ハニーチ

スロウ・エール 235




「ぅおっ、出てきた!

 あっ!?

 さんっ?」


取り出し口前で待ち構えていた日向くん。

その手から、プリクラ紙を奪った。

テーブルへ移動し、備え付けのハサミを持ってどう半分にするか切り方を思案する。
そのそばを、日向くんが右に左にとすばやく行き来した。
はたから見れば何をしているかわからないだろうけどよくわかる。
日向くんは、このプリクラをなんとか覗き込もうとしている。

無視を決め込むには、日向くんの動きは気を引きすぎた。


「日向くん、じっとして」


途端、ぴたり、日向くんは動きを止めた。

けど、それは一瞬で、今度はうつ伏せになるみたくテーブルにもたれかかった。
日向くんの勢いで揺れたテーブルの上のハサミはぶつかりあって小さく音を立てた。

視線だけは変わらず、こっちだ。


さんっ、写真っ、どんなか気になる。
 さっきも時間すぐなってちゃんと見れなかったし、さん、切る前に見せて!」


日向くんはいきなり身体を起こすと両手を合わせ、すぐまたパッと、さんならわかってくれる、みたく期待を込めた眼差しをおくってきた。

はずかしい、ただその理由だけで一緒にいる間はあんまり見て欲しくない、んだけど。

ほんと、……また、負けた。

なんの勝負かわからないけど、内心降参しながら、日向くんへ用紙を手渡した。
ハサミもしばしお役御免で元の位置に戻す。


さん、ありがとう!!」

「……半分は日向くんのだし、後で見たらいいのに」

「今のまんまも見てみたかった!
 こういうのさんとだけだし、チャンスある時に見とかないと!」


日向くんが嬉しそうにプリクラを眺めている。

写っているのは、当然さっきの自分たちで。

こうなることは予想していた。


「……日向くん、静かに」

「!!しゃべってないよ!?」

「顔が、なんか、言ってる」

「また!? そ、そういうさんも、さん!?」


テーブルに突っ伏したのは、別に緩んだわけじゃなくて、ただ、ただ、隠したかっただけだ。


さん、いまっ、おでこ、痛くなかった? 音、すごかった」


たしかに日向くんの言う通り、ちょっとだけ勢いがつきすぎた。
自分の腕じゃなくテーブルにぶつけたのは誤算だった。

痛かったと素直に伝えると、やっぱりって日向くんが笑って続けた。


「いたいのとんでけっ!! って、どう?

 さん、いたいの、飛んでった?

 さん?」


静かにしているつもりが噴出してしまい、決まりが悪い。とはいえ、いつまでもテーブルに逃げているわけにもいかない。
おそるおそる顔を上げると、日向くんと目が合った。
にやけてる、たぶん、私も。


さん、前髪!」


日向くんの指先が触れてすぐ離れる。


「もー、へーきっ、って、今日、おれもどっかでやってもらったような」

「そうだっけ……、あ、バスのなか」


日向くんが前の席にいきなり頭をぶつけたときのことを思い出す。

日向くんは楽しそうに続けた。


「いっしょにいると、おんなじことあんのかな!?」

「どうだろ」

「このあとも一緒にいるから、またあるかもっ」

「!痛いのやだよ」

「ん!そうだな、おれもやだ!」

「日向くん見ないなら貸して、切る」

「おれやるよっ」

「えっ」

「落書きもさ、結局おれの描いたのぜんぶ消されたし」

「あっ、あれはだって、日向くんが」

さんがかわいいから、かわいい!!って書いただけなのに」


言葉を返せずにいると、日向くんがごめんといたずらっぽく付け加えた。


さんにずっと笑っててほしいのに、おれがかわいいって言った時のさん、またかわいくて、つい、もっと可愛いって言いたくなるんだよなー……

 って、い、今のはわざと言ったわけじゃなくて!!あっ、さんが可愛いってのは合ってんだけどっ、気づいたらかわいいって声に出てただけであって、さんはいつもどおり可愛くて、それと違うかわいいを見たいときがあってっ、……だ、だんだん、自分がなに言ってるかわかんなくなってきた」

