ハニーチ

スロウ・エール 228




少し違う話題に逸れてから、日向くんに改めて聞かれた。


さんはどんなのがいい? ストラップ」


質問の答えなんて書いてないのに、天井を意味なく視線でなぞった。


「変なのじゃなくて、重たくないやつ?」

「それっ、みんなそうだと思うっ」

「……そうだね」


日向くんの言う通りだ。
変なデザインで重たいストラップなんて、誰も欲しがらない。

当たり前すぎることなのに、自分が望むことではなく、望んでいないことから物事を考えていたことに気づかされた。

自分の欲しいもの。身につけたいもの。

スタート地点は、“ここ”で決めないと。

冴子さんに教えてもらった左胸の感覚を意識しなおす。

といっても、やっぱり、なんにも出てこない。

腕を組んで本格的に悩みだすと、日向くんが明るく言った。


「おれはカッコいいやつっ、こうギラッてして、ジャーンってやつ!

 そういうやつ重たいかな!? あんま重いとポケットから落っこちるから、それは避けたいところ」


日向くんは、自分の携帯電話を手に取り、流れるような所作で画面をひらいた。

何にもついていない素のままの端末は、もの足らない印象はなく、むしろ堂々としてさえ見えた。


「ずっと」

「ん?」

「日向くん、ずっとストラップつけてなかったから……、付けたら邪魔だったりしない?」


日向くんはいっしゅん動きを止めてから続けた。


「つけてた時もあったけどなくして、そっからずっとつけてない。

 なくても困んないけどさ」


日向くんがパタン、と端末を二つ折りの状態にして、ふたたび私のと並べた。


さんと選んで付けてみたいっ」


日向くんは、いつだって、こんな風に自分のしたいことを口にする。

おんなじように、すぐ、自分の望むものを言えるようになりたい。

どんなのが欲しいか、今も答えは出なかったけど、断言できることもあった。

私も、日向くんと選んでみたい
自分が欲しいものを、自分で、ちゃんと決めてみたい。

こんなのがいいって、すぐ出てこなくても、そうだな。


「私も、じゃーんってしたストラップがいいな」

さんもっ!? じゃーんって、ジャジャーンってやつ、いいよねっ」


じゃーんが進化した、と内心びっくりしながら、そんな感じのストラップがあるなら、どんなのか一度見てみたくなった。


さん、行こうっ、ストラップの旅に!」

「そうだねっ、ストラップの旅っ」


後片付けをすべく立ち上がる日向くんに続いた。

なにを大げさな、と可愛げなく冷静な自分がどこからともなく現れる。
ほんとうに、かわいくない。

でも、だからこそ、やってみる価値があるように思えた。

そんなささいなこと、例えばストラップさえ決められない人間が、どうして、これから先、もっと大きなことを決断できるんだろう。

例えば、どこの学校に行きたいか、だとか。


先に片付け終えた日向くんが、出入り口で待っていた。
私を見つめて。待ちきれない様子で。

自動ドアに近づくと、日向くんは一層顔をほころばせた。


さん、行こうっ」

「ん、行こう」


私も、日向くんみたく、自分の心にまっすぐで在りたい。

これがまず一歩。

大げさだとどこからか聞こえた気がしたけど、それでも、この一歩が未来へ繋がっていくと思えた。













「いいの? 日向くん」


ファーストフード店の入っていたビルは、他にもお店があるので、まずは色々見て回ることにした、のはいいんだけど。


「ここ、日向くんの好きそうなカッコいい系、なさそうだけど」

「カッコいいのはないかもしんないけどっ、さん好きそうなのありそう!」


日向くんが率先して選んだお店は、どこかファンタジーな雰囲気のある雑貨屋さんだ。

おとぎ話の森をイメージしていて、各所にいろんな文房具だったり、クッションだったり、アクセサリーだったり、商品が上から下まで並んでいる。
ディスプレイとして大きなぬいぐるみも飾られ、眺めているだけでも楽しい雰囲気だ。

自分としては入るのは構わないんだけど。



さん、どうしたの?」

「いや、えっと……」


そこそこ広めのフロアーを日向くんがどんどん進んでいくのにくっついて歩きつつ、周りを見回した。


「日向くん、居づらくないかなって、こういうお店」


クリスマスの時期、山口くんにどんな服装がいいか相談に乗ってもらった時のことがよぎる。

あの時も自分の思い付きで付き合ってもらったが、やっぱり男子ということで、女の子の服装がたくさんのファッションフロアーは、山口くんにとって居心地が悪そうだったと記憶している。


