな」
「ごちゃごちゃうるせえ」
「ご、ごめん!」
「付き合えよ」
影山くんがカバンを背負って、横目にこちらを見る。
「どこに?」
「サーブ練する。ボール出し頼む」
「い、いいけど、今から?場所は?」
「さっき早めに終わったところがある。そこ借りる」
抜け目ない。
確かにさっき団体さんがそんなことをしゃべりながら、私達のそばを通り過ぎて行った。
「別にがバレーやろうがどっちでもいい。
俺に関係ない。
ただ、関わった以上、逃げんな」
「……」
「今日付き合った分は手伝ってもらう」
「う、うん……」
「なんだ」
「今日のテスト勉強教えたのでチャラかなって。
いいよ、手伝うよ!手伝う!」
このギロッとした愛想なし、これのせいで影山くんのバレーの凄さって一部の人にしか知られてない気がしてきた。
早歩きで体育館で向かってるし。置いてけぼり。
いいや! 突っ走ろう。
転んだっていい。
王様と言われるだけの自己中さは納得済だ。
その才能に惹かれたのも事実だった。
next.