ハニーチ

スロウ・エール 147





「お……、俺でいいのかな?」


山口くんが申し訳なさそうに目をそらして頬をかいた。

もしかして難しいこと聞いたかな。
戸惑いつつ、両手に持ったハンガーにかかる服を交互に見て、もう一度山口くんを見た。


「それって、どういう……?」

「いやっ、俺には服のセンスないからさんの期待に応えられないなって」

「あの、すごい意見を聞きたいわけじゃなくて!」


一度手に持った服を元の場所に戻して、華やかな店内を見回した。

さっきまで友達が先輩とのデート服を悩んでいた場所、お客さんは少なく、お店の奥の試着室の前で店員さんと大学生くらいの女の人があれこれ談笑している。

着飾られたマネキンを見上げる。


「どういうの着てきてもらったら男子ってうれしいのかなって。それだけだよ」


説明しながら、徐々に変な頼みごとをしてしまったんじゃ、と羞恥心がこみ上げてくる。

山口くんへのお願いはシンプルだった。

どの服が似合うか意見を聞かせてほしい。

飲み物をごちそうになるよりずっといいかと思った数分前の自分に、やめといたほうがいいかもとアドバイスしたくなる。

一人で雑誌を眺めるだけじゃ決め手に欠けた。
紙面にいるモデルさんはどんな服だって着こなせても、自分はどうだ、同じな訳がない。

これまでだって自分なりに努力してきたつもりだけど、せっかくのクリスマス、少しでも特別感を出したいなって、それだけだった。

ただ、山口くんの戸惑い方を見ていると、悪いことをした気になってくる。


「山口くん、ごめんね。思い付きで、こんな服のフロアーまで付いてきてもらって」


当然、女性のファッションに関する階だから、男の人はいづらいだろう。

すぐに意見を聞いて終わりだと思っていたから、そういう配慮も浮かばなかった。


「それはっ、いいんだけどさ!

さんも、そういうの気にするんだ」


そういうの?

