月島くんあーいうの食べるんだぁ かわいー
ねー、かわいい
こないだも休憩室で見かけたよ
いいなーいつー?
あれ、ちゃんだ
「ちゃん、久しぶりっ」
「あ、うん!」
肩にふれられたのを機に、携帯を閉じてカバンの奥に押し込んだ。
開いたままのペンケースや荷物はあっても人気のなかった自習室は、彼女たちが入ってくるだけで一気ににぎやかだ。
月島くんたちと入れ違いで休憩していたらしい。
「ちゃんも今日塾?」
「ううん」
そうだった、色んなことが起こりすぎて頭が回ってなかった。
幸いコートも脱いでいない。
すぐさま席を立つ私に、みんなは目を丸くした。
「もう帰るの?」
「今日はプリントもらうために寄ったから」
ついでに自習する気もあったけど、この場所にこだわる理由はない。
気持ちはどんどん加速していた。
善は急げ。
やるなら早い方がいい。
たぶん、日向くんからのメールと電話のおかげで、ちょっとしたこともやる気が出るみたい。
先延ばしにするより“今日”って気分だった。
椅子を戻して、通ったばかりの出口へと向かった。
「じゃあ、ばいばい!」
同じように返事をもらってカバンをしっかり持ち直す。
そうだ、メールの返事もしないと。
電話番号知らないってやっぱり不便だ。
「あっ!
……ぶな」
カバンから早々に取り出した携帯電話、あやうく落としそうになったがなんとかセーフだ。
よかった。急ごう。
ほんの少し横を向きさえすれば、休憩スペースにいる山口くんたちも見えただろうけど、色んなことでいっぱいの私は、次のことしか頭になかった。
*
「……」
「でさー、ツッキー、どうし……」
元より反応が多いわけではないが、ふと動きのなくなった月島蛍を不思議に思って、山口忠が視線の先を追うと、そこにはが帰っていく姿があった。
もう帰るんだ、さん。
先ほど自習室前でのやり取りをすぐさま浮かぶ。
それに、自分が話しかけた時の彼女も、山口の脳裏によぎった。
今日のさん、いつもより気合いが入ってたんだよな。
「あんな騒々しいの」
「!」
いきなり月島が話し出すと、山口の驚きでわずかにテーブルが揺れた。
月島は構わずに続けた。
「ホント、……どこがいいんだろうね」
「それって、あの」
「どーでもいいか」
月島は自嘲的に呟くと、会話を続ける気はない意思表示のように飲み物を口に運んだ。
*
今日は移動ばっかりしてる。
一回、ちゃんと集中しないと。
休み明けだからいいか、とも思うけど、1月も矢のように過ぎて受験本番がすぐ始まりそうだ。
日向くんとクリスマスの時に待ち合わせした場所は、あの大きなツリーも片付けられ、ぽっかりとスペースが出来ていた。
待ち合せ相手は来てるんだろうか。
辺りを見渡すと、あの時と同じように誰かを待っているらしき人たちはいても、全体的にまばらで、この場所もどこか閑散としていた。
なんといっても冷え込んでいるのもある。
お店のなか、入ってよっかな。
あ。
楽しそうに会話しながら移動していく集団の背後に、それらしき人物を見つけた。
こういう時、名前を呼べばいいんだろうけど、大きな声を出すのもなと、真っ直ぐに相手の方に歩いて行った。
こっち、気づくかな。
気づかないかな。
こんなに、わたし、みてるのに。
人の視線を浴びるのに慣れているのか、それとも興味関心がまったくないのか。
後者かなあと考えながら、結局、相手に気づかれることなく隣に並ぶことができた。
それでもなお、まだこっちに気づかない。そこまで?
