ハニーチ

スロウ・エール 157





「あのっ、さんっ!!」


日向くんに呼び留められて我に返る。

友達に見つからないようにしなきゃ。
そればかり気を取られていて、なんの説明もなしに、日向くんの腕を引っ張っていた。

日向くんの背後には目印にしていたクリスマスツリーが見える。
行き交う人の流れもあって、同級生の姿はこちらからわからない。
きっと相手も私たちに気づくことはないだろう。

ほっと胸をなでおろしたのも束の間、自分のしてしまったことに気づき、急いで日向くんから距離を置いて頭を下げた。


「ごっ、ごめん、日向くん!」

「いや!! 別に、おれは、さんとそのままで、全然、いいんだけど」

「あの、あのね、クラスの子がツリーのところにいたから」

「いたっ?」


日向くんはやっぱり気づいてなかったらしい。


さんがいつ来るかなって、それだけでいっぱいだったからなー」

「雰囲気けっこう違ってたから、それもあると思う」


自分の見た友達の姿は、学校にいる時とだいぶ違って、めかしこんでいて、髪型だっていつもよりずっと気合いが入っていた。

そう説明すると、日向くんがツリーの方を振り返ったから、つい、日向くんの手を掴んでいた。

驚いた様子で、日向くんの視線がこっちに戻った。

すぐ、離した。

いま、私は、なにをした。


「見つかるのは困るからっ、だ、だからね」

「わかった!」


日向くんはきっぱりと言い切った。


「行こうっ」


日向くんの手は冷たかった。
それとも、私の手が熱くなっているのかわからない。

ただ、日向くんがしっかりと私の手を握っていた。

クリスマスのBGMがどこからか流れてきて、時折バスでも到着したのか、人が向かいから、どっと押し寄せてくる。
日向くんは器用に人の合間を選んで前を歩いていた。

どこ行くの。

そう聞こうとしたとき、日向くんが振り返った。


さん、約束より早く会えてうれしい!」


笑顔に照らされる心地がした。

私だって、うれしい。

外灯の時計はまだ15時になっていない。

日向くんがまた歩き出す。その後ろについて歩く。


「おれ、朝から学校にいたんだけど、用事終わったから、すげーダッシュしてさ」


そう活き活きと話す日向くんは、冬休み前と同じ制服だった。


さんまだかなーってツリーの前に行って、さんにメールして、で!
すぐ電話来たからうれしかった。

あ!」


日向くんが急に止まるから、そのまま背中にごつん、とぶつかるところだった。

幸い、互いの距離が思ったより近いだけだ。


「今日のさん、かわいい!」


ち、近い。

冴子さんに教えられたことが頭によぎる。

褒められたうれしさと相まって言葉を返せずにいると、日向くんの方が視線を外した。


「あっ、い、いつもかわいいけど! 今日は特別っ、っていうと、いつもと違うみたいだな。えぇっと」

「あの、日向くん、声がね」

「声?」

「おっきいからね、もうちょっと小さく」

「ん!!」


日向くんが空いている方の手で自分の口をばしっと押えてから、一つ息をついた。

どことなく周囲の視線が気になった。
日向くんがさっきより近づいたから、周りの人どころじゃなくなった。

耳元に日向くんの息がふれた。


さん、今日も、いつも、かわいい」


へへ、と、どこか満足そうな笑みを浮かべた日向くん。

なんで、そういうこと、かんたんに言うんだろ。
うれしい。反応に困る。

ちょっとした抗議のつもりで手を強く握ったけど、同じようにぎゅ、と握り返されて、かえってもっとドキドキした。

手、離した方がいいかな。

いや、でも、このままがいい。


「そういえばさ、どこ行く?」


日向くんが辺りを見回した。

一緒に約束していたイルミネーションは、まだ点灯していない。

ずいぶん離れたけど、待ち合わせしたツリーですら、まだ明かりがついていないから、当たり前だ。

日向くんに褒められすぎて鼓動が早く、もう少し冬の風に当たっていた方がいい気もしたけど、そんな気持ちも吹き飛ばすほど北風が強く、ひとまず目についたショッピングモールに入った。

