明けましておめでとう!!今年もよろしく!
いつの間にか寝落ちして迎えた1月1日、友達や知り合いやこの人誰だっけと思うレベルまで、色んな人から新年の挨拶メールが届いていた。
その中にあった一通、送信者:日向翔陽。
宛先にクラスの人たちもたくさんあった。
ほんの少しがっかりしたものの、たかが「あけましておめでとう」メールだし、と自分をなぐさめる。
新年早々、この程度で気落ちするのはもったいない。新しい年の幕開けだ。
いくつかメールを削除すると、メッセージが途中です、と通知が出てきて、受信ボタンを押した。
日本中、いや世界中でたくさんのメッセージが飛び交ったから、上手いこと受け取れなかったんだろう。
電波を示すマークは3本線のくせに、一向に受信されなかった。
この辺の電波じゃ限界のようだ。
携帯を放って、いつもと同じ、新たな今日をすごしたのち、もう一度画面をチェックした。
送信者:日向翔陽。
メールの冒頭は、明けましておめでとう!!
日向くんからのあけおめメール、受信途中だったっけ。
明けましておめでとう!!今年もよろしく!
さんに会いたい!!!
「……」
宛先みんなが入ったメール、とは別のメール。
“さんに会いたい!!!”の部分が増えている。
送信時間を二度見した。
メールを開いて、もう一度宛先を見る。
自分のメールアドレスだけ。
「……」
時計を見る。
メールの送信時間をもう一度確かめる。
返信ボタンを押す。
あけましておめでとう。私も日向しょうよう
「ーー、行ける?」
「いっ行く! すぐ行く!」
親に呼ばれて急いで携帯をしまった。
返事ぜんぶ書けばよかったかな。でも、もうちょっとだけ、私だけに送ってくれたうれしさに浸っていたい。
大事に返信しよう。
私だって日向くんに……、あれ。
そういえば、メールにはさんって書いてあった。
なんでフルネームだったんだろう。
「さむっ」
たくさん着込んで外に出ても、ぐっと冷たい空気が顔にあたる。
今年もよろしく、と言わんばかりの昨日と変わらない冬。
気が引き締まって、浮かんだ疑問は遠のいた。
*
「ありがとうっ」
もらったお年玉袋をささっと隠して立ち上がる。
親戚の集まりはどこでもあって、たくさんの挨拶や恒例のやり取りをしたのち、持ち寄ってきた料理や飲み物、大人たちはお酒を片手に話に花を咲かせていた。
大きくなった、とか、受験がんばってね、だとか、定番の話題は一通り終わったつもりなので、みんなの集まる広間から、人のいなそうな台所に避難した。
流されっぱなしのテレビの続きは気になったけど、あのまま座っていたら受験の詳しい話や成績にまで話題が及ぶ可能性がある。
いい判断だ、と自分を褒めて、お菓子の袋を手にした時だった。
「」
「けーちゃん、お酒?」
従兄はいつもよりはちゃんとした格好で、普段と違って赤ら顔だった。
今日はたしか、運転は別の人に頼んだって言っていた。
「いやいい。酒は向こうにまだある」
冷蔵庫からせっかくビール缶を取り出したものの、従兄にはスルーされたので、元の場所に戻した。
従兄は違う棚をのぞいていた。
「そういや、、おばさん、味付け変えたか?」
「えっ」
冷蔵庫の扉が加わった力のせいで、ばたん、と少し音を立てた。
従兄はしゃがんで、下の戸棚のほうを物色しだした。
「最後に食べたのが去年だけど、なーんか、毎年食ってるのと味違ったんだよな」
「それは、……まずいって言ってる?」
従兄が戸棚の引き戸を戻して立ち上がった。
「そうは言ってねぇけど……、まさかお前」
「まずくない、ってことは、おいしいってことだ」
「」
「おいしいってことだよね、けーちゃん。なに?」
眉間にしわを寄せた酔っ払いが、テーブルに抱えた袋をどさっと置いて、両手をついてこっちを見ていた。
「年明け早々、受験生が何やってんだ」
「勉強ばっかりやってちゃつまんねー人間になるって向こうで言ってたの、どこの誰?」
「じいさんも食うんだぞ」
「ひどい、食べれるもの作ったよ」
母親に見てもらいながら作ったし、味見だってちゃんとしてもらったのに、なんて言い草だ。
料理をしてみようと思ったのも、従兄の一言があったからだ。
ちゃんとした飯、作ったつもりだ。
「おじいちゃんなら、私が作ったって言ったらおいしいって言ってくれるし」
「が作ったって言えば、だろ。なにも正月に作らなくても……」
「けーちゃん、食べるまで気づかなかったんでしょ? 成功してるっ」
「あのなあ」
「二人とも楽しそうねえ」
挨拶した一人が何枚かのお皿を運んできたから、すかさず受け取って、一言付けたした。
「けーちゃんがいじわるするの」
「そうなの?」
おばさんは本気で受け取らないことはわかっていたし、実際そうだ。
違うお皿を手にしつつ、楽しげに笑って従兄をかえりみるだけだ。
それでも苦い顔をした従兄を横目に、こっそり笑いを噛みしめる。
「たくっ、……は大事なときだから、心配しただけですよ」
「ちゃんはもうすぐ試験だものね。洗い物、あとでやるからいいよ」
そうは言われたものの、お年玉ももらったし、気分よく洗い物を済ませた。
部屋へまた向かう叔母さんが戻り際に従兄に告げた。
「繋心くん、みんな呼んでたから早く戻ってね」
「わかってますよ、そっち重いから俺持ってくんで」
代わりにテーブルにあったおつまみを手渡していた。
従兄はやっぱり優しいところがある。
感心しつつ、手をタオルで拭いていると、頭に何か乗せられた。
「なっ、なに?」
「やる」
「なんで頭にっ」
文句を言いきるより先に、従兄が姿を消した。
重たくはないけど、なんだかわからず、水気のなくなった手で乗せられた何かを取ると、細長い紙袋だった。
セロテープの封をはがすと、出てきたのは鉛筆だった。
「けーちゃんっ!!」
「んだよ、騒がしいな」
「これありがと、合格鉛筆!」
一般的な六角形のものじゃなく、五角形で金色の文字で『合格祈願』と書かれていた。
従兄の座っている後ろから両肩をつかんでお礼を言ったものの、すぐに振り払われた。
それでも嬉しくて、この場にいる人たちに見せびらかすと、やめろって凄まれた。
顔が赤いのはアルコールだけじゃないのがわかっていた。
もらった合格鉛筆は隠さなかった。
優しいところがあるってみんなに褒められているのに、従兄はかえって居心地悪そうに背を丸めて、グラスに残ったビールを飲み干していた。
「ただのもらいモンだっつの」
「じゃあ、その人にありがとうって言っといて。それとは別に、運んでくれてありがとうっ」
どこの誰が、受験なんてとうの昔に終わった相手にわざわざ五角形の鉛筆を渡すんだ。
仮にほんとうに誰かがくれたんだとしたら、ここにいる受験生の存在を口にしたに違いない。
テーブルにあったビール瓶を取った。
「入れてあげる」
「未成年がやんなくていい」
「ー、こっちが空だぞー」
向こうに座っている祖父が、空っぽのコップを掲げて揺らした。
「おじいちゃんに入れてくるっ」
「!もっとダメだろっ」
「ダメなの?」
従兄が私の質問に答えるより先に、母親が口を挟み、また誰かが言葉を重ねて、一段と笑い声が広がった。
よく知るお正月の光景だった。
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