「さん、行こっ」
「うん」
他にも色々ってなんだろう。
そんな疑問も、日向くんを追っかけていたらすぐに忘れた。
バレー以外のこともいつだって話してる。今も。
今度のクリスマスもそうだし、途中、廊下で会った先生とのおしゃべりも、バレー部3人のことも、いまの女子バレー部のことも。
やっぱりバレーの話題が多いのかな……あ、でも、食堂で何を食べるかも話した。それはカウントしないのかな。
テストの話は一切しなかったな。
お昼の後、日向くんがバレーをしている間、図書室で待ってることも告げて、冬休みの話をして、それから、それから……
たわいのない話ばかりしていたなと振り返り、同時に、ただ、日向くんの笑顔ばかり思い出す。
他の人といる時と同じ、明るく元気な日向くん、それでよかった。
ずっと、そのままでいられたらいい。
図書室でひとり読みたい本を選んでる時だって、ふ、とした瞬間に日向くんが浮かんだ。
“ こんなの読むの? すごい!! ”
そんな風に本の厚さを見たら驚くはず。
あ、まずい。
顔ゆるむ。
とくに咳するつもりないけど、そんなふりをしてセーターの袖を引っ張って口元を覆った。
それくらい日向くんが身近になっていた。
それだけで誰とでも話せる気になった。
だから、本棚の向こうで、私のことを嫌っている人が困っていても、今日は動揺しないで一歩踏み出せた。
「あの、この台使うといいよ」
「!」
「そ、それだけ」
やっぱり、動揺はする。
いつぞやのアキ、ちゃんは、日向くんや翼くんと仲のいい私をどこか毛嫌いしている。
声をかけられたことと、声をかけてきた人物が私だったことで二重に驚いていた。
同級生なんだし、声をかけたっておかしくない。
と、自分に言い聞かせて立ち去る。
踏み台の存在に気づいてなかったみたいだし、なんなら私が取ってもよかったけど、さすがに出しゃばりすぎだから、このくらいに……
「いい子ぶってさ」
背後から聞こえたそれは彼女から発せられたものだと、少ししてから理解できた。
振り返ると、踏み台の上にいた彼女が、さらにつま先立ちして本を引っ張ろうとしていた。
不安定、
そう思った時にはバランスを崩しかけていて、すかさず戻って、彼女の背中を支えた。
彼女の手が私の肩を掴んで、彼女が落っこちることはなかった。
「……だ、大丈夫? 本、取ろうか?」
「いいっ」
「あっちに、もっと大きい踏み台が」
「いいってば!」
バツの悪そうに彼女が私から手を離し、結局、目当ての本も取らずに台から降りてしまった。
見上げると、1冊だけ前に飛び出した本がある。
あれ、読みたかったのかな。
もう、アキちゃん、行っちゃったけど、どうしよう。
「……」
ひょい、と試しに踏み台に上がってみて、私だったら本の背表紙にも手が届いた。
迷ったけど、その本を掴んで再び床に足を付けた。
ほこりを少し被ったその本だって、誰かに手に取ってもらえたらうれしいかもしれない。
こんなことしたって別にいいことはない。
ない、けどさ。
「あの、読まないなら返却のところに……」
「……」
「よ、よろしく」
結局、出しゃばってしまった。
雪が丘の100冊、と本が飾られた棚のそばにいた彼女のところへ、さっき取った1冊をポン、と無造作に置いた。
さ、今度は自分の本を読もう。どこ座ろう。
見渡した図書室は、テスト明けとあって、先週よりガランとしていた。
「つ、翼にも、いいかっこしてさ!」
脈絡なく人の名前を言われてピンとこず、ちょっとしてから同じ卒アル委員の翼くんか、と理解した。
他にも彼女たちと幼稚園から同じ人がいっぱいいるのは知っていた。見えない関係を羨んだから、よく覚えてる。
