ハニーチ

スロウ・エール 163





さんから手握ってくれてうれしかった」







抱きしめられていると、日向くんの声が響く。

近いから、全身で聴くことになるから。


奥底まで、ぜんぶ、なんだって、届いてしまう。






「そ、れは、よかった」


「へへっ、そんだけ」



日向くんは何事もなかったように離れて、カバンの中の捜索を再開した。

ぽかん、としている間に、一人取り残される。

日向くんはいつも通りだ。


なんで、そんな……、簡単に。

ぎゅっ て、抱きしめる。
考えただけで、胸がいっぱいになる。

日向くんに手を伸ばす。
それだけで指先からくすぐったくなって、また手を引っ込める。

さっきは、勢いで触れたけど、ふと我に返ると動けない。

私だけ、おかしいのかな。

それとも、日向くんと私……







「あった!」

「なにがあったの?」

「クリスマスプレゼント、第2段!」

「へっ」

さん、手、出して」


言われるがままに手のひらを広げると、その上に一本のひもが置かれた。

最初、何を置かれたのかわからなかった。

公園の電灯の明かりを頼りに、じっと目を凝らすと、ようやく日向くんからの贈り物の正体がわかった。



「これ、プロミスリング?」

「すげ、すぐわかった」

「そりゃっ、だって……」




プロミスリング。通称、ミサンガ。

家庭科部では、1年生が入った時の仮入部期間に教えるのが恒例だ。

さまざまな刺繍糸から好みの色を選んで、心を込めて編むお守りは、難易度も低め。
どの部員もわりとすぐに完成までこぎつける。

手首に巻かれたそれは、家庭科部では4月によくみられる光景だ。

シンプルなものから複数の糸を組み合わせたものまで、編む人によって自由自在に作られるが、今回はどちらかといえば後者、カラフルで凝っているものだった。



「これ、買ったの?」

「売り物に見える!? がんばったかいあったな」

「じ、じゃあ、日向くんが作ったの?」

「そーだよっ、実はさ、夏目に教えてもらって作った」

「なっちゃんに!?」

「そうっ、家庭科部の部長サマにっ」



即座に、友人の顔が浮かぶ。

日向くんが得意げに頷いて続けた。



「1年より下手って、すげー文句言われたっ。

でも、おかげで、今日までに完成間に合ったっ。

さすが部長だよな、あ、でも、編み物はさんのほうが得意だったよね?」

「う、ん、……ホント、よく覚えてるね」

さんのことなので!」



話に相槌を打ちながら、自分の中でするすると小さな引っかかりが全部つながっていく。

日向くんのワクワクとした眼差しがまぶしい。



「喜んで、もらえた?」

「うん、すごく……、すごい」



胸に広がる感情を噛みしめる。

だから、友人は家庭科室のどこにミサンガ用に買い込んだ糸があるかわかったんだ。



「ほんと、すごい」

「へへ」

「私も、わたしも日向くんに作ったの」

「え!?」



今度は私がカバンの中を探す番だ。

でも、日向くんの鞄よりもずっと小さいし、ずっといつ渡そうか考えてたから、包みはすぐに取り出せた。
ちょこっとだけ形が変わってしまったリボンを指先で整えてから、日向くんに差し出した。


