「プレゼントも買った?」
クリスマスの最高の夜を詰め込んだようなショッピングモールのエントランスを出てから、山口くんに聞かれた。
首は横に振る。
「最初 用意しようと思ったんだけど、お返し 気にさせそうで」
女子だけの集まりだったら、きっと誰かが予算を決めてプレゼント交換しようって仕切って何をプレゼントするか悩むだけで済むけど、相手は日向くんだ。
ただでさえ忙しい時期、これ以上、日向くんの負担になるようなことは言い出しづらい。
「山口くんは、もしそういうの言われたらどう思う?」
「プレゼント交換?」
「そう。やっぱり困る?」
山口くんは、うーんと唸って空を見上げた。
「あんましゃべったことない女子に言われたらビックリするかな。さんは一緒に遊びに行くんだよね?」
「うん」
「だったら聞いてみてもいいんじゃない?」
日向くんとプレゼント交換、なんでもないですって顔を作りながら、密かにときめく。
「あ、でも、その人のこと知らないから違ったらごめん!」
「ううん、もし言っても怒りはしないと思うから」
そもそも日向くんに何か強く言われた記憶はない。
怒ってるところを見たのだって中2のあの時くらいだ。
私自身、どうしたいか。
「山口くん、ありがとう」
「え?」
「プレゼントの事、やっぱりもっと考えてみる」
一回きり、今年一緒に過ごせる時間は二度はない。
やりたいことが浮かんでも先回りで止めてしまうのが私の癖だ。相手がどうするかは頭の中に答えはない。
思いつくままやってみなって、冴子さんにもけーちゃんにも言われたじゃないか。
「こっちじゃなくて、“ここ”使ってみる」
「ここ? コート?」
「じゃなくて!」
山口くんに左胸にあるのはさ、と説明しようとしたところで、真向かいからいつものヘッドフォンをした月島君の姿が飛び込んできて会話はそこで終わった。
*
思い付きは、行動により現実味を帯びる。
「あれ、おかしいな」
次の日の朝、自習室に行く前に久しぶりに被服室に寄った。
あれだけ部活動で通っていても、しばらく音沙汰もなければ親近感も薄れる。前の記憶をたどっていくつかの棚を探ってみたものの、あると思っていた場所にそれはなかった。
こんな早い時間じゃあ、文化祭前でもなければ後輩たちも来ない。
自分が1年生の時に置いたものだし、後輩たちに聞いてわかるかも怪しい。友人に聞いてみるか。
ふとドアの開く音がして見てみると、ちょうどよく相手が入ってきた。
「なっちゃん、いいところに来てくれた!」
「、なにしてんの?」
「探し物してて。なっちゃんこそどうしたの?」
ずるずると続いていた部活動もこの時期とあってお互いに家庭科部に来ることはなかった。
友人は手提げから大判の雑誌を数冊取り出した。
「私はこれ返しに来ただけ」
なんでも受験の気晴らしに作品を作っていたらしい。
「編み物系やるの珍しいね」
「たまにはね」
誰が持ってきたとも知らない色々な本の中に、それらも置かれた。
「あ、なっちゃん、あれ知らない?1年の時に一緒に買いすぎたやつ」
まだ勝手を知らなかったあの頃、部費というものも浮かばず、なけなしのお小遣いで材料を自分たちで用意した頃が懐かしい。
「この棚らへんに置いたと思ったんだけど」
「移動したんじゃないの? ……ほら、あった」
「なっちゃんすごい!」
目当てのものが入ったビニール袋がどーんと別の棚に押し入れられていた。
大げさに感謝して、楽し気にあしらわれる。いつものやり取り。これも冬休みまででおしまいだ。
「、電気消すよー?」
「!待って、私が出てからっ」
まだ、おいてかないで。
友人の立つ出口までダッシュして、パチリと電気が消された。
*
「日向くん、いた!」
ガササッ、とビニール袋のこすれる音を立てたかと思うと、日向くんが勢いよくこっちの方に振り返った。
お昼休みに教室にも体育館にもいないから、けっこう探してしまった。