「そ、そう言われると、居づらくなってきた、かも」

「ごっごめん!」


言葉にするとかえって意識させてしまう。


「すっすぐに出よ、「待って!」


即座に出口に向かうべく方向転換した私の腕を、日向くんは引き留めた。


「ほら、あそこ」

「なに?」

「二人、いるじゃん、高校生っぽい人たち」


あ……、たしかに、いる。

日向くんの言う通り、一番目立つ位置の商品棚、キャラクターグッズのまえで、どこかで見かけたことのある制服を着た男女が会話していた。とても、楽しそうに。
察するに、二人は付き合ってるんだと思う。
こう、くっつき方が、友達じゃなかった。


「あんな風にさ、……おれだけだったら、いづらいけど、さんいてくれるなら、こういうお店も、ぜんぜん、だいじょーぶかなって思ったんだけど、……どうっ!?」


日向くんが言葉を途切れ途切れにしつつ、もう一方の手でほっぺたをかいて、ちらっと視線を私に向けた。

ドキッとしたのは、意識してしまったからで。

自分たちもあの二人みたくくっついてたっておかしくない訳で。


「そっそだね! 一緒なら、変じゃないっ」

「だっだよね!? だからその、ちゃんと、このお店も見てこうよっ」

「そ、しよ」

「まずは、どれがいいっ? って、ストラップだったよな、どこだろっ」


日向くんがお店の中をあっちこっち見つつ、私の腕から手を離した。


さん、あっ、ち」


つい、掴んでしまった。

ぎゅっと。つい。

日向くんの手を。


日向くんが、私のと重なる自分の手を見つめているのが分かって、早口に告げた。


「こっこうしてた方がそのっ、自然かなって思ったんだけど」


言い出しといて、やっぱりはずかしくなってきて手のひらから力を抜くと、今度は日向くんの方がぎゅっと握り直した。


「おれも、そう思うっ! 手、つないでた方が、つか、そっちの方が、ストラップ、選びやすい、と思う!」


ぎゅうっと握られた手を、日向くんはなんでだか、ぶんぶんと上下させた。

決して離れることはなかった。


「手、このまんまで、いい?」


日向くんが遠慮がちに聞くと、私たちに注目する人なんかいないのに、小さくちいさく頷いて応えた。


「決まりっ、おっし、探そ!!ストラップ!」

「あ、でも、声は小さく」

「そうだった!」


日向くんはどこかうれしそうにこっちを見てきて、たぶん、同じだけ私の顔もゆるんでいた。

向こうにいた高校生らしきカップルは、楽しそうにまた別のお店に向かっているのが見えた。


さん、あっち! キーホルダー見えたっ」

「待って、日向くん、ゆっくり!」


手がつながっていると、日向くんの勢いにどうしたって引っ張られる。

私がちゃんとしなくちゃ。


「これ、どう!?」


先を進んでいた日向くんが、途中の棚に飾られていたぬいぐるみを一つ私に見せた。

バレーボールより一回り大き目の、真っ黒なまるっこいフォルム。


「か、可愛い。 鳥、かな?カラス?」


髪の毛の部分がふさふさしている。
日向くんみたいなオレンジ色だ。

ぬいぐるみ一つ分だけぽっかり空いた棚は、同じように真っ黒な鳥のシリーズが何個も並んでいた。


「これ、流行ってるよね。最近よく見る」

「そうなの?」

「日向くん、見たことない?」

「ないっ、けど、さん好きそうだと思って」

「好きっ、あっ」


興奮して声が大きくなっていたことに気づくと、日向くんが笑った。


「おれもすきっ」


日向くんがそのぬいぐるみを元の場所に戻して、ぽん、ぽんと、優しくふれてから、他の棚を眺めた。


「これのストラップ、あるかな」

「これの?」

「そっ、さんすきそうじゃんっ」


あっちかなって、日向くんがなんでもない様子で、また私の手を引いて歩き出す。

すきって、自分が言われた訳じゃないのにドキドキした。

たぶんだけど、日向くんが選んでくれたら、なんだって好きになる。

言えないけど、切に思って背中を見つめていると、さんって呼びかけられてすごくビックリした。



next.