僕たち、
わたしたちは、
「「本日、卒業します」」
目配せして同時に読み上げた最初のあいさつは、ぶっつけ本番の割にきちんと息を合わせられたように思う。
そこから、卒業生代表の言葉をまた交互に読みあげていく。
マイクは性能がよすぎるのか声の震えまで拾ってくる。
意識してはきはきしゃべるようにした。
今、自分たちに、この体育館にいる人たちの注目が集まっている、なんてことを気にする余裕はなく、ただ、自分が担当する文章の読出しばかりをチェックしていた。
必死で読み上げるうちに、最後、名前を述べてすべて終わった。
本当は女子の代表がスピーチの紙は畳んだりする必要があったらしいが、ぜんぶ翼君がやってくれたそうだ。
壇上から降りた時に先生になぜか丁寧に注意された。
あと、
「はもっと堂々としてなさい」
だ、そうだ。
卒業式本番は別の子がやりますよって言えばよかったけど、代役を終えた開放感から、なにも考えずに頷いた。はい、次は、ちゃんとやります。
次っていつだろう。
自分のクラスの人たちがいる場所に戻った時、式(の予行練習)はまだ始まったばかりなのに、もう私の中の卒業式が終わったような気さえした。
「さんすごかった!!」
代表者用のパイプ椅子に腰かけた時、背後から日向くんの声がしてビックリした。
ちょうど日向くんの真ん前だったのか。
「ぜんぜん、すごくないよ」
ふりかえってこっそり返すと、日向くんが興奮した様子で首をぶんぶん横に振った。
すぐとなりの翼くんに静かにするように窘められて会話は終わった。
せっかくだから、舞台の上から日向くんを見つけてみればよかった。そんな余裕なかった。紙ばっかりみてた。
ふわふわとした達成感に浸っている内に、卒業証書を渡す順番が近づいていた。
私は今日の代役のせいで本来の順番じゃなくて、代表者の翼くんの次に名前を呼ばれた。
「」
「はいッ」
ちゃんと、声、出せてたかな。
自分で自分のことを評価できない。
壇上に上がって、ならった通りに卒業証書を受け取る練習をする。
いち早く自分の席に戻って、クラスメイトが呼ばれていくのを静かに眺め、聞いていた。
「泉、行高」
はいっ
「関向、幸治」
はい
「夏目、千奈津」
はい
「日向、翔陽」
は、ハイッ!!!
日向くんが緊張した面持ちで壇上に上がっていく。
すごく日向くんらしい。
密かににやけそうになりつつ、まるで卒業式を迎える気分じゃないことに気づいた。
だって、こみ上げてくる感情は、卒業式特有の感傷的なものじゃなく、日向くん個人に対するいつもの延長線上にあった。
そんな自分でも、当日は泣いたりするのかな。
どうだろう。
日向くんが舞台から降りてくるのが視界に入る。
日向くんは、服の袖で目元をぬぐっていた。
*
「日向、もう平気かよ」
「なんだよ、なんかあったのか?」
「卒業式の練習の時にさ、」
「だーー! もうその話いいだろっ! さん!!」
4時間目も終わり、ホームルームの終了、掃除当番に行く人やすぐ帰る人、おしゃべりをする人たちで賑やかな教室内。
一段と男子が盛り上がってるなと荷物をまとめていると、いきなり日向くんに呼ばれた、かと思うと、私の机にバンと両手をついた。
「行ける!?」
「う、うん」
「行こう!!」
日向くんはカバンも持たずに教室を出ていく。
私も荷物は後回しにした。
実は勢いに飲まれて頷いていたけど、たぶん裁縫箱を取りに行こうって約束のことだろう。
移動されている机を避けれながら、日向くんの後に続いた。
後ろでは、盛り上がっていた男子の一人がくすくすと笑って説明していた。
日向、さっき泣いてたんだよって。
「さんも、なんか、こうぐわあってならなかった!?」
「う、うん」
また日向くんの迫力に押されて頷いてしまった。
