体育館はバレーに限らずいくつか他の団体が入っているようだった。
その中から今回知り合いに話をつけてあるところを見つけ出す。
手書きのボードで場所を確認して訪問し、ビラを一人一人に配った。
コーチは以前とは違う人もいる。既に2年も経っているんだと遅ればせながら意識した。
「小学生ってほんと小学生だね」
友人はしみじみと呟いた。私もまったく同じ感想で笑ってしまった。
余ってしまったビラを手持無沙汰にベンチに置いた友人に手を伸ばす。
「なっちゃん、余り貸して」
「はい」
「ありがと」
「ねえ、小学生ってこんなに子どもだったっけ?」
「大人から見たらたぶん私たちも変わらないよ」
「そうかな」
ふとガラスに映る自分の姿を見る。
来年で中学3年生だ。何か前と変わったんだろうか。背後を小さな子供が走った。
頭一つ分どころではない身長差、私が来ていたところは自販機だってあんなに大きく見えていた。一番上のボタンを押すのにつま先立ちだってした。
やっぱり前とは違うんだ。
「、また背伸びた?」
不意の指摘に面食らってビラを入れたファイルを落としそうになった。
身長のことは、つい過敏になってしまう。
友人は片手で身長を確かめるそぶりをしたから後ずさって避けた。
「そ、そんなすぐ伸びないよ」
「そうかな?」
身長が伸びること自体は悪いことではないんだけど、やっぱり好きな人が頭をよぎって気にしまう。
前に立ち読みした雑誌には、理想の身長差カップルなんていうのが載っていて、当然ながら女子の方が身長が低くてかわいかったし、日向君と並んだ自分の姿を想像するとやっぱり何とも言えない気分になった。
自分の足元を見下ろす。
自分より大きい女の子なんて、嫌だろうな。
どうしたら可愛くなれるんだろうと悩み始めたところだった。
「キャーー!来たよー!」
体育館のせいかいエコーがかった、つんざく声が思考を遮った。
隣の友人と顔を合わせる。
「すごい声だね」
「キンキンする……」
「何が来たのかな」
「アイドルグループがやってきたとか?」
「そうなの?」
「知らない。ただ、声のほとんどは女子っぽくない?」
「うん」
「ちょっと行ってみようか」
バレー部勧誘という本日のミッションはとうに終えていたので、二人で声のする方に行ってみた。
行った先に、ちょうど人だかりができている。
見る限り自分たちと同じくらいか1年か2年上くらいの女子が集まっていた。
その集団の中に頭一つ分出ている身長が高い男子がいる。
オイカワ、さんって人らしい。
「なっちゃん、あれはジョニーズ事務所のアイドルかな」
「知らないけど違うんじゃないの、見たことないし」
「デビュー前とか」
「東京にいるんじゃないの、そういう人って」
「あ、こっち来た!」
「!ちょっと」
思わず友人の手を引いて道の真ん中から避けた。このアイドルらしい人の道を遮ってしまうのは気が引けたから。
背後の女子集団にひらひらと手を振って、オイカワという人が体育館の方へ歩いていく。
つい目で追ってしまう。
た、確かにかっこいい。
と、相手にも気づかれた。
「応援ありがとう」
「あ、いえ」
すたすたと相手は歩いてしまった。
少し離れたところの女子集団は『やっぱりオイカワさんかっこいい~…』とため息が出るほどの褒め言葉を口々に言い合っていた。
友人が私を見る。
「、いつの間にオイカワって人を応援したの」
「いや、してないよ」
「応援ありがとうって言われたじゃん」
「言われたね……」
私はいつあの人を応援したんだろうか。
小首をかしげると、隣で友人が肩を揺らした。
「T君の応援だけとばかり……」
「!間違ってもさっきのは応援じゃないってば」
まさか目が合っただけでにこりと微笑まれて、応援していると勘違いされるとは思わない。
きっとあんな風に女子に囲まれるのが当たり前で、自分を応援してくれていると信じ切っているんだろう。愛されるのが当たり前の王子様のような…、想像しただけで別世界過ぎた。
「でもかっこいいとは思ったでしょ?」
「そりゃ、確かに思ったけど……」
「あのくらい身長ある方がの好みじゃん」
「あのねえ。……あんなにモテる人、現実にいるんだね」
「だね。あのイケメン、体育館に何しに来たんだろ」
「ライブの練習?」
「この体育館で?」
そんな話をしながらまた遠くで女子の黄色い声が聞こえた。
またあのオイカワという人だろうか。
泣いて喜んでいる高校生らしき人が手に色紙を持っていた。なるほど、及川という字を書くらしい。サインをもらって感激しているらしかった。
驚きを覚えつつ彼女たちを横目に体育館を友人と共に後にした。
来たるべき4月、新1年生はバレー部に入ってくれるんだろうか。
さっき配ったビラなんて微々たる効果だろう。それでも、届いたらいい。
バレーって、楽しいんだよって。
あの冬休み前の日向君が浮かんだ。
「、おしかったね」
「何が?」
「風邪引いてなかったらさ、みんなで初詣行こうって計画だったんよ」
それは初耳だった。
帰りのバスで揺られながら、皆で初詣のメンバーに日向君がいたという事実を知らさられて違う意味で頭を揺さぶられた。
手すりにもたれかかる。
「うそー……」
「が風邪だからやめたから安心して」
「それ、安心とは違うー」
「でも喜んで」
「なにを」
「計画立ててる時に、日向が『さんが風邪なのに皆で行ったらかわいそうだよ』って言ってたらしい」
「ほんと?」
こんな小さなことでうれしくなってしまうなんて、我ながら現金だ。
「人聞きだけどね」
友人にそう付け加えられても、かなり好意的に解釈しているにしても、日向君の中にほんのちょっとでも自分を気遣ってくれる気持ちがあったなら嬉しい。
バスの中できちっと身長を正した。
いくつか違う話をしてから、ふと思う。
「わたし、がんばりたいな」
「何を?」
「いろいろ」
「T君のこと?」
「そ、それはちょっとあるけど。そうじゃなくて」
何かを一生懸命やってみたい。
勉強や今の部活だって頑張ってない訳じゃない。ただ、物足りない。それだけじゃない。日向君の熱量をそばで見ていて、私だってと呼び起される。
日向君がバレーに向き合うのと同じように純粋に集中してみたい。
答えは自分の中にまだなかった。
ただ、誓いを立てるのに1月はちょうどいいと思った。
「あ、本屋さん寄っていい?」
いつもなら通り過ぎる本屋さんに立ち寄って、キャッチコピーや人への伝え方の本を探す。この気持ちを、これから湧き起こる感情や想いを伝える術をまず知りたかった。
もう数日で冬休みが終わる。
日向君に会える。
next.