あてもなく歩くと、雑貨屋さんが目についた。

明るい曲調のクリスマスソング、赤と緑の布地に「Merry Christmas」の文字が明るく光っている。

ツリー前にいた友達も、待ち合せ相手にもう会えたんだろうか。

たくさん並んでいる眼鏡やサングラスが目について、その内の一つを手に取った。

透明なサングラス越しに、日向くんを映す。


「あのさ、変装グッズ探す?」

「変装っ?」

「ほら、クラスの子がいたから、私たちだってバレないように」


なんて、ほんの冗談だ。

笑って付け加えてみたけど、日向くんの方もメタリックフレームの細いメガネを一つ手に取ってかけていた。


「どう!?」


得意げな日向くんに、別のメガネを取って渡す。


「日向くん、こっちの方が似合いそう」

「おおぉ……!!かっけぇ、こういう金属のやついい!」

「うん、優等生にみえる」

「頭よくなってる!? あ、さんは、こっちのが似合いそう」


日向くんがひょい、と手にした眼鏡をかけてみて、お店に設置されている鏡を覗き込んだ。

うん、悪くないかも。

自画自賛を心の内でした時、鏡のはしっこに、私が選んだのとは別のをかけた日向くんがいた。
鏡越しに目が合った。ピースサイン。

レンズの大きさがだいぶ合ってなかったのもあって、小さく噴き出してしまった。

お互いに眼鏡を元あった位置に戻した。

やっぱり普段かけていないから、どうにもぬぐえない違和感があった。慣れだろうか。

あ、こっちの丸眼鏡もつけてみたらおもしろそう。


「ねえ、ひな、」


日向くんの手が、私の肩に置かれていて、思考停止した。
抱き寄せられるままに身を任せ、商品棚の反対側に私たちは移動していた。

日向くん、あの、日向くん。

声を出すんだ。そう思っても、日向くんの横顔を見つめるばかりだ。

外気と違って、お店の中は暖房がフル回転している。
今、ぼうっとするのは、この暖かい空気のせいじゃない。

コートとコート、厚みがあって互いの体温は伝わってこなくても、これだけ近づけば、ぜんぜん、なにもかも違った。

日向くんが手を外した。


「今、同じクラスのやついたかと思った。違った!」

「そ、そっか」


そうだよね、そりゃ、そういう理由があるに決まっている。

落ちつけ、私。おちつくんだ。

床に並んだ私の靴と、見慣れた日向くんの靴。

並んだまま、近いまま、いつまでも動かない。

このまま顔を上げたら、あれ、どうなるんだろう。
日向くん、動かない。


「ち、違うならよかった。気を付けなくちゃね、誰かに見られたら」

さん、困るもんな」


距離は近いまま、やりとりはいつも通り、外れたと思った日向くんの手は、さっきよりは力なく、もう一度私の肩に添えられた。


え、と。


日向くんの方に引き寄せられることはない。
けれど、手は肩に置かれたままだ。

日向くんは何も言わずに商品棚をまっすぐ見つめていた。

私はと言えば、その横顔を見つめ、もう一度自分の肩に置かれている手が、日向くんのものだと再度確認した。

ピアスやイアリングが真ん前にたくさん並んでいて、横長のミラーに自分たちの姿が歪んで映っている。

また日向くんの横顔を盗み見る。

顔も、耳も赤くなっていた。


「こ、ここ暑くない!? 出る!?!」

「そっそうだね、出よっか。あ、すみません! ごっごめん」


他のお客さんが来ているのに気づかず、そのままぶつかりそうになってUターン、今度は日向くんにぶつかる始末。

けれど、しっかりと支えてくれていた。


「あ、りがと、日向くん」

「ううん」

「外、行こう」

「うん」

「あの、さぁ」

さん、さっきごめん」


日向くんが両手をズボンのポケットに入れて歩き出したから、手を繋ごうという言葉を飲み込んで隣を歩いた。



next.