ハニーチ

スロウ・エール 21


仮入部期間が過ぎ去ると、いよいよ部員も増えた新たな部活動が幕を上げる。

私の所属する家庭科部もなんだかんだ大所帯になり、今日の部活動も和気あいあいとした雰囲気だ。
もちろん仮入部期間で去っていく一年生もいるけど、最終的に去年よりも多く入ってくれて、おそらく今年の部費も増えるだろう。
中学3年最後の文化祭は何か大きな作品を作りたいなと、密かに決意を新たにした。
成り行きで入ったとはいえ、ここまで続けてきた家庭科部は私にとってもかけがえのないものだ。それは、きっと友人も同じだと思う。

日向君が属するバレー愛好会、もとい新生バレー部は、その後一年生は3人以上増えはしなかったけど、きちんと入部してやめることもなかった。
それは日向君がウキウキとした様子で聞かせてくれた。なんでも、助っ人二人を確保できたから大会に出られるらしい。

バレーは最低でも6人いないとダメなのは知っていたから、助っ人が見つかったという報告を聞いて私もとても安心した。
だって、これがラストチャンスだったから。

私たちは、もう中学3年生だ。



「先生、すみません、これ」

「ん?…ああ、バレー部の選手登録書か」


先生は差し出した書類をしげしげと眺めてから、私に尋ねた。


「あれ、関向ってサッカー部じゃなかったか?」

「はい。ついでに言うなら泉君もバスケ部ですよ」

「ふーーん、うちはバレーやりたい奴少ないからなあ。でもよかったな、これでアイツも試合に出られて」


アイツ、というのはもちろん、日向君のことだ。


「はいっ」


自分でも思ったより声が出てしまって、慌てて片手で口を押さえた。

今のを友人に聞かれていたら、きっと“日向が移ったね”とからかわれる。

最近ようやくバレー部がバレー部として回り始めたおかげで、いつでも張り切る日向君を眺めることができる。そのせいか、私もどこか浮かれ調子で、気を付けないといけないなと一つ息を吸い込んだ。

先生が書類がたくさん並んだフォルダを探りながら言った。


「そういやユニフォームの件も何とかなったから」

「ほんとですか、ありがとうございます」

「サイズだけこの用紙と…、あと、数量だな、きちんと書き漏れと書き間違えには気を付けるように」

「はい」

「じゃあ、日向によろしくな」


書類を受け取って、ファイルに挟み込む。
こうやってバレー部の事務作業を手伝うことは、いつの間にか認知されていて、以前のように先生たちから何か言われることはなかった。

ここまで来たんだな、と思う。

日向君達のバレー、どんな試合になるんだろう。


ふと、自分の脳裏に過去がよみがえって、頭を振った。そのコート上に私はいない。ただ、日向君達を応援するんだ。


廊下を歩きながら、日向君と二人で場所取り合戦して獲得した絶好の位置にある『バレー部員募集!』ポスターを見て、一人顔が緩んでしまった。まずい、私、危ない人になってる。
前にもまして気持ちが高まっている。
日向君を思うだけで、なんでもできそうで、足が軽やかになる。


さん!」


噂をすれば、だ。
掃除を終えたらしい日向君が廊下を走ってこちらにやってくる。


「日向君、紙、ちゃんと先生に出したから大丈夫だよ」

さん、ありがと、おれが行かなきゃなのに」

「ううん。役に立てて嬉しいから」


そう言うと、日向君が嬉しそうに笑った。
この笑顔、どうせなら写真に撮って残しておきたい。なんて、今年に入って卒業アルバム委員会に立候補した私は密かにそんなことを考えた。