何の説明なしに同意を求められたけど、たぶん、教室の続きで、卒業式で泣くことの是非?だ。
「そっ、そうだよね、ちょっとじーーんってさ、誰だって」
「なるよ、なると思う」
「だよね!! 卒業証書もらったら、いや、練習だけど、それでも、もう、このクラスと、みんなと、終わるんだなーーって」
「日向くん、被服室こっち」
「そうだった!!」
上の空の日向くんは、このままだと職員室に向かいそうだった。
それは、たぶん体育館の鍵を借りに行く習慣。
家庭科室は、今日も誰もいなかったから、気兼ねなく入って、置かせてもらっていた裁縫箱を引っ張り出した。
日向くんはさっきのことをまだ気にしていたけど、針と糸があることを教えると、すぐに学ランを脱いだ。
「本当に自分でやるの?」
「うん、やってみる」
「待って、電気付ける」
ついでに暖房も。
すぐに被服室を出る気でいたから、空の明るさで裁縫箱を引っ張り出していた。
入り口にあるスイッチを入れると、パッと部屋がまぶしくなった。
家庭科部として過ごしていた場所。
ぽつんと日向くんがいる。
せっかくなので向かいの椅子に座って、日向くんがボタンをつけるのを眺めた。
それは、やっぱり第二ボタンだった。
「さん」
ドキッとしつつ、日向くんの手元から視線を上げた。
「なに?」
「これ、玉結びって合ってる?」
それは家庭科の授業でやった内容の確認だった。
日向くんが第二ボタンを気にするわけない。一人焦ってバカみたい。
同じように針と糸を手にしてお手本を見せた。まるで家庭科部の後輩に見せるみたく。
「さん、やっぱ、すごい、よな」
そんなことない、と返しても、日向くんは続ける。
「今日もさ、式の練習、舞台の上で、しゃべってたし、すごく、ちゃんと!!」
「あれは先生に呼ばれたからで」
「誰でも呼ばれるわけじゃないから、さんすごいと思う!!」
日向くんの直球ストレートの誉め言葉は受け取り以外他ない。
「あ、ありがとう……」
気恥ずかしくなって、日向くんの手が動いてないことを指摘しようと思ったとき、視線を肌で感じた。
その感覚は合っていた。
「おれ、さんに会えてよかった」
まっさらな、笑顔。
目が合うと、照れた様子で視線を外された。相手を失った視線が相手を追いかける。
「今日の卒業式の時、おもったんだ。さん、いてくれてよかったなって。いや、いつも思ってんだけど……、次は烏野だって考えたら。
あれっ!?」
日向くんの通した針で引っ張られた糸は、制服の空いた箇所からするりと抜けていた。
糸の結び方ができてなかったんだ。
「貸して」
日向くんの手元にある針にふれ、手元の制服にも手を伸ばした。
日向くんから拒否されることはなく、そのまま、後輩と接する時みたく、淡々と針と糸に向き合った。
「ここをね、ちゃんとやんないと抜けるんだ」
「そ、なんだ!」
「最初をしっかりやれば、あとは、こんな感じで」
日向くんが自分でやるって言っていたのにな。
出しゃばっていいのかな。
そう思いつつ、気持ちを整えるには、“この”感じが必要だった。ちゃんと、自分自身でいられるように。
「ほら、……できた」
日向くんの第二ボタンはきっちりと在るべき場所に戻った。
糸切りはさみで整えて完成だ。
「ごめん、やっちゃって」
「すげ!はや! ありがとう!!」
日向くんはさっそく学ランに袖を通して、ボタンをとめた。
ウキウキとした様子で立ち上がり、くるっと一回転した。
「さん、ありがとっすごいっ」
「すごくなんか」
「すごいよ!!」
一段と大きな声だった。
「さんはすごい!!」
きらきらと、教室の明かりだけのはずなのに、なんでだか、まぶしかった。
すごくなんか、ない。
ない、のに。
「日向くん、あの、私」
第二ボタン。
高鳴る鼓動、もし私が男子の制服ならこのボタンが一番感じていただろう。
next.