日向君になんて謝ろう。許してもらえるかな。ダメだったらどうしよう。
後悔するくらいなら最初から何もしなければいいのにと、自虐的な言葉で頭の仲がいっぱいになる。
そんなことばっかり考えていたせいか、卒業アルバム委員の副委員長にいつの間にかなってしまっていた。そんな大役になるつもりはなかったのに。むしろ控えめでいたかったのに。
卒業アルバム委員会は、その名の通り、来たるべき卒業に向けたアルバムを作成するための委員会だ。
4月から始まり、各クラスから委員が決まり、皆で思い出を記録していく。そう言うと大げさだが、実際はデジカメを合法的に(合校則的に?)持ち歩いて、クラスメイトを撮影するという仕事をする。
放課後の委員会で、早速手渡されたデジカメは幾分か型の古いタイプだと、同じ委員の男子である遠野君が言っていた。
あ、違った、翼くんか。
「とうとうもT君から乗換えを…」
「なにが?」
「が男子を下の名前で呼ぶの初じゃん」
「2組にも遠野君がいるから紛らわしいって翼くんが」
「つばさくんかー」
「なにその顔」
「いや別に。でも遠野ってサッカー部だしさ…「そうなんだよっ。だから卒アル委員、私かなりやんなきゃいけないかも」
これまで続けてきた家庭科部も、最後の文化祭に向けて大作を作ろうと前々から話していたし、卒業アルバム委員は当然頑張らないといけないし。
「そうなるとバレー部の応援がーって?」
「!なっちゃん」
「がしょっちゅう手伝ってるのなんてバレバレだって」
「まあ、そうなんだけど…」
家庭科室で、今日使った道具を洗いながら、肩を落とす。
同じ委員の男子が運動部なら、文化部の自分がより仕事をやらなければならないにきまっている。相手も『一緒にがんばろう』って言ってくれたけど、そう甘えてもいられないだろう。
翼君のサッカー部だって日向君と同じで最初で最後の試合かも知れない。
そう思うと応援したくもなる。
なぜか日向君に初めて会った時のことを思いだした。
「は知らないかもしれないけど、遠野って2年の時からずっとレギュラーだよ」
「え…、それってすごくない?」
「すごいよ。高校もスポセンって噂を聞いた」
「ええ…!なんでそんな人が卒アル委員立候補したの…」
普通、そういう運動部の人はいかに自分が関わらなくていいかを基準で係を選ぶ。
記憶をたどると、卒業アルバム委員に私がいち早く手を挙げて立候補をした時、普段ならめんどくさがってなかなか決まらないらしいこの係に翼くんが立候補してあっさりと決まっていた。
あれかな、私が仕事しそうと踏んで、押し付けようと思っていたとか?
そう考えてみても、彼がそんな人には思えなかった。以前、学校行事でキャンプに行ったときはさりげなく重い荷物を持ってくれたし、そういえば昨日も先生に頼まれたプリントを運ぶのを手伝ってくれた。
「、洗い終わらないなら先行くよ」
「ごめん、待って。すぐやる」
大慌てで洗い終えた調理器具の水気を払って、棚へと運んだ。
そういえば友人はこの春から塾に通いだした。
部活を終えてかららしい。一緒に作ったお菓子は塾までの小腹を満たすにはちょうどいいといつもと同じ調子で会話した。
そういえば、前より休み時間も単語帳を見るようになった気がする。
先生たちも受験というキーワードをよく使うようになった。
「……」
「どした?」
「ううん。鍵、私が職員室に返しとくよ」
「いいよ、別に。塾の開始まで時間あるから」
「…うん」
家庭科室の明かりを消す。
また一日終わってしまったと、何故か切ない気持ちがこみ上げた。
*
「あ」
あ。
ちょうど友人と分かれて図書館に帰り際によるところだった。
まだ真新しいジャージ姿の新バレー部員である鈴木君が、ちょうど向かいからやってきた。
声を上げたのはこの1年生だ。
なんだろう。