また顔に出ていたのか、気づいた山口くんは慌てて付け足した。


さんがおしゃれを気にしないって意味じゃなくて!」

「あ、でも、いつもはそこまでだし」

「いやっ、ただ、その、今度遊ぶっていう友達、それだけ特別なんだろうなって思ったから」

「あ、……うん」


違うよって言うのも変で、そうなんだって頷くのもなんだかこそばゆい。
代わりに紡ぐべき言葉が浮かばなくて、妙な間をおいてから、ごまかすように笑って頷いた。


「あんまり、こういうこと聞ける男子の友達っていなくて」

「あれ、遠野は?」

「つば……、遠野くんは、仲いいというか、委員会が一緒で」


それでよく話せるくらいだ。

二人で遊びに行ったことはないし、複数人でもあんまりない。あ、でも、こないだの塾の子たちとのカラオケは来てくれたっけ。


「塾だと、いつも隣の席だから仲いいのかと思ってた」

「悪くはないって私は勝手に思ってるけど、あ、すみません」


ちょうど通りかかったお客さんが私たちのいた服に興味を持っていたから、少し移動した。


「遠野くんには聞けないかなあ」


どの服、着てきてもらえたらうれしいって。

山口くんなら聞けそうと思ったのはなんでだろう。


「俺、男子に見えない……?」

「いやっ、山口くんは男子だよ! そうじゃなくて」


あ、わかった。


「山口くん、なんか信頼できる感じがする」

「えっ……」

「遠野くんが信頼できない訳じゃなくてっ。
山口くんともあんまりしゃべったことないのに言うのも変だけど……

なんだろ、こないだのカラオケのこと、わざわざ謝ってくれたし、ずっと前にバレーの決勝 観に行った日も雨に濡れてること気遣ってくれたし」

「あぁ……」

「あの時は、ほんとに本当にありがとう!」


でも、あれは、ツッキーが。

そう消え入りそうな声で照れくさそうに山口くんが俯くから、首を横に振った。


「ジャージは月島くんのだけど、山口くんが声かけてくれたから貸してもらえたんだし」


そういう意味だと、ジャージのお礼は月島くんにはしたけど、山口くんにはしていない。


「よく考えたら、私の方が山口くんにお礼しないとだね」

「それは変じゃない!?」

「そうかな?」

「あの日はさんすごく濡れてたから気になっただけで」

「濡れてるからってみんなが気にしてくれるわけじゃないし、月島くんなんて『公害』って」

「……言ってたね」

「ね?! ジャージ貸してくれたから助かったけどさ、お礼のチョコは夏にチョコ?って変な目で見られたし」

「でも、そのチョコ、喜んで食べてたよ」

「そうなの?」

「イチゴ味でこの時期に珍しいって」


「「……」」


ふっと顔を見合わせて、どちらともなしに笑い声を漏らした。

ああ、ほら、話しやすい。
だから、山口くんに聞いてみたいって思ったんだ。


「あの、山口くんもこれから自習室だよね?」

「そうだよ」

「一緒に行こう」

さん、服は?」

「いいよ、悪いし。 行こう」


数歩進んで振り返ると、まださっきの場所に山口くんは立ったままだった。


「山口くん?」

「いや……、さんが本当に興味なくなったならいいんだけど、せっかくだし、最後まで付き合うよ」

「いいの? 無理、してない?」

「無理はしてなくて。ただ、俺にはツッキーみたくセンスないから、それだけは」

「いいよ! もしここに月島くんいても絶対 頼まないから」


力強く言い切りすぎてしまった。

その勢いのありすぎる言い方のおかげか、山口くんが噴出した。


さん、本当にツッキーが苦手だね」

「そりゃあ、ね」


少し振り返っただけでも、ちょっとした意地悪やチクチクとした嫌味をあの皮肉った笑顔と共に思い出す。

山口くんはさっきまでの緊張感を少しだけ解いて、『優しいところもあるんだよ』って一段とやわらかな声色で教えてくれた。












「な、なんかごめんね、山口くん」

「いや……さんの方こそ大変だったんじゃ」

「私は、ほら、買わなきゃって思ってたから」


お店を後にして、塾に向かう。

買い物袋は丁寧に折り曲げて、手提げの中に押し入れた。


どの服にしようか山口くんからの意見を聞くだけにしようと思ったものの、試着室での用事が済んだ店員さんがにこやかに私たちに話しかけてきてしまった。

ちょうど他にお客さんがいなかったのもあって離れてくれず、避けてお店を出ようにも出られない。

二人してこの冬おススメのデートファッションを延々と聞く羽目になった。


「山口くんの貴重な時間を使わせてほんとごめん……」

「いいよ、さんのせいじゃないよ。 お店の人、すごかったね」

「ね……」


彼氏さんですかー?彼女さん、この服がいいじゃないですかね、大変お似合いだと思いますぅ。

あ、彼氏じゃないっ。あ、あーーー……まだ、そうじゃないってことですね、はぁい、わかりましたぁ、でしたら、このお洋服でお出かけになられるのもいいんじゃないでしょうか?

そちらでしたら、今ちょうどセールをやってまして、大変お買い得となっておりますぅ。


話を聞いてほしい、そう何度切に願ったことか。
途中で事実を訂正するのも面倒になってそのままにしてしまった。心の底で山口くんに何度謝ったことか。



さん、大丈夫? 遠い目してたけど」

「あ、さっきの人のしゃべりがすごくて意識が」

「だよね」


山口くんが同情した眼差しを向けてくれたから、よし、と気合を入れ直した。


「山口くん、ありがとう!」

「いいって、さっきもお礼言ってもらったし」

「これで、ちょっとだけ自信もってクリスマス迎えられそう」


手提げの中からチラッと見えるお店の袋を確かめてから、もう暗くなった空を見上げた。


さん」

「なに?」

「……、……いや、その人と楽しく過ごせるといいね」

「ありがとう」


うっすらと奥に見える月を見つめて、ただ一人を思う。

可愛いって想ってもらえるかな。
いつも言ってくれるけど、少しでも理想の女の子に近づきたい。

そして、ただ一言、すき だと伝えられたら。

静かに高鳴る胸を落ちつけようと、冬の冷たい空気を吸い込んだ。



next.