ハニーチ

スロウ・エール 139




影山くんのサーブ練習に付き合いながら、はじめて会ったとき、この高速のボールにぶつかったんだと思い返した。

ボール出しとはいえ、意識をコートに乗せながら、ふと思う。

日向くんとはじめてしゃべったときも、同じようにバレーボールがやってきたんだった、と。


二人を思う。


バレーは一人じゃできない。

一人でいたって、バレーをやりたいと願ってしまう。


神様は、なんでやりたいって思ってる人を上手いことやらせてあげないんだろう。

なんでもできるんじゃないの?






「はい」


ボールを影山くんの方にパスする。


ここに神様はいないけど、代わりにちっぽけな私はいるから、ちょっとでも役に立てたらいいな、と密かに願った。


















「終わったーー!」


週明けから続いていたテストの最終日、ラストの科目の答案用紙を前の人に手渡した瞬間、隣の日向くんが机に突っ伏して両腕を伸ばした。
その勢いのまま、問題用紙が机から滑り落ちて、そのプリントは泉くんの席を通り越して、関向くんの席まですべって行った。

呆れた先生が注意していたけど、この解放感を前に同じことをしたくなる気持ちはよくわかる。

問題用紙を持って席に戻ってきた日向くんと目が合った。


さん、最後のやつ、どれにしたっ?」

「最後は、えーーっと、(イ)かな」

「よっし! 一問、当たった!」

「い、いや、あの、私が合ってるかわかんないから」


さん、俺も(イ)にしたよ。(エ)と悩んだんだよね」

「泉くんも!よかった。なっちゃんはどれにした?」


どうせすぐテストが戻ってきたらわかることだけど、気持ちが晴れやかでなにかしゃべりたかった。
答案を数え終えた先生が教室を出ていくと、いっそう教室の中はにぎやかだ。

受験生とはいえ、冬休みが始まる。
クリスマスだってお正月だって来る。


そうしたら、春も来る。





さーん! ゴミ捨て、おれも手伝う!」


ホームルーム終わりの教室掃除、他のみんなは帰り支度をしている中、日向くんがまさに飛んできた。


「日向くん、じゃんけん勝ったのに」

「袋2つだしさ、行こっ」


テストが終わったからか、日向君の足取りがとっても軽い。

特段一人でやっても問題ないけど、一緒に行ってくれるならそれはそれでうれしかった。
廊下がぐっと冷えていたって気にならない。

窓の外に視線を移した。



「雨、降りそうだね」

「今日降るっけ?」

「遅くなったらって天気予報で見たけど、これだけ寒いし、雪になるかなあ」

「おれんち、一昨日の雨の時はみぞれだったよ」

「もうっ? やっぱり冷えるんだ。山の方だもんね」



校舎の裏にある大きなゴミ捨て場に袋を入れて、また戻る。

そういえば、ここで告白の話をされそうになったんだっけ。二人でゴミ捨てに来る機会なんてそうないから、すっかり忘れていた。

あの時は夏休み明けの始業式の日だった。


さん、どうかした?」

「な、なんでもないっ。寒いし早く戻ろうっ」

「だね!」


廊下も寒いとは思ってたけど、外に出てみれば、校舎の中はあたたかく感じられた。
それでも、はあーって息を吐くと、白くみえる。


さん、今日もう帰る?」


手をすり合わせていると、日向くんに聞かれた。


「もしかしてトス?」

「んーん、今日は1年と女バレに混ぜてもらうっ」

「そういえば、そんな予定だったね」


だからテストがんばれそうって話を電話でも聞いたのを思い出した。


「他に、なにかしてほしいことあるの?」

「じゃなくて、一緒に帰りたいなって。あ、さん、塾?」

「ううん、今日は塾ないから……」


本当は早く帰ろうかと思ってたんだけど、こんなウキウキした日向くんを前にしたら、決まってる。


「部活終わるの待ってるよ」

「やった! あ、昼は?」

「用意してないから食堂かな」

「おれもっ。行こうっ」

「待って、カバン教室だよ」

「そうだった!」


階段を2個飛ばしで上がっていったかと思えば、踊り場で振り返って待っててくれた。


「日向くん、すっごく元気だね」

さんは? テスト終わって嬉しくない?」

「うれしいよ、もちろんっ」

「だよねっ。おれもさんと食堂行けるし、部活もできるっ。終わったら待っててくれるし、それにさ」


不意に近づかれると、動けなくなる。


「今夜からまた電話、いいよねっ?」


きらきらした瞳、近すぎて頭がスパークした。


「え、……と、日向くん、静かにっ」

「う、ハイッ」


人差し指で口元を制してから、日向くんより先に階段を上がって、自分たちの教室に向かう。

帰る人たち、部活に向かう人、様々な生徒が行き交う中で、誰も私たちの会話を気に留めていないといい。


さん、さんっ」


今度は何かと思って振り返ると、窓を指差していた。


「何か見える?」

「じゃなくてっ」


窓ガラス、内側が気温差で曇っていた。

まっしろ、そこに日向くんの指先がすべる。

電話マークに、OとKとハテナ。

“電話、OK?”

書いた本人の期待を込めた眼差し、これで断れる人っているんだろうか。


「んー……と」


隣の窓ガラスの白い部分に、同じくOKと書いて、おまけにビックリマークもつけてから視線を移すと、日向くんが満面の笑みを返してくれた。


「でもさ、日向くん」

「なに?」


日向くんは、手のひらで素早く今のやり取りをぬぐっていた。


「テスト期間中、なんとか我慢してたのにいいの?」

「どういう意味?」


電話のことだとはっきり言葉にしないで、ちょこっとだけ周りを気にしながら説明した。

せっかく電話しないのに慣れて来たのに、また話すようになったら我慢できなくならないかな、って。
もうすぐ受験本番も来るんだし。

日向くんが腕を組んでうなった。


「んーーー」

「だからさ、「わかった!」


私の言葉の続きを待たずに、日向くんは言った。


「そんとき考えよう!」

「え」

「まずはさ、昼食べてから考えようっ、あ、チャイムも鳴ったしさ!」


チャイムは関係ないよね、とツッコむ間もなく日向くんに急かされるまま教室に入った。

まだ残ってる同級生だっているから、今の話を蒸し返すわけにもいかない。

楽しそうに他の男子と話している日向くん、なんだかんだ、私、流されてしまってる、ような。
テスト期間中はしなかったけど、週末は電話しちゃったし。

世の中の人は、こんなに電話するものなんだろうか。

いや、したくない訳じゃないんだけど、受験に響きそうで……

と、そこまで考えて、急に冴子さんと話したことを思い出した。

まずは、走ってみよう。
いや、受験落ちるのはありえないけど、テストが終わった、たった今から次の心配をしてたら、この先ずっと新しい不安ばっかり考え続けることになる。それはやだ。

日向くんが言うように、今はお昼ごはんだ。

カバンを手にした。


「日向くん、行かないの? 先に行ってるよ?」

「行くっ! じゃあな、その話、また今度っ」


「翔陽、とまたバレー部かよー」


呆れた様子のクラスメイト、日向くんが自分のカバンをつかんで声を弾ませた。


「他にも色々!」




next.