声をかければいいけど、ここまで来ると相手がいつ自分に気づくか気になってくる。
隣でじーーっと視線を送ってみる。
もしかしてまた身長伸びたのかな。いや、昨日と今日で変わらないか。
やっぱり制服着て黙ってると勉強できそうに見えるんだよな。
「!?」
あ、気づいた。
「おま、、いつ!!」
「3分前くらい?」
腕時計を確認してみても、いつから隣に並んでいたかはわかっていなかった。
相手の慌てぶりについ笑ってしまう。
「昨日ぶり。 飛雄くん、ぜんぜん気づいてくれなくてビックリした」
飛雄くんがバツの悪そうに視線をそらした。
「……かっ、考え事くらいすんだろ」
「えらい、勉強だ」
「……」
「はい、これ」
「なんだ」
「白鳥沢対策の問題と解答」
といっても、ぐーんとレベル低めのものだ。
今さら学力が飛躍的に伸びるはずもない。取れそうな点を取っていく方針だ。
飛雄くんは小さくお礼を言って差し出したプリントを手にした。
引き換え、というわけじゃないが、私もクリアファイルを受け取った。
「ありがと、飛雄くん」
「……あぁ」
用事、おわりっ。
いっしょに勉強していた時に、私のクリアファイルが飛雄くんの荷物に紛れ込んでいたそうだ。
飛雄くんのメールにしては字数が多いなと感心しつつ、後回しにするより、今日会うことにした。
なくてもいいけど、あると助かる。
「わざわざごめんね」
「なんでが謝んだよ」
「ここまで来るのめんどうだろうなって」
「そんなこと、ねーよ」
「そっか」
「おぅ……」
なぜか沈黙、けれど浮かぶ話題なんて。
「せっかくだから一緒に勉強してく?」
「あぁ」
「決まりっ」
どちらともなしに歩き出す。
何かイベントでもあったんだろうか、それともバスが到着したのか。
人がどっと増えていた。
「!!」
いきなりカバンを引っ張られて、勢いのまま飛雄くんに体当たりしていた。
「な、なに?」
言ってから、向かいから大学生だろうか、男の人の集団がすぐそばを通り過ぎていった。
「前、ちゃんと見ろ」
「ご、ごめんなさい」
「! ……んな顔すんな」
ひょいっと放り出されるように飛雄くんに距離を置かれて、そっぽを向かれた。
そこまで拒絶されるとけっこうへこむ。
両手で頬にふれて、しょげた顔にならないように努めた。
しばらく歩いたけれど、飛雄くんの目指すあてはなかったらしい。
私の提案でいつかのファーストフード店に行くことにした。
飛雄くんはこういうところに来ないそうだ。
私の後ろについて、他の人の買い方を観察していた。
「一緒に買おっか?」
「いい」
「そう」
何事も経験か。
レジの一つが空いた。
飲み物のホット、何か食べたい気もしたけど、いい加減ちゃんとしなくちゃ。
商品を受け取って飛雄くんは待たずに席を探した。
あまり混んではいなかったから、ノートを広げやすそうな隅っこのテーブル席に座った。
あったかい。
コップに触れて指先を温めていると、飛雄くんが見えた。
「あ」
手を上げるまでもなく、飛雄くんが来た。
おぼんには牛乳パック、小さいやつ。ぐんぐん牛乳。
「なんだよ」
「そういうの、ここ売ってるんだ」
知らなかったな。
「ヨーグルトはなかった」
「そうなんだ」
ここでヨーグルトを飲んでみようと思ったことがなかった。
未知なる世界をまた一つ学んだ。
飛雄くんがストローを牛乳パックに差し、その向かいで私もふぅふぅと熱さに注意しながら飲み物を口にする。
少し飲んだだけで、喉の奥から身体の芯まで冷え切っていたことを知る。
「なに飲んでんだ」
「欲しいの? 紅茶」
「そうか」
いるはずないか。
もうちょっと冷めてから飲もうと、テーブルの端にお店のマークの目立つコップを置いた。
ふと視線を上げると飛雄くんがまだ私の紅茶を見つめている。
なんだろ、まさか本当に一口欲しいの?
「別に、いい」
頭の中の疑問にいきなり返事されたかと思った。
飛雄くんが向かいの席で切り出した。
え、 と。
「な、……なにが?」
「いいって、言った」
「何が、いいの?」
「が、」
「うん」
「……」
返事がない。
飛雄くんが動かない、と思ったら、また口を開いた。
「とにかく、いい」
「え!?」
何が、いいんだ。
いきなり打ち切られた話題に飛雄くんが戻る気などないらしい。
やるぞ、といつもなら私が切り出す勉強を自ら進んでやり始めた。すぐ気絶しかかっていたけど、積極的な姿勢は評価したい。
“とにかく、いい”
なにが?
なにを?
気にはなったけど、同じく受験生。
シャーペンをノックして集中することにした。
きっと、日向くんもがんばってるはずだから。
next.