「開けていいっ?」

「もちろんっ」


メリークリスマスと書かれた金色のシールは音を立てて破かれた。

中から出てきたそれは、日向くんがくれたものよりも幅はある。

同じ手編みのプロミスリングを、日向くんは握りしめて顔の高さにあげて見つめた。

そんな真剣にみられるとどこか照れくさい。

火照る気分を冷まそうと夜空を見上げながら言った。



「日向くんに、なにかプレゼントしたいなって考えてた時に、パッと浮かんだんだ」



相手の重荷にならなくて、

でも、きちんと心を込めた贈り物。


喜んでもらえるように。

日向くんの力に、ちょっとでもなれるもの。



「もしかしたら、なっちゃんに聞いてるかもしれないけど……」



忘れかけていた1年生の時のことを、改めて思い返す。



「家庭科部に入った1年生は、みんな最初にこれを作るんだ。

どんなものを作りたいか、その気持ちが、物を作る出発点だから、願い事といっしょに考えるの」



どんな色がいいか。

どんな出来上がりがいいか。

どんな願いを込めるか。






「日向くんが、烏野でバレーやれますようにって、気持ちこめたよっ」






私の願い事は、たぶんずっと変わってない。







「色もね、迷ったんだけど…… あの、覚えてる?カラーチャート、2年のとき、美術の。
日向くんと私、1つ目が同じだったって前に話したから、その色はメインにしよって決めて、あっ、ここだとわかんないか」


公園の電灯では、こんな細い組み紐の色を識別するには明るさが足らなそうだ。

もらった日向くんのミサンガをそっと眺めた。



「あ、日向くんのも同じ色入ってる?」


なっちゃんが紐を分けてあげたんだろうか。それなら、同じ色が入ってても不思議じゃない。
それでも、偶然と片づけてしまうには惜しい。


「そうなら、おそろいだね」

さん、ありがとう」




日向くんが手のひらを閉じて、私の編んだプロミスリングを握りしめた。




「うれしい」




また風が攫ってしまいそうなほど、小さな呟きだった。

それでも、表情が見えなくても、ちゃんとわかるつもりだった。

同じように日向くんからの贈り物を握りしめた。

自分のよりは細いけれど、新入部員が作るものよりずっと時間がかかっているのが分かった。



「おれ、いま結ぶ!」

「え、いま?」

「今! いまやった方が1番叶いそうっ」

「あ、待って、私やるよ、片手難しいし」

「サンキュっ、さん!」

「あ、ちょっと待って」



こんな時間帯で、うっかり落としたらなくしてしまいそうで怖い。

日向くんからもらったのをコートのポケットに入れて、自分のプレゼントの方を受け取った。

待ちきれないのか日向くんがまた一歩近づいた。

ひと際力強い声だった。



「おれ、ぜったい、烏野でバレーするっ するから!!」




真っ暗な公園のなかで、ここだけ明るく照らされた心地がした。

指先でつまんだプロミスリングを危うく落としてしまうところだ。

深呼吸、冬の冷たい空気を吸い込んで、ゆっくり外に出す。



「うん……お互い、受験がんばろ」

「おーっ!」

「日向くん、動いてたら結べないよ」

「そうだった!」


きちんと結び終えると、日向くんは腕を夜空に突き上げて、満足そうにしばし見つめていた。

急にこっちに視線が戻る。



さんも結ぶ!? おれやるよっ」


思わずもらったプレゼントの入っているポケットを片手で押さえて、体の向きを変えた。


「わっ、私はいいよ」

「そう?」

「なに、お願いするか、決まってないから」



日向くんみたく、すぐ決められない自分にため息一つ。



「ごめんね」

「なんで謝んの?」

「いつも、すぐ、決められないから……」



そう漏らすと、日向くんはなんてことない、といった雰囲気で首を横に振った。


「謝ることじゃないよ」


日向くんは両腕を頭の後ろに回して、空を見上げた。

なんとなくつられて、同じように真っ暗な夜空を視線でなぞった。



さんの世界は、さ……

おれよりずっと、広いんだとおもう。

大切なこといっぱいあるから、迷うんじゃないかな」



そんなこと、はじめて言われた。



「そう、なの、かな」



「おれが、さんといるときはさんしかみてないけど、さんは違うから」

「え!? そ、そんなことないよ」



待ち合わせ場所、お店の中、公園、人混み、イルミネーションでのこと。

それぞれの場面を思い返してみる。

たしかに言われてみれば、日向くんだけでなく、自分たちのいる場所そのものへも注意を払っていたとは思う。



「でも、そんなの日向君だって」



途中で、言葉が止まってしまった。

夜空を向いていた日向くんが、いつからか私を見ていたから。



「だから、さんから手つないでくれたの、すごく、うれしかった。


……さんが、思ってるよりずっと」




next.