「そういえば、これ」

「?なに」

「ユニフォームの申込書…」

「ユニフォーム!ふおお…!」

「!」

「そっか、そうだよなあ…」


日向君、とっても目が輝いてる。
そうだよね、念願のバレーボール部だから当然だ。

日向君が急にハッと飛び上がった。


「あ、ごめん!」

「え、なにが?」

「おれ一人盛り上がっちゃって…」

「全然だよ。あ、この書類を…えっと、来週の金曜までに出さなきゃだから、サイズとか確認しておいてもらっていい?」

「わかった」

「今日はどこで練習なの?」

「今日は体育館、女子バレー部がいないから」

「あれ、そうなんだ」


そういえばバレー部の友達が盛り上がっていたことを思いだす。


「遠征だっけ?」

「そう、まあ隣町の中学だって」

「そっかー…」

「どうかした?」

「あ、いや。日向君達ももうすぐ中体連で試合できるんだなって」


言葉にすると日向君も改めて拳を握りしめて、力強く頷いた。

やっと、やっと6人でバレー出来る。

遠くで吹奏楽の演奏やランニングの掛け声が聞こえて、日向君の想いの詰まった一言を聞き取れたのはきっと私だけだ。
そして、その一言をきちんと聞ける側に入れることが今の幸せだった。


「ひ、日向先輩」


ふと声のする方を見ると、念願のバレー部員の一人だった。
私に気づくと会釈をしてくれた。


「どうした?」

「今日委員会で二人遅れます」

「あ、そうなんだ。どれくらい?」


何やら部活の話が始まる。
私もそろそろ自分の家庭科部の活動に戻ろうかな。

盛り上がる二人の会話から意識を外して、距離を置こうとした時だ。


「あの、先輩って」


一年の鈴木君いわく、その先輩が差すのは日向君ではないようだ。


「私?」

「あ、はい。先輩ってこのビラ作った人ですよね?」

「ビラ?」
「ビラって…、あ!」


これ、冬休みに配りに行ったビラだ。

前に友達と一緒に小学生のバレーチームに配りに行ったことを思い出す。
結局、大量に余って、今じゃあ家で英単語や漢字の書き取りメモ用紙になっている(擦りすぎた上に配り先がなかった)。

折りたたまれたその用紙の連絡先には確かに私の名前があり、彼に渡した覚えはなかった。



「俺の友達がバレーやってて、雪が丘ならってもらって」

「そうだったんだ、びっくりした」

「こないだ手伝いに来てもらった時、日向先輩が名前呼んでたからそうかなって」

「これ…、ちょっと効果あったんだ」

「え、え、どういうこと?」


日向君に特に説明せずにやったことだから、いざ話さなきゃいけないとなると恥ずかしいな。
でも、言わないでいることもできず、さっくりと冬休みに新中学生になる子達にビラ配りをしたことを手短に説明した。


「そ、…そうだったんだ」

「ご、ごめんね、日向君に相談せずに」

「いや、……」


日向君が何も言わない。
やっぱり勝手にこういうことをしたら、怒るよね。そりゃそうだ。
完全に嫌われることはないだろうけど、いつまでもフリーズしたままの日向君を前に冷や汗が出てきた。


「あの、日向君?」





肩に手を置かれて飛び退くと、同じクラスで同じ委員会の遠野君だった。
私の反応を前にきょとん、としてから、今日委員会の集まりがあることを教えてくれた。そうだった、すっかり忘れていた。
時計を見ると、もう5分もなかった。


「遅れる」

「あ、遠野君さきに」

「翔陽とまだ話?」


「あ、さん、大丈夫だよ。プリントありがとう」

「う…ん」


ようやく反応してくれた日向君は、どこか表情が硬く見えた。
ビラのこと、やっぱり怒らせたのかな。本当はもっと謝りたかったし、お詫びもしたかったけど、委員会の集まりは他のクラスも巻き込むため、無視するわけにもいかなかった。


「仲いいんだな、二人」

「え?ああ、そりゃ同じバレー部だし」

「…もバレー部に入ったのか?」

「?私は家庭科部だけど」


クラスメイトに言われてようやく理解した。
彼が言いたかったのは、日向君と一年の鈴木君のことじゃない。


「日向君と私は、…普通だよ」


じゃなきゃ、あんな反応されない。

至極単純にできている私はさっきの日向君の反応を目の当たりにして、落ち込んだまま視聴覚室に入った。さっきまでの浮かれ調子は春風に吹かれるまもなく、パッと吹き去る。
恋って大変だと今年で2年目になる自身の想いを再確認した。

そして、そう思う隣にいる彼が私をずっと見つめていたことにちっとも気づきはしなかった。


next.