「も、いいから、貸して、私が切る」

「は、ハイ……」


日向くんが私にプリクラを手渡した。

おかしいな、上手く説明できない。
そんなことを日向くんが呟いたけど、私の方はもういっぱいいっぱいだった。
これからの人生、誰からもほめられなくたっていいくらいだ。いや、長生きしたって、こんなに褒められることってないと思う。

ハサミを手にして集中する。
おちつけ、私。よし。

いつもなら、一緒に撮った子たちと分けやすいように画像の配置を選んでいる。
今日は日向くんとのあれこれで制限時間を使い切ったので、プリクラ機によるランダム配置になっていた。
おかげで、大・中・小、よりによって極端なパターンで(しかも奇数の枚数のものもある)、画像がばらばらに入っていた。

どうしよ。


さん」


ドキッとしてあやうく変なところにハサミを入れるところだった。

日向くんが向こうを指さした。
ちょうど私たちの後に撮影した人たちが移動していった。


「あれ、何かわかる?」

「撮ったプリクラを記念に貼ってくの。前に撮った時も同じのあったけど覚えてないか」

「ふーん……」

「あっ、見たいならみてきていいよ、切ったら私もすぐ行くから」


このまま日向くんがそばにいたら、つい意識してしまう。

日向くんは少し間を置いてから、私の促すまま向こうに行った。

あの掲示板、プリクラ機をこれだけ置いてる場所だけあって思ったより大きい。
撮った人みんな貼ってるのかも。

日向くんが向こうに行ってくれたおかげで幾分か気持ちを落ちつけて、無事、2等分にすることができた。

ぎゅっとくっついてる大きい方は、私がもらうことにした。
日向くんの分の一番大きい画像は、座って向き合ったままお互いのかぶりものを直そうとしている瞬間だ。

中ぐらいと小さいのは、一番撮られた「ぎゅっとくっついてる」やつばかりだけど、それは、もうしょうがない。

世の中の人はどんなプリクラを撮ってるんだろう。

しげしげと眺めていた日向くんの元にいって2分の1を渡し、同じくプリクラの貼られた掲示板を眺めた。

私たちと違ってプリクラ慣れしている人が貼ってるんだろう、キラキラペンの使い方やスタンプの活用法がすごく勉強になる。

「!!」

中には、その、カップルらしいプリクラも紛れていて、慌てて違うプリクラに目を移した。

となりで日向くんが真剣に上の方を見つめている。
かと思えば、手元のプリクラ(私が渡した半分)をじーーっと凝視している。

まさか。


「!さん、な、なにっ」


日向くんの袖をちょこっとだけ引っ張ってみた。


「え、と……もう、行かない? ほら、ストラップまだ見つけてないし」

「あっ、そうだ、ストラップ……行こう」


よかった、なんて安心したのがダメだった。

気を抜いた瞬間、日向くんが高く飛びあがった。
なんで、そんな、助走もなしに飛べるんだろ。
またたく間に日向くんは地面に戻ってきた。

1番上、誰も貼ってない、いや、手が届かない、まっさらな箇所に、何かが貼り付けられている。

まさか、まさか。

天井に近い位置のシールを直接確認しなくたってわかる。
日向くんの手元の台紙を見れば、一枚、なくなってる、「ぎゅっとくっついてる」やつ。

日向くんがすぐ慌てて言った。


「あそこならっ、だれもみないとおもう!

 さんとの記念に!!って思って!

 だっ、ダメだった……?

 さん?

 ま待って、さんっ。

 さ……」


プリクラのエリアから離れたところで振り返ると、日向くんもたぶんびっくりしたんだろう。
自分でも、わかる。


「わ、私、のどかわいたから飲み物、買いたい」


きっと、顔、すごく赤くなってる。
熱いのが、わかる。

日向くんはほっとした様子で、プリクラの台紙をコートのポケットに入れて言った。


「おれもかわいた! 下、行こうっ、店あった」

「そ、そうしよ……」

「ほんとかわいいっ」


日向くんは私の手を取って、『さん、かわいい』って何のことかわかりやすく、それでいてご機嫌にくり返した。

ほんとうに、かわいい。


next.