「さん、嫌だったら、言って」
日向くん、そう言ってくれるけど、ポケットの中ではしっかり私の手を握っている。
ちゃんと、わかって、そういうこと言う。
繋ぎたくないわけない。
気持ち通じているのうれしい。
心の内をぜんぶ見透かされてはずかしい。
すき、降参。
嫌なはず、ない。
視線を上げると、日向くんが待っていたかのように、私を見ていた。
イルミネーション、まだ遠いはず。
だけど、日向くんの瞳はいろんな光で綺麗だ。
学校の誰も、こんな日向くんを知らない。
私だって全部は知らない。
そばにいると自惚れてみても、その奥底は全然わからなくて、読めなくて、ただ、こうやって向けられているのが『好意』だと、ほんのり自覚する。
こんな、見つめられたら、くすぐったい。
“すきだよ”って、言われてるみたい。
日向くんの瞳がちかちかと揺れた。
青信号の瞬きすら、日向くんのものに思えた。
止まれの赤信号がまぶしく感じて俯いた。
「さん、……が、
なんも言わないと、
おれは、
都合のいいように考えて、
……暴走、します」
いきなり丁寧語になったから、少しだけ肩の力が抜けた。
「もう、さっき、してた」
日向くんがちょっとだけ気まずそうに頬をかいてそっぽを向いた。
大通りをちょっと入ったビルの陰、忘れたとごまかせるほど時間は経っていない。
なにより、ぎゅ、とされた感覚は、まだちゃんと全身に残っている。
「あ、あれはっ、さんが!」
「私が?」
「かわいッ、すぎたのが、悪い」
「かわっ!?」
「ん、さんの、せいだ」
日向くんがまだ赤だと思われた横断歩道に一歩進むと、魔法みたく信号機の色が変わった。
「だから、このまんま逮捕しとくっ」
日向くんの、ポケットの中は、あたたかかった。
指が絡む。
「ふ、封印じゃなくて逮捕なんだ?」
「あ、そっか、封印して逮捕だ!」
「それは……、すごく厳重に捕まってるね」
「んっ! そう」
横断歩道の先は、明かりという明かりを集め、クリスマスを出迎えるにふさわしく彩られていた。
「おれ、離さないからっ」
ぎゅ と、あたたかさが、日向くんを実感させる。
「あっち!さん! でっかいツリーあるよ!」
「すごいね、行ってみ、」
「早くっ」
「ひなっ、走んなくてもイルミネーションは逃げないよっ」
「わかってる! でも、さん早く行こっ」
「も、わかったっ」
走りながら、気持ちぜんぶ、
日向くんに向かってた。
きらきら光るブルーの並木道。
あたたかなゴールドイエロー、暖色がきらめくクリスマスマーケット。
あちこち行き交う人混み、おしゃべり。
まぶしい発色のグリーンとレッド、聖なる夜の彩り。激しく賑わうステージ、演奏家の奏でるメロディー。
甘い匂いと熱気、大人たちのはしゃぐ大声とアルコール。ちょっと煙ったソーセージ、鉄板のはじけ焼ける音。湯気が漂うホットチョコレート、かわいいマグカップ、いくつも。
笑顔と喧騒の合間をすり抜ける冷たさも、冬も、白く溶ける呼吸も、ぜんぶトクベツにみえる。
日向くんがいるから。
手をつないで、いっしょにいるから。
全部、なにもかも違う。
夢みたい。
「さん、これ?」
立ち並ぶクリスマスの屋台の一つ、ときめく気持ちを押さえようと一心にどこかを見つめていたら、欲しい商品があると思われてしまった。
手のひらサイズのスノードーム。
右手は日向くんのポケット、左手はカバンと紙袋の私。
代わりに、日向くんがその台座を手にして、まるいガラスの中を覗き込んだ。
揺さぶられて落ちてゆくラメと雪。
「きれいだよなー、キラキラいっぱい入ってるっ。
あ、この中のサンタ、英会話の先生のとこにあったやつと似てる。
ほら、さん見て!」
近づけられたスノードームの中のサンタは、絶妙に雪とラメをかぶっていて、顔はよくわからなかった。
「先生のところの、こんなだっけ?」