「あ、あの」
何か言いたそうなので、待っていると突然1年男子が頭を下げた。
「さ、さっきすいません」
「えっ」
まさか突然頭を下げられる展開は予想していなかった。
周囲に人がいないか思わず確認する。間違ってもカツアゲシーンにでも見られたら困る(彼は小柄で、小学生にすら見えたから)
「あ、頭あげて。なに、どしたの?」
私が大慌てで駆け寄ると、彼は申し訳なさそうに眉を下げたまま言った。
「いや、チラシのこと、…言わない方がよかったんですよ、ね?」
チラシと聞いて浮かんだのは、委員会の集まりの前の日向君とのやりとりだった。
ぶんぶんと頭を横に振った。
「ぜ、ぜんぜん。別に言っちゃいけない事じゃないよ」
「でも」
「本当だよ。それに、あのチラシ見てくれてたなんて知らなかったから嬉しかったのも事実だし」
それは本心だった。
「声かけてくれてありがとう」
それも本心だった。
誰かに自分の言葉が届くこと、どうせ捨てられるのがオチだとネガティブな私がそう囁いていたけれど、やってよかったんだって心から思えた。
日向君にどう取られたかは別として、その事実は私の自身のなさをほんの少しだけ補強してくれた。
お礼を告げると、1年生はどこか照れくさそうに頬をかいた。
「先輩ってどんな人かなって思ってたんです」
あのチラシくらいで興味をもたれるものなのかな。そう思って続いた言葉に、身体が硬直した。
「バレーチームの先生が、彼女は優秀な選手だったからってすごく言ってて」
「……」
「だから、ちょっとどんな人か気になって。…先輩?」
「あ、うん、今は私、バレー部じゃないから説得力ないけど、こうやって鈴木君がバレー部入ってくれて嬉しいよ」
「はい…」
「あ、そうだ。これね、クッキー焼いたんだ。よかったらバレー部のみんなで食べて。ごめんね、量はいないけど」
「あ、ありがとうございます」
「じゃあね」
押し付けるように、水を流すように、言葉を並べてクッキーを押し付けてその場を立ち去った。
考えないようにしていたネガティブが力を持って動き出す。
余計なことをしなければよかった。中途半端なことはやめろ。
過去が降り交ざって夕焼けの校舎の中は懺悔にちょうどいいかもしれない。
そんな訳のわからないことを考えながら図書室に本を返しに行った。
塾に行かない代わりに少しだけ自習しよう。
私は、受験生になったんだ。
深く呼吸をして、本が佇む空気を大きく味わい気を引き締めた。
*
「ちょっと」
「!」
声が聞こえて、自分がうたたねしていたことに気づいた。
長机の向かい側にいた図書委員らしい女生徒と目が合う。
彼女が声をかけたのは私じゃなかった。
「うぇい!?」
「……」
「あれ…?」
「…あの、図書室では静かにしてください。周りの人に迷惑になります」
「お、おれ、うるさかった?」
「はい、…いびきが、とても」
「うわああ恥ずかし、んん!」
「……」
ジャージ姿の日向君がこれ以上うるさくしないようにと自分で自分の口を押さえた。
目が合う。
どきり、と、この鼓動は密やかに高鳴る。
図書委員の子は咳払いを一つしてから、もうすぐで閉館だと告げてカウンターへと向かった。
「……」
「……」
口を押さえたままの日向君と、その真向いに座る私は目が合った。
日向君の座る場所には、私と違って、本も自習用のノートも教科書も何にもなかった。
どうしたものかと考えあぐねていると、日向君が長机に手をついてこちらに身を乗り出してきた。
さっきの図書委員を気にしてか口元に手を添え、心底小さな声で話しかけてくる。
「さん、さん」
呼ばれるがまま、私も少し身を乗り出した。
「もう帰る?」
それは一緒に帰ろうと言われているのと一緒で、緊張と嬉しさとで声が大きくなりそうだったから黙ってこくりと目いっぱい頷いた。
next.