ハニーチ

スロウ・エール 232




「どっから見る!?」


到着してすぐ、日向くんはあの雑貨屋さんが入っていたビルを仰ぎみてから尋ねた。

まずは、フロアーガイドをチェックする。
上から順に目を通したけど、わかりやすくストラップ売り場の文字はない。
知らないお店の名前ばかりだ。どんなお店か想像つかない。

時間はまだあることだし。


「1番上まで上がって、ひとつずつ見てみよっか」

「いいよ!! じゃっ、まず上に行こう」


ビルの中の移動方法はもう覚えた。

1番上の階までスムーズに上がり、人の気配のする方へ進んだ。








「あの、大丈夫? 日向くん」

「だっだいじょぶ!! おれは、平気っ!」


どんと来い、というそぶりで胸を叩くのはいいが、この場所にいる人たちの注目を集めた。
スイマセン!の声量も、頭を下げる速さも、明らかにこの場所とミスマッチだ。

係の人が笑いを噛み締めて近づいてきた。

日向くんがビシッと背筋を伸ばす。


「す、スイマセン!おれ!!」

「いえ、しゃべっていい場所なので気にせずに」

「は、ハイ!」

「お連れの方も、どうぞ、リラックスしてご覧になってください」

「は、はぃ」

「ごゆっくり」


礼儀正しい会釈をしてから、その女性はまた入り口のそばに戻り、お手本のように姿勢を正した。

お連れの方、なんて呼ばれ慣れない声かけにいっそう居心地が悪くなったが、気にしちゃダメだ。

ふぅ、と漏れた呼吸が日向くんと重なった。


「……こういうの、緊張するね」

「する!!!」


勢いのある返答に笑った。

でも、せっかく中に入ったんだし。


「見てみよっか、リラックスして」

「おしっ、リラックス!!」

「日向くん、リラックスってそうじゃない気が」

「そ、そっか」


指摘を受けて日向くんは深呼吸をはじめた。すごく力強い呼吸だ。
かえって気合が入りそう。

そんな日向くんを見ているうちに、気持ちが落ちついてきた。

改めてフロアーを見渡した。

1番上の階はイベントスペースだった。

クリスタルの世界、と表された展示会は、『観覧自由・誰でもどうぞ』と銘打たれ、ピアノのおだやかなBGMが流れ、人もまばらだった。
展示品そのものの美しさ、豪華さ、おごそかな雰囲気が、この場にいる中学生には不釣り合いなことこの上ない。

興味本位で近づいてみたら、見学する流れになった。
あの入り口に立つお姉さん、見かけはあんなにやさしそうなのに、この展示会の素晴らしさをとても流暢に最後まで説明したあと、