「ひげが似てるっ」
「ひげ……」
日向くんは商品を元の場所に戻した。
同じ商品を目で追ってから、前かがみになって、テーブルの上に隙間なく並べられたスノードームを眺めた。
中身は大きく分けて3種類だ。
サンタとトナカイ、雪だるまと小屋、冬の格好をした子ども二人。
あ、台座にアルファベットが刻まれている。
飾り文字、かわいい。
"mistletoe"
寄り添う二人の子どもは、男の子と女の子だ。
少年の手にはヤドリギ、そのすぐそばで微笑む少女のほっぺたに、彼の唇が寄せられている。
英会話の先生に教えられた慣習が頭をよぎった。
「それ、気に入ったの?」
思わずびくっと大げさに反応してしまった。
すぐに姿勢を正して、なんでもないって顔をしたつもりが、ごまかせなかったらしい。
「さん、じっくり見てたから。これ?」
「それだけど」
「いいじゃん。 あれ、紐がついてる」
「そのシリーズ、オーナメントになるんですよー」
別のお客さんに買い物袋を渡し終えた店員さんがほほえんだ。
展示用のツリーにも、いくつか見本が吊り下げられている。
クリスマス当日とあって、割引もあるからお買い得です、とのことだ。
「じゃあ、これください!」
買うんだ。
日向くんがポケットから手を出したから、私の右手も自由になった。
空気、ひんやりする。
せっかく片手が自由になったから、サンタさんの顔を確かめよう。
見本の一つを取り上げてじっと見つめても、サンタの人形はみんな同じで愉快そうだ。
「そっちのがよかった?」
プレゼント用に包まれたスノードームを受け取った日向くんが言った。
あ、れ。
「はい、これ。クリスマスプレゼント」
「え!」
いや、だって、これ。
「なっ、夏ちゃんに、じゃないの?」
「夏はサンタから他のもらうから大丈夫。これは、おれからさんにっ」
「で、でも私」
「去年、来てくれた」
日向くんが包みを私の前に差し出した。
「そのお礼っ」
言いたいことは浮かんで消える。
可愛らしくラッピングされたそれを受け取ってお礼を言うと、日向くんは満足げに笑った。
私も、このスノードームの女の子のように、愛らしく笑えていたらいい。
「あ、荷物になるなら、おれ持つよ」
「こんな小さいんだよ? カバンのなかに……」
このカバン、あんまり入らないの、忘れていた。
「私、手で持っとくよ」
「そ、れだとさ……」
「ダメ?」
「だめじゃ、ない、けど……、そうだ、紙袋は?」
確かにその手もあった。
頷くと、日向くんが率先して紙袋を取り上げてくれた。
なりゆきのままにプレゼントをビデオカメラの箱の上に置いた。
「じゃ、日向くん、行こっか」
おなかも空いてきたし、あっちの食べ物系の屋台を覗いてみたい。
「日向くん?」
「さん、忘れ物してない?」
「忘れ物?」
思わずさっきのスノードームのあった方を見た。
店員さんは、私たちにしてくれたのと同じように見本のツリーを指差して接客していた。
あっ、もしかして。
都合よく浮かんだ発想にどぎまぎしつつ、自分の右手をぎゅっと握りしめた。
「忘れては、ないよ」
「そ、そっか」
「……そういう日向くんは忘れてない?」
同じこと、思ってますように。
違ったらはずかしくて、ついそんなことを口にした。どちらともなしに黙った。
人が多くて並んで歩くのは難しかったから、言い出さなくてよかったとも思った。
前を歩く日向くんのコートを引っ張ったら、日向くんが振り返った。
「ま、前向いてて!」
「うん!」
「まっすぐ行ったら食べ物屋さんあったから、なんか買おう」
「わ、わかった」
たぶん今いちばん混んでいるのがこの方向だ。
そこを抜けたら人通りが減る。
「さん、そのあと、手つなぐ?」
同じこと、思ってた。
日向くんの背中を押して、あとでね、と小さく告げた。
両想いって、すごい。
next.