ハニーチ

スロウ・エール 155




二人っきりで会うってありえない。しかも自分の部屋に呼ぶなんて。付き合ってるんでしょ?


なに話してるんだろう。

イヤフォンを外して鞄にしまう。

そこそこ空いているバスだけど、女子高生のグループがひときわ盛り上がっている。

リスニング対策に集中していて気づかなかったけど、かなり白熱した言い合いだ。
正直に言えばちょっと怖い。

バスが停まっている間に移動しようかな。

荷物を持ち直した時、運転手さんの近くに立っている人が目に留まった。

ズボンのポケットから顔を出しているパスケース、落ちそうだなと思った瞬間に、やっぱり落っこちた。

その人は、パスケースに気づいていない。



「友達って言っても男子と女子じゃん。相手に気があったらどうすんの?」


信号が赤になってから、熱弁している人たちの横を通った。
パスケースを拾い上げる。


「あの、」


パスケースを差しだそうとした瞬間、バスが急停止、勢いのまま相手の肩にぶつかってしまった。


「す、すみません!」

「いえ」

「これ、あのっ、かっこいいですね」

「!」



ただ、パスケースを渡せばいいだけなのに、近距離に動揺して、なぜかパスケースを褒めてしまった。

なにいってんだろ、気まずい。

俯いたまま、その人のローファーを見つめ続けた。

停止ボタンを誰かが押してバスがとまったから、そのまま降りてしまった。

本当はもう一個先で降りるんだけど仕方ない。
背中に視線を感じて、ふりかえると、さっきのパスケースの人がこっちを見ていた。

変な人って思われた、ぜったい。


「あーー……」


拾わなきゃよかった。いや、悪いことはしてない、うん。でも、なあ。

ひとり反省しつつ、寒すぎるから早歩きした。

忘れようとすると、かえって頭に浮かぶのはなんでだろう。

さっきの人、同じ過去問持ってたな。
おかっぱの男子ってマンガみたい。

って、もういい。忘れる!


早く帰って、明日の準備!














