華やかなクリスタルの世界から一変。
次の階は、男の人向けのファッションが多く入っていて、そのまた次もストラップは売ってなさそうだった。
いざ探そうとすると見つからないのってなぜだろう。
諦めようかと口にしかけた時、奥からにぎやかな音が耳に届いた。
日向くんも気づいたらしい。
「さん、行ってみる?」
「んー……、ん、なんだろ」
「ゲームセンター、ぽいっ?」
「ぽいね」
日向くんの言う通り、そんな感じの機械がずらっと並んでいる。
いや、違う。
「日向くん、これ」
「すげっ、打つゲーム!? ピストルでさっ」
「いや「見てみよっ」
男子禁制、と書かれた張り紙がちらりと視界に入ったけど、まあ、いっか。
日向くんには私がついている。
「さん、やってみる!?」
「日向くん、これゲームじゃなくて」
すっかりシューティングゲームと思い込んでる日向くんは率先して、ゲーム機らしき中へカーテンを引いて入った。
『モードを選んでね♪』
どこかで聞いたことのある、おしゃべりな声色に、日向くんもやっと気づいたらしい。
「さん、これ!!ゲームじゃない!」
電子画面には、私たちの姿も映っている。
そのすぐ上にはカメラもある。
そう、これは。
「前に撮ったやつ!!」
「うん、プリクラだね」
その最新機種だ。
ここはゲームセンターではなくて、全部プリクラ機が置かれていた。
前に友達と似たような場所に来たことがある。
男子禁制も、グループ内に女子がいれば許されると添え書きもあった。
日向くんは物珍しそうにカメラを覗き込むと、すぐ下のモニターにばっちり日向くんのドアップが映り込んでいた。
「さんやる!?」
「ゲームじゃないよ?」
「じゃないけど、なんかおもしろそうだし!
さんと来た記念!!」
日向くんと、記念。
そんなふうに言われたら、心はかんたんに動いてしまう。
「と、撮ろっか」
「決まり!! あ! おれ、100円玉ない!」
「私あるよっ」
「両替え行ってくる! 待っててさん!!」
「あっ」
いいのに。
言葉を挟む隙もなく、日向くんはプリクラ機の外へ飛び出していった。
とはいえ、追いかけるほどでもない。
人もいないし、どの機械も空いている。中で待っていても問題ない。
実際、日向くんもすぐ戻ってきた。
100円玉をぜんぶ握りしめて。
「ここにお金」
「わかった!」
小銭を入れるたび、機械から効果音がする。
所定の金額を入れ終えるとファンファーレが鳴り響き、またプリクラ機がこちらの気分などおかまいなしに明るく話しかけてきた。
荷物をカメラに映らない位置に置くように、とのことだ。
「コート脱ご!!」
日向くんにならって同じくコートに手をかけた。
その横で、さらにボタンを外していく日向くん。
「上着までっ? 寒くない?」
「ここ暑くてっ、おれ、汗かいてきた!」
「さすが日向くん……」
身体の作りが根本的に違う。
学ランまで脱ぎ捨てる様子に驚きつつ、プリクラ機の指示通りに荷物をまとめた。
「さん、カーテンある!こっちも!!」
「それ、撮影用で」
「おーっ、空!! さん、空のカーテン! け、蛍光色……派手だ」
「日向くん、まずモード選ばないと」
「さん、なんか耳あった!いっぱい!!」
「聞いて!!」
日向くんが興奮ぎみにいっぱいしゃべるし、プリクラ機も撮影モードを選ぶようにくりかえす。
備え付けの動物の耳のカチューシャをあれこれ取り出す日向くんを引っ張って、画面前まで連れてきてしゃがんだ。
「モードを! 一緒に選ぼう!!」
「もーど? って、なに?」
「どういう風に撮影したいか選ぶの」
「どういう風って?」
モニターには、1番ビシッとモードと、2番わいわいモードのボタンが大きく出ていた。
そのすぐ下に、3番フリーモードもある。
それぞれの説明を読もうとしたとき、日向くんの人差し指が2番を押していた。
「わいわいモード……」
「さんとわいわいする!!」
いや、これ、大人数向けって書いてあった気が。
突っ込む間も無く、プリクラ機は次の設定を選ぶように促した。
写真のカメラの設定を選ぶ画面だ。
日向くんが目をパチクリさせた。
「カメラの設定ー……て、なんだろ」
「ここにプレビューあるよ」
「ぷれびゅー?」
「選んだやつでどう撮影されるかわかるみたい」
「ふーん……、うおぉ……!!」
物は試しと一つのカメラ設定を選ぶと、私たちの目が現実よりも大きくなって映し出された。
キラキラアイモード、らしい。
「やめ、やめよ!! おれの目じゃない!気持ち悪い!!」
「マンガみたいだけど」
「さんの目もコワイ!!」
こわいって……。
他意がないのはわかってても、若干傷つく。
日向くんは『通常カメラ』設定を見つけて押して言った。
「さんは! 今のまんまがイッッチバン可愛い!!」
モニターから私に視線を移して、日向くんが勢いよく頷いた。
ぜったい、かわいい!!