「翔ちゃんにも……、……できっこないし」
何の話か聞こうかと思ったけど、彼女が聞いてほしくてしゃべってるんじゃないのはわかった。
ぶつけるための言葉だった。
「かけっこずっと1番だし、他の皆と野球だってサッカーだって……テニスもあんじゃん、なんでバレーなんか。
あの身長で、男バレもないのにずっとバレーバレー……って」
あ。
「バッカみ「バレーっていいよねっ!!」
「は!?」
わざとらしすぎたかと思ったけど、彼女の発言を上書くにはこれくらいの声量が必要だった。
貸し出しカウンターの図書委員さんの視線がこっちに向いたけど、もう大丈夫だ。
「二人ともなにやってんの?」
「し、翔ちゃん」
「ちょっと、この本の話してて」
「へー、すげー分厚い本!! アキ、こんなの読めんだ」
「よ、読むし」
「あ、これ、翼も読んでたっ」
「!だからなに!?」
「なにってなにが?」
あ、そういうこと。
と、同時に、日向くんは相変わらず日向くんだなと実感した。
すかさず話題を変えた。
「日向くん、練習これからだよね?」
日向くんは半そでTシャツに短パンのジャージ姿、図書館では浮いていた。
「これから体育館っ、の前に、これっ」
差し出されたのは、1枚のしおりだ。
さっき食堂で、かわいい絵柄のがあるからくれる、という話だった。
受け取りつつ、日向くんとそれを見比べた。
「そのためにわざわざ?」
どこに挟んだか忘れたって言ってたから、明日でもその先でも全然よかったのに。
「さん本読むっていうから早い方がいいかなって! さっき見つけたっ」
「あの、ここ図書室なんで静かに」
「スイマセンッ!!」
「ごめんなさい!」
さすがに見かねた図書委員の人に注意されると、二人で目配せした。
今度はひそひそ声で日向くんは言った。
「じゃあ、おれ体育館行くっ。また来る」
「うん、後で」
「アキもじゃあな。ん?」
彼女の手が、日向くんのTシャツをつかんだ。
見ているだけでドキッとした。
「なんだよ?」
「翔ちゃん、またバレーすんの?」
「おう」
「烏野なんか偏差値足りてないじゃん」
「い、今はB判定まで来た!」
「遠いし、もっと近くの高校でいいじゃん。他にも部活いっぱいあるし、身長だって私とおんなじくらいだし。
バレーやったって無駄じゃん」
無駄 じゃん
聞いてていいんだろうか、
そう思いつつ、この場を離れなかった。
しん、と静まり返っていたのは、ここが図書室という理由だけじゃなかった。
日向くんは、間髪入れずに答えていた。
「無駄じゃない。
まだ、なんも始まってない、おれの、バレーは」
きらきら、して、まぶしくなるよね。
わかる。
わかるよ。
彼女が俯いて、日向くんの服から手を離した。
「翔ちゃんの、バカ」
「!なんでだよっ」
「バレーバカッ、翼も東京行くほどのサッカーバカだし、バカばっか!!」
「ばっバカって言う方がバカなんだぞ!」
「あ、あの二人とも静かにしよ!?」
キッ、と彼女ににらまれた。
「さんっ!」
「は、はい」
「この本、ありがとっ」
「ど、いたしまして」
「翔ちゃんさっさと行けば?」
「い、言われなくても行く!! さん、またねっ」
「う、うん」
アキちゃんの方は貸し出しカウンターへ、翔ちゃん、じゃなくて日向くんは図書室の出口へ早歩きして、廊下に出ると走ってすぐ見えなくなった。
日向くんの、バレー。
それも気になったし、彼女のほうも、何というか、全部うまくいけばいいのにな。
……こういうところが、いい子ぶってるってことなんだろうか。
考え出すときりがないから、やめた。
まずは今読む本を選ぼうと雪が丘の100冊と向き合った。
next.