楽しげなメロディー、雑貨屋さんのBGM。
日向くんは見つめられていたことに気づく様子になく、奥にあるカラスグッズの特設コーナーを指さした。
「さん、あっちも見てみよっ。
どうかしたっ?」
ぶんぶんと首を横に振る。
胸の内を隠すのに必死だった。見つめていたことも。
「は、早く行こう」
「?」
日向くんは小首を傾げていたけど、背中を押すと気を取り直して歩き出した。
進む方には、さっき見せてくれたカラスのぬいぐるみを模したバルーンが飾られている。
日向くんみたくオレンジ色の……前髪、なのかな、その部分もきちんと再現された風船だ。
室内の空調が当たるのか、ふわふわと漂っていた。
視線を戻すと、また日向くんの後ろ姿が視界に飛び込む。
すぐ他の商品棚を眺めた。
かわいい。すてき。おもしろそう。
感想は浮かんでも、手が繋がった先、日向くんが気にかかる。
自分がおかしくなったみたい。
空いてる方の手で、自分のほっぺたを軽くつねった。
浮かれた気分が消えるように。
烏野の試験が終わったからって気がゆるみすぎだ。
「さんみてっ、すげ!
いっぱいあるっ、ほらっ」
日向くんが私とたくさんのグッズとを交互に見やった。
心のなかで白旗を振った。
こんなの、ゆるむに決まってる。
日向くんはウキウキと声を弾ませた。
「さっきより種類あるっ」
「す、すごいね」
「こん中に、さんが気にいるヤツあるかなっ」
日向くんがいっそう瞳を輝かせて商品棚を眺めた。
やってきたコーナーは、同じカラスシリーズの季節限定グッズが所狭しと並べられていた。
桜の花びらやピンクのアクセントカラーがあしらわれ、まさに卒業シーズンの3月にふさわしい。
日向くんはいろいろ目移りしたあと、手のひらサイズのぬいぐるみをひとつ手にした。
「これ、メガネかけてるっ、さん、どう!?」
「へー、かわい、いね」
変なところで言葉が途切れたのは、ふと、よぎってしまったからだ。
このぬいぐるみに何の罪もないのに、なんでだろ、小さなメガネの形が類似しているせいで某彼を思い出させる。
一旦そうと見えたら、人間、先入観を持ってしまうようだ。
メガネのぬいぐるみの隣にあるものは、山口くんに見えてきた。
山口くんのカラスバージョン、なんて。
明らかに、勉強のしすぎだ。
「気に入らなかった? メガネ」
「か、かわいいけど、他のが」
「そっか」
こちらの気持ちの変化に気づかず、日向くんがメガネのカラスを元に戻し、これまた別のを手に取り、しげしげと眺めてポツリともらした。
「これ、さんぽい」
「わ、私? そうかな」
日向くんの手のなかにあるのは、これまた同じシリーズのぬいぐるみだ。
最初にみたオレンジ色の前髪のカラスとも、メガネをかけたカラスとも、その隣にいたのとも、見た目が異なった。
ど、どこらへんが私なんだろう。
「このへんっ」
「そう……?」
「待って」
「!」
日向くんが私の顔の真横に手を突き出したかと思うと、そのぬいぐるみを並べ、じーっと私とそれとを見比べ始めた。
しばしの鑑定?の後。
うん、と一つ頷いて、表情を崩す。
「やっぱ似てるっ、かわいいっ」
「……うんっ」
ほめられるの、うれしいけど、反応にとても困る。
かわいく返事はおろか俯いてしまった私のせいで、日向くんがドギマギと顔を逸らした。
「あ、えと! これは、ここに戻してっと、ストラップ、……ないね。 おれたち、ストラップ探しに来たのに」
「な、ないね。 人形のだと、携帯持ちづらくなりそうだし……えぇと、どうしよっか。他、ないかな」
どちらともなしに繋いでいた手を離した。
日向くんは右を、私はその反対の商品棚を眺める。
ストラップはないけど、キーホルダーなら見つかった。
あ、このカラスは……なんとなく、飛雄くん、ぽいような。
知り合いにみえてくる親しみやすさが、このシリーズのうりなのかもしれない。
「さんっ、さん!」
声のする方を見れば、けっこう離れた位置の棚のまえに日向くんは移動していて、大きく手招きをした。
呼ばれるがままにそばにいく。
そこは携帯ストラップやキーホルダーをまとめたコーナーで、上から下まで色んなものが陳列されていた。
「「すごい数……」」
呟きがまた重なって、顔を見合わせると、二人そろっていつもの感じに戻った。
「この中に、さんがほしいのないかなーっ」
「日向くんは?」
しゃがんで下の方を物色し出した日向くんは、声をかけると、別のキャラクターのストラップを元に戻して顔を上げた。
膝を曲げて日向くんの高さを合わせた。
「日向くんが欲しいの、ない?」
「……お、おれはっ、別に」
「そっかぁ」
きちんと足を伸ばして上の方にかけられた商品を眺めてみたものの、どうにもピンとこない。
これならいっそ、さっきのカラスのグッズの方がよかった。
でも、携帯と同じサイズのぬいぐるみをぶら下げるのもな。
日向くんも勢いよく立ち上がった。
「さんが欲しいのなかった?」
「んー、いや……」
かわいいといえばかわいいし、欲しいと思えば欲しい。
でも、今日はそれだけじゃなくて。
「せっかく一緒に選ぶんだし、日向くんも欲しいって思うのがいいなって」
「そ、そっか。 あ! カラスのやつは?」
少しばかり向こうに見える、桜で彩られたコーナー。
今度は私たちと同じくらいの年頃だろうか、コート姿の女子の集団がシャーペンやボールペンを手にして会話していた。
「……保留、かな」
それより、このお店は可愛い系に特化している。
「他のお店、みてみよっか」
「そうしよ!!」
保留と口にした時はどこかしょげてみえたのに、私の提案を聞くや、日向くんはぱあっと顔を綻ばせた。
その変化の大きさについ気を取られると、日向くんの腕がぶつかった。
「ごめんね」
「じ、じゃなくて!!」
じゃないって?