こんな人気のない段差に座って何してたんだろう。今日はボールじゃなくて、鞄を持ってきている。
「さんっ! どうしたの?」
「今度行く日のこと決めたいなって」
「光るの見に行く日?」
「そう!」
もうすぐ冬休みも始まり、受験に向けて忙しくなるこのタイミング、せっかくなら学校で話してしまいたかった。もちろんクラスでは話せない。
「日向くん、いま時間ある?」
「あるよ!すごく暇になった!!」
何かやっていた日向くんが急にヒマになるはずがなくて日向くんの言葉に笑いつつ、カバンを避けてくれたそばにしゃがみこんだ。
向こうに見える木々の葉もすっかりなくなっている。
「イルミネーション見に行く日さ、何時に待ち合せる?」
明かりが点灯されるは午後5時からだから、光ってから待ち合せてもいいけど、どうせならその前から遊べたらいい。
「ごめん、5時でいい?」
「あ、……うん、いいよ」
残念、用事があるなら仕方ない。
クリスマス当日に会えるだけでもよしとしないと。
それに、5時からなら他に遊びに行く場所も決めなくていい。
スカートの乱れを整えてもう行こうとした時だった。
「いや、待って、さん!」
「え?」
「やっぱり1時……、いや、2っ、じゃなくってさ、ん時でもいい?」
午後の3時、急に時間が増えた。
でも、そんなに頭を抱えてまで無理する話でもない。
「用事あるならいいんだよ?」
「いやっ、おれのがんばり次第だから、おれが頑張る!」
「あー、補講?」
「違っ、くもない、けど、ちがうんだけど、いや補講、でいいです……」
「だったらしょうがないよ」
私たちは受験生だ。
なによりも優先するべきは勉強、残り少ない授業でも先生たちは繰り返していた。
「あ、私も自習室行こうかな。そしたら学校から一緒に行けるし」
「それはやめた方が!!」
急に距離が近づいて主張されたかと思えば、また顔をそらされる。
「え、えーっと、さんはもういっぱい勉強してるから冬休みの最初くらい休んだ方がいいかなーって」
「……」
「さん、な、なに?」
今度は自分から距離を縮めてみた。明らかに日向くんおかしい。
「日向くん、なんか隠してる?」
「隠してないっ、隠してないよ! これっぽっちも、なんにもない!」
「そうかな」
「そ、そう!!」
「じゃあ、こっち向いて」
呼びかけると目を泳がせながら日向くんがこっちを向いた。
キリっと悟られまいとする表情。
これで隠してないというのも変だ。
「私の目、見て」
「見てる!」
「そらさないで」
日向くんは私が言う通りにじーーっと私を見つめている、かと思うと、一瞬チラっと視線を外すから、なんだかおかしくなって私の方が先に力を抜いた。
「さん?」
「目 見たらわかるかなって思ったんだけどダメだった」
いつまでもこんなところにいたら風邪を引きそうだ。
「3時でいいよ、場所はちょっと調べてみる。あ、自習室はやめとくね!」
学校に来てしまったら、この間せっかく買った服も着れなくなる。
イルミネーションの始まるまでの時間をどうするか、もうちょっと考えよう。
いくら勉強する必要があっても、青春する時間だって必要だ。
「さん、あのさ」
「秘密、教えてくれるの?」
「そっそれは!」
今のはちょっとした意地悪だ。
「いいの、ごめん。もう聞かない」
「すぐ、わかるから」
声のトーンが一段落ちた。
日向くんが誰にも届かないように小声で話すから、もっと身を寄せないといけなかった。
日向くんの眼差しに、今度は私の方が怖気づいた。
「待ってて。
……がんばるから」
「……」
「ご、ごめん、近かった!」
日向くんがこの体勢に気づいて離れてくれてよかった。
何を頑張ってくれるんだろう。よくわからないけど、なんでもよかった。
「出かけるの嫌なわけじゃ、「それはない!」
食い気味にネガティブな想像は吹き飛ばされたから、ひとまず安心した。
「チャレンジ校、白鳥沢にするとか?」
「しらとりざわって??」
「……なんでもない」
next.