……だって。
日向くんの一言で凹んだ心は、日向くんの一言であっさり直ってしまった。
「おし、決定!!」
確認画面をみて、日向くんが決定ボタンをさっそく押した。
『今から撮影するよ♪』
明るいプリクラ機がしゃべりかけ、またモニターが切り替わり、ポーズを指示する画面に映る。
「さん、これ付ける!?」
「えっ」
「おれ、これつける! 帽子かっけー!」
組み合わせに規則性なく、日向くんは何かのキャラクターみたいな帽子を被り、私には大きめのリボンのついたカチューシャを手渡した。
画面に映る私たちはどこか滑稽だったけど、楽しそうな2人ではあった。
「さん、ポーズを決めてね、だって!! なんにする!?」
「あ、一応、あそこにポーズの指定が出てるよ」
「ホントだ!! でも、おれたち2人だよ!!」
「うん……2人だね」
わいわいモードはみんなでポーズする前提だから、2人でやりやすいものでは無さそうだ。
一つ目の指示は、みんなで輪になろう、だった。
この指示に従わなくてもべつに……
日向くんが私の右手と左手を掴んだ。
「これなら輪!!」
「えっ」
「さん、カメラみて!」
「あ!」
残り1秒、ギリギリで撮影に成功した。
今撮ったばかりの写真を見るに、輪っかというには不恰好な形だった。
日向くんがしげしげとモニターを眺めて、もっと腕をこうしたら丸くなったと分析していた。
「日向くん、次のポーズ出てるよ」
「お! 空を背景にして、みんなで飛ぼう!だって!! 空!」
「そんな焦んなくても」
「これが空っ、あ!!」
「えぇっ!」
日向くんが思い切り引っ張った青空のカーテンは、なにかパーツの外れる音がしたかと思うと、斜めにずるりと下がった。
「はっハズれた……!! 弁償!?」
「あー、でもこれ」
「お店の人呼ばないとっ、も、もしかして逮捕!?」
「日向くん、この落っこちたパーツが」
「おっおれ呼びに、いや、さんだけでも逃げ「聞いて!!」
プリクラ機がポーズの準備はいいかと聞いてくるけど、かまってる余裕はない。
外れたパーツの金属リングは取り外し可能なものだった。
「日向くん、カーテン持っててね」
「な、直せる?」
「ん、これ、そういうものっぽい」
たぶん、日向くんみたくお客さんが元気よくカーテンを動かすから外れやすいんだろう。
金属のパーツをカーテンの所定の位置に通し、腰かけられる高さの段差に靴を脱いで乗った。
日向くんが慌てて言った。
「おれやるよ!! さん危ない!」
「大丈夫、すぐ終わるから」
ぱしゃり、撮影されたみたいだけど、とりあえず直してしまおう。
予想していた通り、カーテンのパーツはすぐに元通りになった。
「できたよっ」
「あ、ありがとう、さん。 あっ、気をつけて、靴」
「!」
「いいよ、肩、つかまってて。 滑りやすいし」
「う、ん……ありがと」
靴下で段差に乗っていたせいでバランスを崩しかけると、支えを探した片手で日向くんの肩をつかんでしまった。
日向くんは優しくほほえんで、少し遠くに飛ばしてしまった靴を引き寄せてくれた。
段差に腰掛けて靴を履き直したところで、見落としたポーズの写真が撮られていた。
次の指示に切り替わる。
「こっ今度は、みんなで仲良く座ろうだって。 日向くん、座ってっ」
「おしっ、今度はちゃんとポーズする!」
「なんか、クラス写真の時みたい」
「そう?」
「日向くん、帽子ズレてる」
「さんのも」
それぞれ同時に相手へ手を伸ばした。
座ったまま向きをかえ、ひざ同士がぶつかった。
帽子を直すはずが手が止まり、日向くんの手もカチューシャにふれて、止まった。
カシャ、と電子音が撮影したことを知らせて、お互い同時に手を離して顔を背けた。
『みんなで勝利のポーズを決めてみよう♪』
私たちの空気なんて読むことはなく、機械は明るい調子のまま、よくわからない指示を繰り返した。
座ったまま、大きすぎるリボンのせいで傾くカチューシャをひとまず外して膝上に置いた。
「し、勝利のポーズってなんだろうね」
モニターには撮影の瞬間までの残り時間が映し出されている。
まだ20秒はある。
「せっかくだから立つ?」
カチューシャは座っていた場所に置いて立ち上がると、日向くんも合わせて腰を上げてこっちを見た。
帽子、やっぱり傾いてる。
大きすぎてバランスが取りづらいみたい。
「日向くん、ポーズ」
「ぎゅってしたい」
残り、5秒。
「いい?」
3秒。
迷って俯き、頷くや否や、引き寄せられ、シャッター音。
日向くんの帽子が地面に落っこちたのが見えた。
さん。
すきって言うみたく、日向くんは私を呼んだ。
next.