「あっ、の!?」
天童さんは私をどんどん遠くへ連れて行く。
「つまんないんだよねー、映像見てるだけって。鍛治君がいる訳でもないしさ」
振り解きたいのに力が違う。
手が違う。勢いだってありすぎる。
軽薄に話しかけてくるくせに、この力は確かにアスリートのものだ。
学校の誰かに引っ張られるのとは訳が違った。
校舎の中まで連行され、そのまま脇の扉を通り抜けた。
中はとても薄暗い。
視聴覚室?小さなホール?
なんでそんなところに引っ張り込まれなければならないんだ。
段差ごとに席がずらり、まるでコンサート会場だ。
一番下に教卓と黒板があるべき位置にスクリーン、そこに何かの試合が流され続けている。
中はガヤガヤとにぎやかだ。
人数も多い。
え、これ全部バレー部の人?
あっちです、なんて白布さんが話してるのが聞こえて天童さんの横に座らされた。
一番高い位置の端っこ、白布さんは天童さんがサボっていたのを呼びに行かされていたらしい。
って、そんなことはどうでもいい。
手を振りほどいて天童さんに詰め寄り、小声で主張した。
「何するんですか!」
「つまんないからさー、連れてきちゃった」
「はあっ?」
「これ、何やってるかわかる?」
天童さんは頭の後ろで手を組む。
行儀悪く足を投げ出すように背もたれに寄りかかり、スクリーンの映像、その画面を眺める部員の人たちすべてのこの光景を眺めていた。
チラと視線を私へ移す。
「3年の試合見んの。
新しい人が入れば出てく人もいるよね、毎年のことだし。
あ、俺はいま2年、春から3年ね」
「……まったく興味ないです」
「これから仲間になるんだし、覚えてってもらわないと」
ならないって言ってるのに、この人は……
周りにいる人達がチラチラこっちを見てくる。
天童さんにやたらと構われている存在に気づいたようだ。
室内の暗さと席ごとの段差のおかげで、向こうからは私の顔もよく見えなさそう。
部外者を追い出そうとする動きまではなかった。
もしかして天童さんが日頃から突拍子もないことをしすぎで、他の人たちは我関せずなのかも。
あ、あり得る……短い付き合いながら、この人の行動は一般常識から予想しえなかった。
視線はまだ感じるけど、別にいい。
聞き手のことなど構わず自己紹介し続ける天童さんに言った。
「もっと、ちゃんと映像見たらどうですか?」
「俺もいるよー、ほら、見てて」
人の気も知らないで、天童さんはあっけらかんと前を指さした。
画面の中に、この人を見つける。
目立つ。
画面から見切れる。
速い。
一瞬の判断、動き、ボールがもう相手コートで跳ねる。
打ちひしがれる相手の選手、圧倒的な存在、場面は切り替わっても連続でボールをはたき落す。
「いいでしょー? 楽しいよ、完璧にブロックすんの」
机に突っ伏しながら天童さんが得意げに呟いた。
確かに、……すごい。
見入ってしまった。
分析用の映像というより、名場面集にも近い。
選手個人の動きがよく伝わる構成にカメラワークだった。
バレーの王者、全国大会常連の強豪校。
どの選手の動きはいいし、そもそも素材が違う。
背が大きい。体格に恵まれている。
それも全員だ。
けれど、とりわけ牛島選手は目を引いた。
際立って完成された存在。
綺麗なフォーム。
空を舞う、という表現をこの迫力あるプレイに付けるのは正しくない気がするけど、でも、なぜだろう。
目に焼き付く一瞬のスパイクは、確かに美しかった。
正しいバレーボールを体現していた。
そして、この天童という人もまた違う。
なんだろう、動き出す前に答えが出ているのか、常人のスタートよりずっと判断がはやい。
理解を待たずに動いているかのような俊敏さに、その判断を行使できる力。
強者は強い。
当たり前の摂理を表したバレー。
それでも、試合を見れば見るほど、切磋琢磨する中で天性の素質たちにさらに優劣がついていく。
「ちゃん、すごい見てるねー。
やっぱり見てて楽しい?」
「!」
つい、集中していた。
「でもさ、こうやって見てるだけって、つまんなくない?
ただの練習試合だし」
「これっ、……練習試合、ですか」
「そりゃレギュラー決定とかそれなりに気合が入るやつだけど、メモリアル?だっけ? 思い出のセレクションムービーだから」
よく見ればたしかに白鳥沢学園の体育館で、設備で、選手だ。
チーム編成はバラバラで、さっきの前髪を二つ分けにしていた人がセッターの試合もあった。
斜め前に座ってる人もセッターらしい。
スクリーンの中の天童さんが、別の試合でも同じ様にドシャットを決めた。
「今のスパイク打ったのが、俺がレギュラー入りした時に落ちた人。
いい人だし体格もまーまーだけど、センスがね」
「そんな言い方……」
「事実だよ?」
だと、しても。
私の非難めいた眼差しに気づいてないのか、鈍いのか、確信犯なのか。
変わらぬ様子で天童さんは続けた。
「うちの学校、スポーツ推薦多いけど、コートに出られる人数は決まってるじゃん?
