「は、くしゅ!」
またくしゃみをしてしまった。ティッシュに手を伸ばす。
風邪で冬休み前半を過ごした年明け、私はようやくベッドから体を起こした。
もぞもぞと枕元に用意してもらった体温計で熱を測る。
しばらく動かずじっとしていると、ピピピと音がした。
体温を確かめると、もう平熱でよかった。
どうやら疲れと寒さのせいでやられたらしい。
昔から疲れがピークに来るとこうやって熱が出る。
そのせいで年末のテレビはすべて録画だし、いくつかあった約束もすべてパーになった。
はーあ、気を取り直して携帯を見る。何通ものメールがたまっている。事情を話した子からはいくつもの『お大事に』と『よいお年を』が来ていた。
それに普段は余りメールしない子からも『明けましておめでとう』のメッセージがいくつも届いていた。
「!」
その中で見つけた、日向翔陽の文字。
もうごまかせないなと、誰に言うともなしに携帯を握る手が少し震える。
メールを開くと元気よく『明けましておめでとう!!今年もよろしく!』のシンプルなメッセージがあった。
返信しようとすると、宛先が私だけじゃなく色んな人のが入っているのが分かって、そりゃそうだよなと冷静さを取り戻した。
読み切れていないメールをさっと流して削除して、誰かが家に来たのがわかったから服を羽織って部屋から出た。
声からして、新年の挨拶に来てくれた従兄妹だろう。
「、起きたの」
目を丸くした母親と、玄関先に荷物を置く男の人はやはり予想通りの人物だった。
「けーちゃん、明けましておめでとう」
「おめでとう。、風邪大丈夫なのか?」
「熱は下がったから」
「インフルエンザじゃなくて疲れみたいでね、あ、ちょっとごめんなさい」
電話が鳴ったから母親が部屋に向かう。
残された私は思わず手を出した。
「ん?なんだ?」
「お年玉ちょうだい?」
「!なんでだよ、じいさんからもらったんだろ」
「まだもらってないよ」
「もらう気満々か!」
「ちぇー」
「も来年受験生だろ、風邪さっさと治せよ」
「はーい。これなに?」
昨日まではなかった段ボール箱をしゃがんで覗き込む。
頭の上から声が降ってきた。
「いろいろおすそ分けな」
「ありがとー」
「バレー、また始めたんだってな」
一瞬だけ、私が動きを留めたことに気づかないでほしい。
「じいさんが言ってたぞ。てっきりもうやらないかと思ってたぜ」
「……やるって言っても、その、たしなむ程度で」
「いいんじゃねーの、なんでも。あ、じゃあ俺はこのへんで」
母親が何やらいろいろ詰め込んだ袋を持ってきたから、しゃがむのはやめて立ち上がった。
もう部屋に行こう。
「これ、持って行って」
「あ、どうも」
「、挨拶は?」
「もうしたもん」
さっきまで久しぶりに親戚に会えた嬉しさが一変、逃げるように自分の部屋へと急いだ。
そういえば朝ごはんを食べていない。
居間に行きたいけど、まだ玄関口でのおしゃべりが続いているようで部屋を出ていけなかった。
手のひらを見る。
ミシンだけじゃない、ボールだけが相棒でもない自分の手。
それは少し女の子らしくなくて、ぎゅ、と握りしめた。
*
「ー、年賀状来たみたいだから取ってきて」
「はーい」
すっかり元気を取り戻してポストを覗きに行く。
輪ゴムで止められた年賀状をフライングして読みながら居間に戻る。
これはお父さんの、これはお母さんの、これは…。
仕分けしながら、小学校や習い事で一緒だった人からもそれなりに返事が来ていた。
年賀状だけの繋がりもあるけど、手書きの年賀はがきやパソコンプリントもあって何となく楽しい。
「どれがお父さんの? あ、これは私ね」
「そう」
「あ、この人に書いてない……年賀状余ってたかな」
母親の独り言をBGMにしていたのに、急に耳に飛び込んできた自分の中のホットワード。
「“日向翔陽”……?」
「!」
「これ、の……「貸して!」
「なに奪い取って」
「ご、ごめんなさい」
さっき分けた時に紛れ込んだらしい。
よりにもよってなんで日向君のを親のに置いてしまったのか。
「同じクラスよね」
「へ?」
「日向君」
「……だから?」
「保護者会で日向君のお母さんと話したことあるなってだけよ」
「そう……」
「何怒ってるの?」
「お、怒ってない。部屋行く」
無駄にドキドキと心臓がうるさい。
何も知られたくなくて、年賀はがきを見つめた。
冬休み前に交換した住所、私の年賀状もきっと日向君に届いただろう。
別に同じクラスなんだから年賀状を送ったって変じゃない。日向君以外の男子にも少し送ってるし。
一枚一枚年賀状を読みながら、送り忘れていた友達に気づいてアドレス帳をチェックした。
その作業をしながら思いついたこと、きっと人からすれば余計なことかもしれない。
思いついてしまった以上、私はやりたいと思ってしまった。
*
「ふーん、青田買いね」
冬休み終了まであと数日だ。
そんな中、一緒に公民館に付き合ってくれた友人に、つい先ほど印刷したばかりのチラシを渡した。
友人は紺色のダッフルコートがよく似合っていた。
「だって他の部活にすぐ目移りするじゃん、今なんて日向君一人の愛好会だし」
「地道な選挙活動してる気分……」
「もーだからなっちゃんは来なくてもいいって言ったのに」
私が思いついたこと、それは地元のバレーチームに入っている小学生で、かつ雪が丘中学に入る子にバレー部を宣伝すること。
チラシは去年の余りを持ってきた(エコ的でいいと自画自賛)。
友人がペラペラと意味もなくチラシを仰ぐ。
「小学生相手に一人じゃがかわいそうかと思って」
「で、実際は?」
「何が?」
「他に何かあるんでしょ?」
「……親がうるさいから外に出たかっただけ。一人じゃつまらないし」
正直に話してくれる友人のことはこれだから信用できる。
「うるさいって何かしたの?」
「別に。たださ、受験生じゃん、今年」
「うん」
「はさ、烏野でしょ?」
「まあ。近いし」
「日向も行くし?」
「な、なんで」
「日向、小さな巨人にあこがれてんでしょ?泉とかコージーから聞いた」
「ああ……」
知っているのは自分だけじゃないだろうとは思っていたけど、実際に自分以外の口から聞いてしまうと、日向君の特別になるのはかなり絶望的だとへこむ。
視界に見えてきたバレーコートのある体育館は、少し近づきづらく、それでも懐かしさと記憶は鮮明だった。
隣をチラと見る。
冬の冷たい風に向かって歩く。
「なっちゃんも、烏野じゃないの?」
ずっと、一緒だと思っていたのに、すぐには返事は来なかった。
「烏野も受けるよ」
「そう」
「まあ、まだ1月だしね」
「うん」
「そもそも受かるかどうかもわかんないし」
「う……、今から脅かさないでよ」
「ははは、ま、日向のために一肌脱いでやるか」
「うん」
用意したビラが全部捌けるとは思わないし、余計なお世話かもしれない。
ただ、何をするにおいても後悔はしたくないと、“今”という限られた時間を実感して改めて決意した。
next.