、なんでここにいんだ」

「なんでって……、なんで?」


待ちに待ったクリスマス当日、昨日からウキウキと準備して、日向くんとの約束の前に、従兄のところに顔を出すと、開口一番にそう言われた。

お昼の時間も過ぎて、作戦会議でもしていたらしい高校生の人たちが出ていくのと入れ違いだったから、坂ノ下商店の中は私と従兄だけだ。

従兄ははたきを持ったままレジ前に移動した。


「今日どっか行くんだろ」

「行くけど、なんで知ってるの?」

「おばさんが言ってたぜ、も家族じゃなくて友達とクリスマス過ごすようになったって」


そんなこと、けーちゃんに話したのか。


「昨日もよその家で夕飯食べて帰ったんだってな」

「私の個人情報が、けーちゃんにバラされてる」

「個人情報ってなんだよ」


従兄が心底おかしそうに笑うから、ムッとして口をとがらせてにらんで見せたけど、相手はこれっぽっちも気にしてなかった。


「まだ子どもが何言ってんだ」

「子どもじゃないよ」


今日だってとびきりおしゃれしてきたのに。

そう力説しても、従兄はこちらを見向きもせずに掃除を続けていた。


「こんなかわいいのに」

「おー、かわいい、かわいいー」

「ぜんっぜん気持ちがこもってない」

「友達と遊ぶのに見栄はってどうすんだ」

「そんなんじゃないもん」


ふと、従兄のはたきが動きを止める。





急に声色が変わって何かと思った。


「なに?」

「あーーー…その、なんだ。このあいだ、言ってた、よな」

「なにを?」

「……」


そんな神妙な面持ちで見つめられると、何かと思う。


「私、なんか言ったっけ?」

「……なんでも、ない」


昨日の影山くんもそうだけど、私の周りの男の人はごまかすのが下手だ。

なんでもないって顔、全然してない。
掃除もさっきから同じところばっかで進んでいない。


「けーちゃん、なに? 気になる」

「な、なんでもねーよっ」

「やっぱりこの服が可愛いって言いたいとか?」

「そんなんじゃねーよ、ほら、あっち行けっ」

「ちょっと、はたきやめて!」

「……、……今日、本当にと「そうだ、けーちゃん、これ見れる?」


うっかり今日来た目的を忘れるところだった。

この後の約束を考えると、手早く用事を済ませる必要がある。

カバンから取り出したのは、昨日影山くんから引き受けたビデオカセットの一つだ。

なんだかモゴモゴ言っていた従兄もカセットを前にするといつも通りになり、貸してみろと言われるがまま手渡した。


「ずいぶん旧式だな。どうした」

「先生から、その、もらった。 昔の、私の試合が入ってる。みられる?」

「……うちにあるのと型が違うな」

「あの、おじいちゃんところにあったりしないかな?」

「わかんねぇな、こないだ整理したが、そのとき見なかったな」

「そっか」


それじゃあ、仕方ない。

見られるなら早めに見たかったけど、先生か影山くんにお願いするしかない。


、たっつぁんとこに声かけたか?」

「たっつぁん?」

「滝ノ上のところだよ、こういうの持ってんだろ」

「ああ!」


確かに言われてみればそうだ。

町内会チームの中にいる姿ばかり思い出されるけど、滝ノ上電器店なら、こういうのもなんとかしてくれるかもしれない。


「けーちゃん、なにしてんの?」

「どうせ昼休憩はいるし、連れてってやるよ」

「え、いいよ!自分で行く!」


上着を手にして今にも車を出そうとしている従兄を止めた。
おばさんに店番をお願いするのはさすがに悪い。

タイミングよく、というかはわからないけど、烏野高校の人たちがお店にやってきた。
冬休み中でも部活はある。


「ほら、けーちゃん、人来てるから!」

!」

「カセットみてくれてありがと!たっつぁんのとこは自分で行く」

「時間大丈夫なのか?」

「平気!」

「待てまてまて」

「今度はなに?」


もうお店の外に出ようとしたのに呼び留められる。

従兄の手には、いつも従兄がつけてる暗い色のマフラーだ。


「なに、けーちゃん」

「そんな薄着して風邪ひいたらどうすんだ」


ぐるぐると半強制的にマフラーを巻かれる。

ごわごわしてる、かなり長くて若干息苦しい。


「服に合わないよ」

「首くらいあったかくしとけ、足もそんな出しやがって」

「!どこ見てんの、けーちゃんのえっち」

「アホか。マフラーしねえならズボンはかせるぞ」

「やだよっ。ほら、レジ!」

、もしたっつぁんとこでもダメなら教えろよ。そこ、騒ぐな!」


高校生の人たちがはしゃいでるのを指差しで注意しながら、従兄はレジのほうに戻っていった。


「……」


巻かれたマフラーを触ってみる。

自分の持ってるのとは違って使い古されて、毛玉も少しだけ目立っている。

仕方ない。

このマフラーはつけたままにした。
















「おー、懐かしいな、これ」

「見れるやつ、あります?」

「ちょっと待ってな」



滝ノ上電器店は、クリスマス当日ということもあって、お客さんが何人もいたけど、快く相談に乗ってもらえた。

お店の奥に姿を消してからしばらく、滝ノ上さんが箱を一つ持ってきた。
見たことないビデオカメラで、持参したカセットを渡すとはまるか確かめてくれた。


「ビンゴ! ちゃん、よかったな」

「これでみれますか?」

「ああ、ここに一緒に入ってるコードをテレビに差せばバッチリ。単体でもいける」

「あ、ありがとうございます!」


喜んだのも束の間だ。


「あ、あの……」

「ん?」

「これって、その、いくらしますか?」

「値段? いいよ、プレゼント」

「えっ!!」


いくらなんでも、それは。

滝ノ上さんの好意とはいえ、ビデオカメラをポンともらい受けるわけにはいかない。
そう断ってみても、もう買い手のいない商品だからと軽く流された。


「カセットがとっくに販売終了してるし、展示用に使ってたやつだから気にすんなって。在庫処分」

「で、でも」

ちゃんがそこまで言うなら、繋心にビールでもおごってもらうから」

「うーーん……」

「じゃあさ、一個教えてよ」

「なんですか?」


他のお客さんがいるからか、滝ノ上さんが少し身をかがめて囁いた。


「彼氏できたってほんと?」

「!!」

「繋心に言わないからさ」


あ、え、と。

手に持ったビデオカメラと、胸の内。


「ゆうくん、ゆうくん。おばさんに録画のやり方説明してよ」

「へーい。 ちゃん、いいって、冗談。

そんな気になるなら、今度、家電買う時はよろしく!」


箱と紙袋をひょいとバトンタッチされた。


「あ、あのっ、ありがとうございます!」

「いいって」


連続ドラマの録画をしたいらしいお客さんの話に耳を傾けながら、滝ノ上さんは一瞬だけこっちを見て手を上げてくれた。

もう一度会釈して、ビデオカメラを大事に袋にしまった。



next.