ハニーチ

スロウ・エール 19


結局、メールをしようか悩んでいる内に、日向君からメールが届いてびっくりした。英語の小テストの範囲についての質問だった。
少しだけメールのやり取りが続いて、嬉しくて携帯を両手で握りしめたままベッドに横たわった。
夢みたい。夢じゃない。

こんな風につかず離れず、遠すぎず近すぎもしない距離のまま3月を迎えた。

バレーの練習に付き合うことはなかったけれど、なんとなくトスの練習は続けていて、気づけば祖父の家に来る小学生とは仲良くなった。
この子たちが雪が丘に入ってくれないかななんて思いつつ、学区の関係でそれはないんだろうなあなんてちょっとがっかりはした。でも、姉ちゃんって呼ばれるのは嬉しかった。試験がある時は相手できないけど、日向君をこれだけ引き付けるバレーボールに私自身惹かれ始めていた。

そういえば、バレンタインデーはいつもの差し入れを2月14日仕様にして日向君に渡した。いつもと同じように喜んでもらえてよかった。
日向君からはお返しにマシュマロをもらった。そのお返しが先生からもらったホワイトデーのお返しと同じもので、もしかして同じ場所で買ったのかなあと少し面白かった。
先生からもらった方はすぐに食べてしまった。
日向君のは机の上に置いたまま、賞味期限が来る前に食べるつもりだが、今はまだ大事にしておきたい。

友人から聞いた話だと、日向君にバレンタインをあげていた子達のお返しとは種類が違うらしい。
よかったねと言われたけど、それはちょっと違うと私は知っていた。


『ねーー、翔ちゃーーん!』

『あ、なんだよ、アキ!』


……下の名前で、呼び合う仲の女の子が他のクラスにいると知ってしまった。
二人は幼稚園から一緒だと、クラスの男子から教えてもらった。彼は修学旅行のバス席が隣でそれ以来時々話す。日向君の次くらいに話せる男子で、名前は遠野君。
遠野君も二人と同じ幼稚園だったらしい。

いいなあ。
幼馴染ってことだよなあ。

翔ちゃんと親しげにしゃべっていたその子を思い出すと、胸がギュっとする。
その子は日向君にチロルチョコをあげていた。
もし私がチロルチョコをあげていたなら、その子と同じお返しだろう。つまり、私が特別だった訳じゃなくて、バレンタインに渡したものが違うだけだ。

見返りが欲しい訳じゃない、そう思うのに結局欲しがっている自分に気づいて自己嫌悪する。

そうこうする内に春が来た。
私たちにとって中学最後の春、願わずにはいられない最後のチャンスの季節。


*




「ぎゃ!?」

「な、なっちゃん、どうしたの?」


部活の時間が始まったばかりの4月の仮入部期間初日、ちょうど家庭科部に興味を持ってくれた1年生に友人が説明を始めようとしたときだった。
何事かと尋ねると、家庭科室前の入り口を友人が指さした。


「ひ、日向君!?」

、一年生も二年生も怪しむから日向に注意してきて」

「……はい」


そんなことはないと否定したかったけど、どこかそわそわと高速で動く日向君は確かに…怪しまれても仕方ないかもしれない。


さん!」


私に気づくと日向君が瞳を輝かせた。
ついときめいてしまう自分に気合いを入れようと顔に力を込めた。


「どうかした?」

さん、来たんだ!3人!!」

「3人?」

「1年、3人!バレー部!!」

「え!?」


日向君から聞いた単語を繋げて考えるに、ようやく待ち望んだバレー部員が3人も増えたということになる。
やっと、やっとだ。


「や、やったね……!!」


廊下というのもすぐ後ろに家庭科室というのも忘れて二人で飛び上がった。
どうしよう、すごい、すごいよ。
3人以上いるなら同好会じゃなくて、正式なバレー部になる。
正式なバレー部員がいれば試合だって出られるようになる(もちろん試合するためには6人は最低必要だけど、これまではエントリーすらできなかった)


「日向君、おめでと!!おめでとう!」

「ありがと!!ありがとう!!すぐさんに言いたかったんだ!!」

「うん、教えてくれてありがとう!すっごく嬉しい、よかった、よかったね。これから練習?」

「うん、練習場所はないんだけど、今日は説明だけで終わる部活があるから、その場所借りるんだ」

「そっか」

「でもさ、場所はいいんだ。そりゃ体育館でちゃんとネット張って練習するけど、まずは……、……1年、入った。入ったんだ」


日向君が噛み締める言葉に私は何度も頷いた。


さん泣いてる!?」

「な、泣いてない。そ、ゆう日向君泣いてる!?」

「な、泣いてない!うお!?」


たじろいだ日向君の見た方向を振り返ると、友人が扉の小窓からこちらを睨んでいた。
そういえば予想以上に声が出てしまった気がする。
二人で肩をすくめた。


「じ、じゃあ、おれ、行く。夏目怖いし」

「うん…」

「いきなりごめん!ありがと!」

「日向君!」


今にも走り去りそうな背中に届くように声を発した。


「バレー……部、ファイト!」


日向君が嬉しそうに頷いて片手を上げたかと思うとそのまま飛ぶように廊下を駆けぬけていってしまった。
強い風が吹いて去って行ってしまったような、そんな感覚だ。
残された私の胸の中はざわついている。

そっか、バレー部員、入ったんだ……。




「ぎゃ!?」

「二人とも声でかすぎ、1年生達がたち気にして私の話聞いてなかったし」

「ごめん!」

「でも、なんかよかったね」

「へ?」

「嬉しいでしょ?」


友人の言葉は、さっきの私たちのやり取りのことを指していた。

家庭科室に招き入れられ、部員たちのちょっとした好奇心の滲む眼差しを受けながら私はこの喜びを噛み締めて頷いた。


「すごく、嬉しい……」


まだ見ぬバレー部員3人、どんな1年だろう。会ってもいないのに、頭の中では雪が丘中学バレー部が何度も試合をしていた。
これはスタートラインに立つための必要最低限の条件だってことを忘れて、しばし嬉しさに浸った。



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