どうぞ、ご覧ください

笑顔を添えた一言は、やっぱりいいですとは断りづらい圧があった。

展示品は販売されているものの、見るだけでも大歓迎って話だし、クリスタルの作品自体はとても綺麗で見る価値はある。

私はいいけど……


「日向くん、つまんなくない?」


こういうものに興味のあるイメージはない。

前に学校行事で行った美術鑑賞の時も、説明を聞きながらうとうと揺れていた記憶さえある。

いかにもクリスタルの原石といった見た目の結晶の前で尋ねた。

日向くんは、予想に反して首を横に振った。

興味、なくはない、らしい。


「ゲームのアイテムみたいだし、これとかっ」


日向くんが指さした展示品は、言われてみれば、レベルアップでもしそうな魔法石に見えてくる。

日向くんとまた次の展示品を眺めてみる。

こっちの青っぽいのは水の魔法。
そっちの水色は風っぽい。

緑の水晶は、みどりがばばばーって出てくるやつ。

日向くんの説明を聞きながら、その中の一つを手で示した。


「この赤いのは炎?」

「そう!! あっ、でも、あのゲームだと赤は別の魔法だったっ、なんだっけ」


ゲームの名前をたしかめると、聞いたことはあった。
クラスの男子がけっこう盛り上がってて、友達でハマってる子がいたはず。
勧められたけど、結局やれてない。

話についていけてないことを察した日向くんが、今度貸してくれると言ってくれた。


さん、ゲームする?」

「少し? 受験終わるまでは禁止で」

さん、まじめだ!!」

「日向くん、不真面目?」

「え!いや!! た、たまにっ、ほんとにちょっとだけ気分転換にっ! あのゲーム難しくて」


展示会とはまったく関係ない話が弾みそうになって、気を取り直し、展示物見学を続けることにした。

フロアー全体を使っているらしい。
次の部屋もそれなりに広く、いろんなクリスタルの動物が飾られていた。

1番目立つ位置にあるのは、白鳥だった。

透明な、まっしろく羽ばたこうとする鳥。


となりで日向くんがすごいと声をこぼす。

わかる。心の中で頷く。


本物の鳥と同じくらいの大きさ。
空を飛ぶように設置されたクリスタルの白鳥は、ライトを集めて綺麗だ。


「あっ、他のもいる! フクロウ?」


日向くんが周囲の展示物に目移りした。


「そう、みたい」


展示物の説明書きを確かめて頷いた。

フクロウと一口にいっても、いろんな種類があるらしい。
この作者の人はフクロウ好きなんだろうか、やけに梟の種類が多い。


「あ、黒い! カラスだ!!」

「からす?」

「ほら、さん! あそこっ」


日向くんが私を引っ張って、たしかに真っ黒の鳥の像まで連れてきてくれた。

黒々とした石もあるんだなと、そのカラスの置物にも感心したけど……


「よく、気づけたね」

「へ?なにが?」


自分たちが立っていた場所と、いま真ん前にあるカラスの置物の位置を確かめた。

他の展示品だってあったのに。

本当に、目がいい。


「日向くん、ほんとにすごいね」

「なにが!? すごい!?」


日向くんがうれしそうに、照れた様子で頭をかいた。

カラスだから烏野の話になって、今日の試験問題を少しだけ振り返り、次の部屋に移動した。



「うわぁ……!」


豪華さに、“すごい”以外の褒め言葉が出てこない。

動物の次は、まさにクリスタルの1番の舞台と言える、アクセサリーの世界だった。

いろんな種類の石があしらわれたティアラやネックレス、指輪が飾られていた。

他の部屋より照明の落とされ、中は薄暗い。

その分、展示品は、とびきりのライティングを浴び、光り輝いていた。

一番目立つ位置にはネックレスがある。
説明書きには、映画で使われたネックレスのレプリカだと書いてあった。
本物はダイヤモンドを使っているそうだが、この水晶だって光を閉じ込めたみたいだ。

きちんとガラスケースに収められている。
裏面の輝きも見られるように、鏡まで配置されていた。


「こういうの、すき?」


日向くんに聞かれて、つい魅入ってしまっていた事実に気づいた。


「ごごめん、他のも」

「いいよ、さん、これが1番好きなのかなって」


手が繋がっているから、日向くんが動かないと私も進めない。

慌てて離れようとした位置にまた収まって小首を傾げた。


「一番かわかんないけど、すごく、きれいだなって」

「そっか……」


真っ暗がりで、クリスタルが集めた光が反射し、日向くんにも白い光があたっていた。


「なんか、その、お日さまを、集めたみたいで綺麗だなって」

「ん……、おれも、そう思う」


変な返しだったなと反省しつつ、様子を伺ったけど、日向くんはネックレスをじっくりと眺めていた。

その横顔を目に焼き付けた後、もう一度展示品を眺めた。




最後は、展示パネルと解説、お土産コーナーだ。
ちらほらと人はいるものの、商売っけゼロで、レジの人ものんびりとファイルをめくっている。

ストラップを探そうと日向くんに言われたけど断った。
言わなかったけど、その、値段が張りそうな商品ばかりだから。

でも、見てこう!!!と日向くんに引っ張られる。


「ひっ日向くん!」

「せっかく見たし、これとかどう!?」

「お、重そうだから、携帯にぶつかって傷つきそうだし」

「んじゃこれは?」

「いや、ここのは」

「ネックレスのと似てる感じなのにっ、ん? ん!!」


日向くんが、固まった。

値段が目に入ったらしい。

ぎく、しゃくと、商品を元に戻していた。


「ほ、他のやつ見る?」

「もう下の階行こっ」

「んーーー、でも、さん、待って」


なんでそんなにこだわるんだろう。
日向くんは、こういうストラップがジャーンってして見えるんだろうか。


「!」


日向くんが私を引き連れて突然立ち止まった。

それは、クリスタルではなく、ビーズのアクセサリーだった。
特殊なものらしく、よく見かけるビーズよりも輝いていた。


さん、こういうのは!? すき?」

「う、ん……きれいだね」


今回の展示品とどう関わりがあるかわからないけれど、商品単体としてみれば手がこんでいて綺麗だった。

ショーケースを眺めていると、『取り出しましょうか』と、向こうでのんびりしていたはずの店員さんがそばに来ていた。


「だ、大丈夫です!」

「試すだけでもいいですよ、サイズだけでも」

「え、いやっ」


その人は、つけてみるだけでもいいものだからと、のほほんとした雰囲気のまま、ビーズ出てきた指輪と、せっかくだからとクリスタルをあしらったものまで取り出した。

か、買わないのに。

焦ったものの、店員さんは気にせず、日向くんに助け舟を求めてみても、お店の人もいいって言ってるしと暗に勧められてしまった。

仕方ない。

手を離して、指輪をひとつずつはめてみる。

ストラップを探してたんじゃ、と思いつつ、はめてみた指輪はやっぱりどれもきれいだった。

いくつか試した後、店員さんはおだやかな雰囲気変わらず、また商品をショーケースに戻して言った。


「世界で唯一、光をまとうことができるアクセサリーなんです」

「え?」

「ビーズも、クリスタルも、宝石も」


だから、人はこういったものに古来から惹かれ、今もこうして展示会まで開かれるんです。

その人は、レジに並ぶお客さんに気付くと、気持ち早歩きで向こうに行ってしまった。


光を、まとう。

その説明を聞いて、またガラスケース越しに商品を眺めると、輝きが際立って見えた。

ハッとする。


「も、もう行こっ」

「いいの? まだ他の」

「い、いい! いいから!」


日向くんの手を引っ張って、この展示フロアーを後にした。



next.