だから、こうやって振り返りタイム作ってるんだって。
正式な追い出し試合はまた別にあるけど、気持ちの切り替え?みたいな?
でもさー、ほんとにいると思う? この時間」
天童さんは、いらないよね、と言う前提でしゃべっていた。
「天童」
「いろんな意見があるってことだよ」
段差ひとつ下の席に、天童さんの同級生か先輩なのか、どっしりとした風格のある人がひと声をかけた。
けど、天童さんはサラッと動じない。
「ちゃんもそう思わない?
時間って有限なんだし、あー楽しかったーなんて思い出浸るのに未来ある後輩を巻き込まないでほしいよね」
「チームメイト、です」
深い事情は知らない、けれど。
「同じ部なんだから、それくらい……」
「たまたま一緒になっただけだよ?」
強いバレーをするために集められて、年が近いだけで同じ部になって、今年の春高が終わっておしまい。
そりゃ、一緒にコートにいた人には多少は気持ちはあるけど、大半は出れてない。もう次のバレーが始まる。
「人として嫌いなわけじゃないんだけど、だからってこの時間が有意義かって言われると違うと思うんだよねー」
ああ、また。
この人は、嫌な感覚を突きつけてくる。
言いたいことは、その、わかるんだけど……意図も透けてみえてきた。
天童さんは、本当に私に同意してもらいたい訳じゃない。
ここに連れてきたのも、今こうやってしゃべってるのも、ほんとうに、ただの、自分の『暇つぶし』のためだ。
相手をどうでもいいと思ってるから、こんな風に振舞えるし、言い捨てることもできる。
誰が反論しようが、どんな意見を口にしても、この人はこれっぽっちも気にしない。
そういう人がこの世の中にいることくらいわかってるつもりだった。
でも、なんでだろ、やるせない。
話を聞き続けている自分が、情けなくなってくる。
「ちゃん、泣く?」
俯く私の顔を覗き込むように天童さんが話しかけてきた。
「泣きません」
「ほら、タオルだよー」
「いらないです」
そう言ってるのにタオルを顔に押し付けられる。
「前もそうだったよね、ちゃんは。
同情するなんて優しいねー」
瞬間、手が動いた。
ぶはっと、天童さんが声を漏らす。
投げつけたタオルは、天童さんの顔面からずり落ちた。
「……人のこと、バカにしすぎです」
いつまでも行儀よく、なんて、さすがにできない。
立ち上がろうとしたのに、私の手首を天童さんはつかんでいとも簡単にまた座らせた。
「あげる」
タオル、まっしろ、ただの。
今しがた、天童さんに直撃させたもの。
「いっいらないって」
「春に返しにきてよ、待ってるからさ」
また勝手なこと。
受験の結果も出てないのに。
天童さんは私の胸中を知っているかのように淡々とこたえた。
「ちゃんは合格するし、マネージャーやると思うよー」
何を、根拠に。
天童さんが急拡大された。
違う、また力に任せて引き寄せられたから。抵抗してるのに抵抗になってない。
声が弾んで聞こえた。
「 勘 」
間近で見た天童さんの瞳は、スクリーンのせいか、ギラついてみえた。
満足したのか、手を離された。
タオルは、断っても押しつけられそうだ。
「……帰ります」
「まったねー」
「もう会いません! ……すみません」
つい声を張り上げてしまい、注目の的だ。
頭を下げて席を立つ。
前の方の席の人達が盛り上がっているから、本当に近くにいる人たちにしか今のやり取りが気付かれていないのが救いだ。
足早に席を立つ。天童さんは追って来ないけど、視線だけは感じた。絶対振り返らなかった。
連れてこられた道を一直線に進み、ドアを勢いのまま開ける。
誰かとぶつかった。
「ご、ごめんなさい」
「いやっ。 あ!」
「え?」
「バス、の」
バス? って朝の?
この人、受験生?
数歩進んだところで振り返ると、おかっぱの人がまだ扉を半開きのままこっちを見ていた。
知り合い?
この人に関しては天童さんのときと違って本当に記憶になかった。
もしかして、同じバスに乗り合わせたことがある、とか?
ともかく一刻もここから離れたくて早歩きで外に出る。
清々しい空気を吸っても、まだ肩から力が抜けない。なんだか、ぞわぞわする。
天童さんが、ちらつく。
タオル、どうしよう……
「」
聞き覚えのある声、黒髪。
「まだ、いたのかよ。
おっおい!」
「ちょっと、待って」
情報量過多。
気がゆるんだ。
あたま、ショートしてる。
なにしてるんだって思うんだけど、飛雄君の肩にもたれてしばらく動けなかった。
next.