あ。
この瞬間、理解した。
「今日はさ、手つないで回るって、さっき」
日向くんはそわそわと顔を背けたけど、片手はちゃんと私へと差し出されていた。
不意に視線がぶつかる。
「やっ、やだっ!? さん」
「や、やじゃないっ」
すぐさま、しっかり手を重ねる。
「嫌なわけっ、……あ」
日向くんがふっと息を吹き出して笑った。
「さん、あわてすぎっ」
「だ、だって……」
日向くんと私は一度手を外した。
握手していたから。
今度は正しくつないだ。
気まずくなった私をよそに、日向くんは口元を緩ませた。
「さんって、……やっぱいいなー!」
「な、なにがっ……よくないよ」
「さん、学校じゃ、そういうところ全然ないから」
そういう、ところって……
楽しげな日向くんをじっと見据える。
「間違えたり?」
「そうっ、だから「どうせ、間違えましたっ」
なんで、手ぐらい、すんなり繋げないのか。
自分のかっこわるさを素直に受け入れらず、そっぽを向いた。
「さんっ」
日向くんがぎゅっと強く手を握って隣に並んだ。
腕と腕がくっつく日向くんの勢いに、少しよろけた。
「さんの、そーいうのも嬉しい! おれは、その、うれしい、おれしか知らないってことだから」
今のも、すっ げぇ、かわいかった。
声が最後小さくなったかと思うと、日向くんは嬉しそうに目を細めて自分の髪をわしゃっと払った。
「次、行こう、ストラップ見つけてないっ」
「わっ!」
「はやくっ、さんっ」
2人で買うんだし、ストラップっ。
日向くんの勢いにまた引きずられながら、付け加えられた言葉で、嬉しいくすぐったさに満たされた。
そう、ひとりじゃなくて、ふたり。
日向くんとなら。
「アタシも彼氏と来たかったー」
どこか高い声が耳に届く。
き、聞こえるよ。まず彼氏作んないと。
そんな静止する声も、ツッコミも、ばっちり。
足並み揃えてファンシーな雑貨フロアーを出たところだった。
振り返ると、さっき見かけた女の子たちとばっちり目が合ってしまい、自分たちのことかはわからないけど、気まずくてすぐ前に向き直った。
「ど……、どのお店見よっか、日向くん」
気を取り直して隣に声をかけると、日向くんは何か考え込んでいた。
声をかけるのもはばかられる。
「女の子ってさ」
待っていると、日向くんが呟いて私を見た。
「やっぱ、こういうお店、彼氏と来たい?」
予期せぬ質問だった。
日向くんからそんなこと聞かれるなんて思わないし、何より“女の子”って聞き方に引っかかる。
「皆んながみんな、そうかはわかんないけど……そう、かもしれない。
……私はどこでもいいけど。日向くんとなら」
言葉にしてから、余計な一言だったと気づく。
なんで言う前に気づけないんだろう。取り消したくてもできない。
こうなったら話題を変えるしか。
「!」
日向くんが突然歩き出した。
ただ、ただ、迷いなく進む。 と、急停止してくるり、向き合った。
「さん、ごめん」
なにが、と問う間も無く抱きしめられていた。
かろうじてメインのフロアーから外れた場所だけど、私の背後は道ゆく人に見えてしまうだろう。
いつもより緊張したのが伝わったのか、日向くんの腕の力が緩まり、身体が離れ、目が合った。
「いやだ?」
「嫌なわけ、……」
さっきみたく焦って失敗しないよう、しばし沈黙して言葉を選んだ。
「ここは、誰かに見られたり、するかも」
「こうしたら、……見えない?」
半ば強引に向きが変わり、私の背中がこのフロアーの壁にくっついた。
前には日向くん、日向くんしか見えない。
そういう、ことじゃ、ないんじゃ……
正論は出ていかず、なぜか頷いてしまった。
今度は優しく抱きよせられた。
日向くんのコートは同じ学校指定のものなのに、どこか違った。
肌ざわりも、匂いも、冬みたくぜんぶ、一瞬で感覚を攫った。
next.